その日は午前中から彼の家にいた。
彼の部活がお休みで、偶然彼の家族が家を空けるから、と誘われて。
クラスも違い放課後は部活で、なかなか一緒に過ごす時間がとれないことを普段は仕方ないと思っている。
でも本当の気持ちを言えばやはり少し寂しくて。
大好きなバスケを頑張る彼を応援している気持ちも嘘ではない。
人の心はなんとも複雑だ。
「テツヤ君、大丈夫?」
年頃の男女が2人きり、彼や私の両親には話せないような展開になることは目に見えていた。
大切に大切に触れられて沢山愛を囁かれて。
全身で彼は私を愛してくれた。
ベッドの上で2人布団をかぶって。
彼は私の手に自身の手を絡めて。
すりすりと彼の手が私の手をさするように動いて。
そんな事をしている彼の顔は少し眠たそうに見えた。
「大丈夫です」
大丈夫と言った彼が閉じかけていた瞼を慌てて大きく開いた。
普段本当にハードな練習をしている事を知っている。
身体に疲労も溜まっているのだろう。
だからこそこうして休日が設けられているのだから。
「いいよ、眠いんでしょう?」
そんな日に私の為に時間を設けてくれたのだ、彼は。
彼はどこまでも私に優しい。
だからこそこれ以上無理はしてほしくなかった。
彼の頭を撫でれば再び瞼が半分閉じた。
疲労もそうだけれど男の人はとくにそういう事をした後眠くなる、と誰かに聞いた事がある。
だから生理的なものかもしれないのだし。
「...寝て、起きてもここにいてくれますか?」
自身の頭を撫でる手を取って再び握って彼はそう言った。
つい先程まであんなに男の人の顔をしていたというのに今私にそう訊ねる彼がまるで甘えん坊な猫のように見えた。
「...うん、ちゃんといるよ」
「...もしも起きなかったら、1時間で起こしてくださ...」
それを言い終える前に彼は眠ってしまった。
すぐに聞こえてくる小さな寝息。
火神君や他の先輩達と違い小柄な方な彼も同じ練習量をこなして試合に出ているのだ。
何もおかしなことではないだろう。
「(可愛い寝顔)」
まだ幼さが残る寝顔に自然と口角が上がってしまう。
きめ細やかな肌に触れたくなった。
けれど私の手彼に握られてしまっている。
「(...それにしても携帯も本も手元にないし...このまま1時間ってちょっと)」
下手に動いてしまえば彼の眠りを妨げてしまうかもしれない。
どうしたものかと今更になって少し後悔した。
けれどこうして彼の穏やかな寝顔を見ていればそんな気持ちはすぐに消え去ってしまった。
「(明日多分変な筋肉痛みたいになるんだろうな)」
そんな事を考えた。
「どうして起こしてくれなかったんですか」
「ごめん、あまりにも気持ちよさそうに眠ってたから」
彼が目を覚ましたのは窓からオレンジ色の光が差し込んだ頃だった。
少しの間ぼーっとしていたけれどやがて状況を理解し私を責めるような視線を向けている。
「気を使ってくれたのは分かります。それでも僕は起こして欲しかったです」
そう言ってベッドから起き上がった彼に続いてわたしも身体を起こした。
やはり動けずにいたせいで肩や背中が少し痛みを訴えた。
「...すみません、僕のせいですよね」
それを顔に出したつもりは無かった。
けれど人の小さな変化にすぐに気が付いて彼だ。
それは意外なことでもなんでもない。
「違うよ。...ううん、そう、かもしれないけどでもいいの。謝らないで」
固くなった首と肩をぐるりと一度ずつ回したところで関節が鳴ったのですぐにやめた。
こんなものは今日ゆっくりとお風呂にでも浸かればほぐれてしまうものだろう。
「すごく幸せな時間だったから」
まだ未成年の私達はデートで外泊、なんてことは出来ない。
だから彼の寝顔を見たのは今日が初めてのことだった。
「でもそろそろ帰らないと」
もう少しすれば彼の両親も帰ってきてしまう。
正直なところこうして家族の留守に許可も得ずにお邪魔してしまっている事への罪悪感もある。
今顔を合わせてしまうのはどうにも気まずい。
そう思って帰り支度をしようと立ち上がろうとしたところで彼は私の手を掴んで驚きの言葉を口にした。
「大丈夫です。名前さんのお母さんには許可をいただいていますし、僕の両親にも今日名前さんが来ることを伝えていますから」
「え、え、ちょっと待って、その、ていうか私のお母さんにって...一体いつ...」
「以前お邪魔した時に連絡先を交換しまして」
彼は携帯の電話帳を開いてその画面を私に見せた。
そこに映し出されている電話番号とメールアドレスは間違いなく母のものだった。
「ちゃんと帰りは家まで送りますので。もう少し一緒にいたいです」
そのまま掴んだ腕を引っ張られた私は丁度彼の膝の上に頭が乗る形で倒れこんだ。
「ずっと僕のこと、こうして見ていたんですよね」
彼の手が優しく頬に触れる。
「今度は僕に見せてください」
笑顔でそう言った彼。
「...こんな状況で眠れないよ」
彼はそれは残念ですね、と言い私の頭を撫でた。
子供のような扱い、でも少しも嫌ではない。
多分これが逆だったとしても彼も同じ気持ちなんじゃないだろうか、と。
「テツヤ君...大好き」
「はい、僕も大好きです」
特別な事をしたわけでもなく特別な場所にいったわけでもない。
それ程多く話を出来たわけでもない。
それでもこうして一緒に過ごせた事が本当に幸せで。
大切な大切な時間。
次こうして過ごせるのはいつになるか分からない。
彼の言葉に甘えてもう少しこのままでいさせてもらおう。
end