人を見た目で判断するな

夏は嫌い。
外に出てただ学校に向かう、ただそれだけの時間に汗をかくから。
日焼け止めは塗り直さなくちゃいけないしどんなに汗をかいても学校についてシャワーを浴びる事もできない。
シートで汗を拭いて制汗剤を使うくらいしか出来ない。
根本的に綺麗に出来ないから。
そんな事を考えながら歩いている今も背中には汗が伝っている。
本当に不快な感覚だ。

少しでも不快にならずに済むようこまめに汗を拭きながらようやく教室に辿りついた。
まだ誰もいないことをいいことに私はスカートをバサバサと仰いで風を通した。
私は少しでも汗をかきたくない一心で部活で朝練をしているわけでもないのにかなり早く投稿していた。
それでも夏の朝、太陽の昇る時間は早い。
結局汗をかかずに登校するなんて無理な話なのだ。

「さいっあくっ!」

人がいないことを良いことにセーラー服のシャツを捲ってお腹や背中、届く範囲をシートで拭いていく。
まだ不快ではあるもののシートの冷たさが気持ちよくて疲れが少し和らいだ気がした。
椅子に座り太腿も拭こうとしたその時。

「あの...」

突然背後からかけられた声。
私は驚いて変な声が出てしまった。
ゆっくりと振り返る。
私に声をかけたのはクラスメイトの黒子君だった。

「...すみません。隠れていたわけではなくて落としてしまったものを拾おうとしゃがんだところで名字さんが入ってきてそのまま...」

黒子君はそう言って気まずそうに私から視線を逸らした。
彼の言葉に熱を持った身体は先ほど拭ったにも関わらずまた汗をかいてしまう。
私は鞄からタオルを取り出して顔を覆った。

「...ご、ごめん。忘れて...その、どうしても暑くて、気持ち悪くて...」

「いえ、その...すみません、僕もタイミングが悪くて...」

タオルを鞄にあてたまま落ち着く為に一度大きく深呼吸。
ずっとこうしているわけにもいかないので気持ちを切り替えて顔をあげる。
そして黒子君と目が合う。
彼とはなしたのは殆ど初めてな気がする。
初めてがこんな...なんとも気まずい。

「...黒子君はどうしてこんな早く?」

「今日は施設メンテで朝練がない事を忘れて、それでいつも通りの時間に家を出てしまったんです」

彼の話を聞いて彼がバスケ部に所属していた顔を思い出した。
たしか誰かに中学はとても強い学校にいたと聞いたことがある。
先ほどは醜態を見せてしまったことで焦って気がつかなかったのだが少し冷静になったことで一度気になることが。

「そうなんだね。...あの、黒子君」

「はい」

「...不躾で悪いんだけど...髪、すごいことになってる、よ?」

私の言葉に黒子君は、自身の髪に手櫛を通した。

「朝練終わる頃にはいつも直ってるんですけど、今日はありませんでしたので。
困りましたね」

言葉とは裏腹に彼はまるで他人事のような様子。
抑えつけるように撫で付けた髪も彼の手が離れればぴょこんと跳ねた。

「...良かったら直そうか?」

「え、あ、はい。ではよろしくお願いします」

私の提案に彼はあっさりと乗った。
親しくもない美容師でもない人間に髪を触らせるなんて、普通はあまりないことだと思う。
困惑しているような表情もしていない。

「...取り敢えず座って?」

「はい」

私に促されて黒子君は素直に私の席に腰をかけた。
気まずさを誤魔化すように提案したことだった。
でも彼が了承した以上今更やっぱりやめときます、なんてわけにはいかない。
鞄からタオルとクシを取り出し黒子君に少しだけ待っていて、と声をかけ教室を出て手洗い場でタオルを濡らした。
替えのタオルを多めに持っていた事が役に立った。

「おまたせ。ちょっと濡らすね」

「はい」

緩めに絞ったタオルで彼の髪全体を包んで濡らした。
お湯ではない上ドライヤーがないので上手く出来るからわからないけれど、なんて考えていたところで気が付いた。
彼は男の子で短髪なのだからわざわざこんな事をせずとも髪自体自分で濡らしてもらってタオルでしっかり拭けば授業が始まる前には乾いてしまうということを。
私は彼にタオルを貸せばいいだけだったのだ。

「...ごめん、黒子君」

「何がですか?」

濡れタオルを外してクシで髪をといて乾いたタオルを彼の頭にかけて謝罪の言葉を口にすれば彼はきょとんとした顔で私を見上げた。
どちらかというと幼い、けれど整った顔をしているのだな、なんて考えた。

