「(不思議だなぁ)」
隣で勉学に励む彼の横顔を見てそう思った。
彼はみんなから影が薄いとよく言われていた。
最も本人はそれを武器としてバスケに活用しているくらいだから気にしてなどいないのだけれど。
「(こんなに綺麗な顔なのに)」
「どうかしましたか?」
そんな事を考えていれば気づけば私の指は彼の頬をぷにっと押してしまっていた。
本当に無意識だったのでどうしたのか、という疑問に上手く言葉にが出てこなかった。
「どう、したんだろう...」
オウム返しの言葉に彼はこちらをじっと見た。
彼は相当目力がある方だと思う。
そんな風に纏められればこちらが恥ずかしくなってしまう。
逃げるように視線が泳ぎ始めたところで彼の指が同じように私の頬を優しく触れた。
「集中出来ませんか?」
彼は私のノートを見てそう訊ねた。
けれど既に答えが埋まっているそれを見て違うみたいですね、と言った。
今日の昼休みは彼は部活のミーティングがあった。
だからいつも一緒に食べているお昼は別々で。
話す相手がいない分早々に食べ終えてしまい空になったお弁当箱をしまい今日の授業で出された課題に取り掛かっていた。
私は極力課題を家に持ち帰りたくないタイプだったからだ。
もう殆ど終えてしまっていたので続きは家でやろうかと考えていたところで彼に声をかけられたのだ。
放課後図書室一緒に勉強してから帰りませんか、と。
私は二つ返事で了承した。
「すみません、待たせてしまって」
「あ、ううん、気にしないで。私は好きでいるだけだから」
そうですか、そう一言呟いて彼は再びノートにシャープペンを走らせ始めた。
おそらくもう10分もすれば彼も終えるだろうということが彼のノートを見て予想が出来た。
毎日へとへとになるまで部活をしているというのに真面目な彼はテストでも平均点は取れている。
今日もたまの部活休みにこうして勉強しているのだから頭が上がらない。
答えを見せてそれを喜んで受け入れるような人ではないから私は大人しく隣で彼がそれを終えるのを待っていた。
「終わりました」
「お疲れ様」
彼は書き込んだノートを顔の前に出して私に見せた。
その仕草はなんとも可愛らしい。
バスケをしている時はあんなにかっこいいのに。
どれだけ魅力的なのだろうか。
「あの、今日まだ時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。今日はお母さんいないしご飯も適当にすませるつもりだから」
「そうですか...でもお菓子とかじゃ駄目ですよ」
別に料理が出来ないわけではないが自分1人の為に、と考えるとどうにも億劫になってしまう。
実際彼の指摘には考えていたことがなぜバレたのだろうと驚いてしまった。
夕食代を貰っていたから新作のお菓子を色々買って食べ比べもいいな、なんて考えていたからだ。
「んー、そうだね、ほんとはそれも捨て難いんだけど今日はやめておこうかな」
彼の頬に今度は手のひらで包み込んだ。
きめ細かいつやつやの肌はとても触り心地が良い。
私より綺麗なんじゃないかと思う。
現役バリバリの運動部の彼に比べて私はは万年帰宅部。
運動不足も相待ってきっと代謝も落ちているだろう。
そんな私が彼に敵う筈がない。
「さっきからどうしたんですか?僕の顔、何度も」
「あ、ごめん。また触っちゃった」
彼の言葉にぱっと手を離せば彼は別に怒っていませんと続けた。
ただどういう心理からくる行動なのか興味を持っただけだと。
「んー、あのね。テツヤ君影が薄いとかよく言われてるじゃない?私にはそれが全然分かんないからさ。
もしかしてあまりにも透き通った肌がそう思わせるのかな、とか考えたら思わず触っちゃってた」
本来であれば失礼な物言いかもしれない正直な答え。
それでもやはり彼に苛立つような素振りはない。
「そんなこと言われたの初めてです。なぜかすぐ目の前にいたのに気付かれないこととかわりとよくありますよ。
まぁそれが役に立つ事も色々ありますから寧ろ有難いことなんですけど」
「私からしたら誰よりも目立つんだけどなぁ」
こんなに可愛くてかっこいいのに、そう続けると彼は困ったような表情を見せる。
「反応に困ります。でも、そうですね。
世間的には黄瀬君のような人をかっこいいって言うと思います」
「海常の人だったよね?...ごめん、試合の事は覚えてるんだけど顔が思い出せないや」
「...そうですか」
彼の試合は全部観に行っている。
正直私はバスケのルールなんてきちんと理解出来ていない。
最初なんてどうしてボールがリングをくぐった時入る点数がバラバラなんだろう、なんて考えながら観ていたのだ。