「もっと簡単な方法があったのに今気がついた」

「そうですか」

淡々と話す彼。
クラスでも物静かなイメージがあるから不機嫌などではなくこれが彼にとって自然体なのだろうと思う。
それが今再び気まずい空気を増長させていく気がするのは私だけなのだろうか。
彼が何を考えているのか全く見えてこない。

そんな彼が口を開いた。
それは予想外の言葉だった。

「あの、拭いてくれないんでか?」

「え、あ、.…..うん?」

もう自分で拭いてもらえばいいと思っていたのだが彼はそう言ってこちらを見つめている。
なんの疑問も抱いている様子もない、ただまっすぐに、当然のことかのように。

自分でやって、と言える雰囲気ではなくなってしまったので仕方なく私は黒子君の髪を拭いた。
出来るだけ優しく、丁寧に。

「沢山タオルを持っているんですね」

「あーうん、私結構汗かきやすくって。
でも一度汗拭いて時間が経ったタオルまた使うの嫌だから夏は多めに持ってるんだ」

まぁこの通り黒子君に今二枚使ってしまったのだからもう新しいものはなくなってしまったのだけれど。
今日はこの後どうしようかと内心ため息をついた。

「はい、このくらいで大丈夫だと思うよ」

「はい、ありがとうございました」

もう一度クシをとおせばいつもと変わらない彼の髪に戻った。
まぁ上手くいったのならよかった、と思う事にしておいた。

「あの、これ使ってください」

「え、あ、タオル、黒子君の?」

私に差し出されたタオル、おそらく未使用のそれを私は受け取った。

「先ほども言いましたけど今日朝練がなかったのでまだ使っていませんから、新品ではありませんが洗濯してありますのでどうぞ」

そう言って黒子君はにこりと笑う。
彼の笑顔を見たのは初めてだった。

「あ、ありが、とう...」

「いいえ、僕もありがとうございました」

黒子君は席を立ち自分の席に移動した。
私も使ったタオルを鞄にしまい席にすわる。
彼と私の席は互いに1番後ろ、2つ机を挟んでいる。

普段は隣にクラスメイトもいるので彼の姿を認識出来ていなかった。

初めて話した黒子君は少し変わり者だった。

また話しかけてみようかな、なんてことを考えながら彼を見れば視線に気付いたのか黒子君もこちらを見た。

目を逸らすのも逆に気まずくてなにか話を、と考えていたところで先に口を開いたのは彼の方だった。

「あの、ああいうのちょっと教室ではしない方がいいですいいと思います。
今日は見たのが僕だけでしたけど見られただけではすまない可能性もありますから」

「....ああ、はい。すみません、今後、気を付けます」

もう忘れていてほしかった先ほどの醜態に敢えて釘を刺した黒子君に動揺した私も釣られて敬語になってしまった。
また嫌な汗が背中を伝う。
トイレでもう一度汗を拭こうかと思い立ちあがろうとしたその時。

「でも僕、今日の名字さんの下着好きです」

「......は?」

彼の予想だにしていなかった言葉に私の思考が止まる。
黒子君は再び立ち上がり私の席に近づいて信じられない言葉を口にする。

「なので僕以外に見せないでください。その水色の下着」

面白がっている様子もない。
ただ無表情で、淡々と。

「あらためまして、僕、黒子テツヤです。
こらからよろしくお願いします」

彼は私に自身の携帯の画面を見せつけた。
そこに写っていたのは私。
ほんの数分前、自らスカートを扇いでいた私の姿。

教室のドアが開く、クラスメイトが3人。
気付けば廊下が少し騒がしくなっていた。
徐々にみんな登校してきたのだらう。

気付いた時には黒子君は既に自分の席に戻っていた。
何事もなかったかのように本を読み始めていた。

「(....な、なんで、あんな...!?黒子君ってあんな人だったの!?)」

完全に脅されたととれる彼の行動。
撮られた写真。
私の手には彼に借りたタオル。
ギリギリとそのタオルを握りしめた。

怒りのあまり教室を飛び出しそうになったが自分がいない場でもしも人に見せられてしまったら、それが気になって私は動けなかった。
彼を睨みつけたところで彼はこちらを見て笑う。

最悪だ、時を巻き戻せたら、そんな不可能なことばかりが頭の中でぐるぐると巡っていた。


「(やっぱり夏なんて大嫌い!!!)」

心の中でそう全力で叫んだ。



end