私はバスケが観たかったわけではなく彼を見ていたかった、ただそれだけの理由で観戦していた。
「うーん、やっぱりテツヤ君が1番かっこいい。大好き」
ぷにぷにとすべすべの頬をつつく。
やめてください、と言いながらも私の手を払いのける様子はない。
多分少し照れている、ような気はする。
「...人がいますよ。なんでこんな場所で今そんな事言うんですか」
「人?」
彼にそう言われて後ろを振り返れば確かに2人、並んで勉強している生徒がいた。
振り向いた私と目が合うとすぐに視線を本へと落とした。
「...全然気付いてなかった」
「...だと思いました」
テツ君はそう言って鞄に筆記用具や勉強に使っていたものをしまい始めた。
私もそれにならって帰り支度を始めた。
「取り敢えず出ましょう」
「はーい」
そう促され私達は図書室を出て下駄箱で靴に履き替え外に出た。
外はもうほんのりと薄暗く、少し肌寒い。
「あの、今日何か食べて帰りませんか?」
「え、ご飯付き合ってくれるの?」
「はい」
だってそうしないとお菓子で済ませてしまいそうですし、と言われてしまった。
日頃の行いのせいかなんとも信用が薄い。
「今日はテツヤ君と一緒にいられて嬉しいな」
「すみません、あまり時間がとれていなくて」
「いやいや、責めてるわけじゃないから、その辺気にしないで」
彼にとって今1番大切なものはバスケだ。
本当に彼はバスケを愛していて、正直そこに嫉妬してしまうほど。
でも彼が1番いきいきとした姿を見せてくれるのはそのバスケをしている時で。
素人ながらに今では私もそこそこバスケが好きになっていた。
「時間は仕方ないけど、でも寂しいからちゅーしてもいい?」
「...ちょっとだけ待ってください。後ろに人がいますから」
図書室にいた時と同じように振り返れば犬を散歩させているおじいさんがいた。
小さな小型犬は道路で座りこんで動こう歩こうとしないのを飼い主であろうおじいさんはじっと待っていた。
「ほんと普段から人の動き凄く見えてるよね」
「もう癖になってますから」
行きますよ、そう言って彼は私の手を握った。
手を繋ぐことなんて久しぶりの私はそれだけで嬉しくなって顔がニヤけてしまう。
「やっぱりテツヤ君はかっこいいなぁ。大好き」
「...僕だって貴方のこと好きですし可愛いって思ってますよ。変な人だなとも思ってますけど」
少し辛辣な言葉を付け加えられてしまったけれどそこはもう彼から貰った可愛いで帳消しだ。
彼は思った事をストレートに伝えてくれる。
たまにこちらがどんな顔をすればいいかわからぬ程にそれはもう、甘い言葉を真顔で言うのだ。
「今日うちでご飯にすればいいんじゃない?テツヤ君がいるならご飯作るのめんどくさくないし家でならいっぱいちゅーとか出来るし」
「とかって、なんですか」
「そりぁあもう、いちゃいちゃ出来るね」
彼は呆れ顔でこちらを見た。
そんな顔さえ素敵だと思う程私は彼の顔が大好きで、いや、好きなのは顔だけではないのだけれど。
まぁ多分私の好みにドンピシャだったのだろう。
「分かりました。じゃあ思う存分いちゃいちゃしましょう」
「やったー。する」
私の呑気な返事に本当に色々と大丈夫なんですか、と憐れむような視線を向けられてしまう。
けれどそこには優しさも含まれていて。
心は暖かくなっていく。
「スーパー寄って材料買わなくちゃね。何にしよっかな」
「貴方の作ってくれるものならなんでも食べたいのでお任せします。
僕はお役に立てませんから」
そういえばゆでたまごしか作れないとか言っていた気がする。
なんだその可愛い話は、なんて内心思ってしまった事を思い出した。
「テツヤ君は料理してる私とお話する係でいいよ」
「怪我とかしないでくださいね」
2人でスーパーに寄り買い物をした。
当たり前のようにカゴを持ち、出た後も買い物袋を持ってくれた。
本当に出来た人だなと思う。
彼のいる時間いつも思うのだ、私の好きな人は本当出来た人だなぁ、と。
「ずっとこう出来たらいいのになぁ...」
しみじみと、感じた事を呟いた。
彼はこちらを見て柔らかく笑う。
「もう少し大人になったらそれ、叶えてあげますから。もう少し待っていてください」
本当に彼は私と同い年の男の子なのだろうか。
本当に、本当にかっこよくて、優しくて。
本当に彼が大好きで。
「うん、待ってる」
「はい、貴方本当にそういうところ素直で良い子ですね」
子供のような言われ様だが気にしない。
だって何者でもない彼からの言葉だから。
それにそう思われてそんな私を受け入れられているなら存分にそれに便乗すればいい。
家に帰ったら取り敢えずご飯の前に彼に沢山甘えさせてもらおう。
そう決意した、2人で歩いた帰り道。
end