「ありがとうございます」
「う、うん」
半ば告白のようなことをした日から1週間。
彼女はバスケ部のマネージャーという立場なので当然毎日のように顔を合わせる。
最初はあからさまに僕を避けていた。
僕と目が合うとあからさまに視線を逸らされた。
少し寂しいと思いもしたが裏返せばそれは彼女が僕を意識しての行動、とも取れる。
僕の好意にまるで気付く様子がなかった事を思えばこれでよくも悪くも一歩前進したと考えてもいいかもしれない。
彼女の方も少しは落ち着いたのか以前程ではないがまた僕と視線を合わせて話を出来るようになってきた。
彼女から受け取ったタオルで顔を拭いて再び彼女に視線を向けた。
他の部員にも同じようにタオルを配りカントクの元に向かう。
彼女はカントクに何か耳打ちをした後どこかに行ってしまった。
一体何を話していたのだろうと気にはなったけれど集合の号令がかかったことで彼女の行方を知る事は出来ないまま解散になりその日の朝練を終えた。
昼休み飲み物を買いに教室を出たあとほんの気まぐれで今日は天気も良いし外に出ようか、と考え屋上に向かい外に出る為にドアノブを握った時、扉の向こうからよく知った声が聞こえてきた。
1人はカントク、もう1人は僕の想い人である名字さん。
それに気付いた僕はどうするべきかと悩んだ。
もし僕が来たことによって彼女が逃げてしまっては、やっぱり少し悲しい。
カントクがいる手前あからさまな事はしないと思うけれど最近の彼女の様子からすれば有りえないことではない。
引き戻そうかと思ったそのとき。
『...リコさんは好きな人っていますか?』
盗み聞きするつもりはなかった。
けれど聞こえてきた話題が僕の足を引き止めた。
『え、なになに?名前ちゃん相談したいことってもしかして恋のお悩み?』
『ち、ちがっ......いや、どうなんでしょう。
そ、そうなんですかね?』
そんな事を聞いてしまったら彼女に今まさに恋をしている僕が気にならないわけがない。
あまり褒められた事ではないけれど仕方ないと半ば開き直って静かに聞き耳を立てた。
気配を消すのは得意だ。
『もしかして黒子君のこと?』
『えっ!!??なっ、なんでわかるんですか?!』
カントクの予測に名字さんは分かりやすい程動揺を見せた。
僕としては彼女の本音が知りたかったので切り込んでくれたカントクに感謝した。
『もしかして告白された?』
『っ、...告白、というか、なんていうかその...好意があるってことを伝えられて...手にキ、キスされました...!』
『いやいや、それが告白じゃないってならなんなのよ!』
カントクの言葉に激しく同意した。
けれどさすがに彼女に僕の気持ちは伝わっていたらしい。
もっとも最近の彼女の様子を見れば分かっていたこともあるけれど。
『それにしても黒子君もやるわね。
まぁでもそれだけですんだのなら多分かなり我慢したんでしょうね。
黒子君って意外と行動派だし』
『そ、そうなんですか、ね...』
彼女を探ってくれている事には感謝しているけれどあまり変な事を言われても困る。
だけどここで乗り込んでいくのも、という気持ちもある。
どうしようかと決めかねていたその時。
『それで?名前ちゃんの様子がおかしい理由は分かったけどどうしたいの?』
『...その、私今まで好きになった人とかって本当に小さい頃に、小学生とかそんな時期で...それが本当に恋だったのかとかわからなくて...』
『黒子君のことも好きではあるけどそれが恋愛としての好きかはわからないってことね?』
『はい...』
当然今年の春彼女と知り合った僕は彼女の言う子供の頃好きだった人ではない。
恋愛感情であったから分からずとも彼女に好かれていたであろう相手を羨ましく思った。
『だって、その、好きで行ったらリコさんの事も好きで...』
『あら嬉しい!私も名前ちゃんのこと好きよー!』
カントクが羨ましい。
カントクよりずっと僕の方が彼女を好きなのに。
『そうね、私も恋愛経験豊富ってわけじゃないから人に教えられるような立場じゃないから偉そうなことは言えないんだけどさ、例えば私に彼氏が出来たらどう思う?』
『え、あ、えっと...おめでとうございますって、なると思います』
『じゃあ黒子君にだったら?』
『え......』
『そこで感じた素直な感情が答えなんじゃないかなーって』
かなり踏み込んだ質問に彼女は何も返さずにいた。
今一体名字さんは何を考えているのだろうか。
答えが知りたいような知るのが怖いような。
そうしている間に予鈴がなった。
きっと2人もすぐに屋内へと戻るだろうと考え急いでその場を後にした。
今日帰り一緒に帰りませんかって、彼女を誘ったら一体どんな反応をするのだろうかと考えながら。
「カントク!ドリンク足りなくなりそうなので追加作ってきます!」
部活中の休憩時間、彼女は空の容器をカゴに抱えて出ていった。
つい目で追ってしまう僕を見て火神君がイラッとする顔をしていたので蹴りそうになったけれど万が一にでも怪我をさせてしまっては困ると思いなんとか我慢した。
休憩時間は10分、短いけれど少しくらい話をするくらいの時間はある。
僕は彼女を追うことにした。
視線の端でカントクが僕を見てニヤけていたのが見えた。
理由が分かっているのでそれをスルーして彼女を追った。
「2号、おいで」
彼女にはすぐに追いつくことが出来た。
それは彼女が足を止め2号に声をかけていたからだ。
しゃがんで両手を広げて、2号は喜んで彼女の腕の中に飛び込んだ。
正直言って2号が羨ましくてたまらない。
カントクに続いて犬の2号にまで嫉妬するなんて。
「テツヤ...君」
名字さんが僕の名前を口にした。
初めて彼女に名前を呼ばれたことにどきりとしたけれど彼女の視線は2号に向けられていて。
それがどちらの事を言ったか分からない。
「私のこと好き?」
彼女は2号に向かって話し続けた。
2号はまるで同意するかのように元気よくワンと鳴いた。
「...2号は黒子君に彼女が出来たらどう思う?」
犬である2号にそんなことを聞いたところで本当の意味で回答が得られる筈がない。
2号は首を傾げて彼女を見ている。
「...私、はね、...ちょっと、嫌かもしれない、なって...」
彼女から出た言葉に僕の心臓が大きく鳴った。
動揺して足を滑らせた事で彼女はこちらを振り返る。
僕を見てすぐに顔を赤くした。
「く、黒子っ、君っ!?」
彼女は僕に驚いて尻もちをついてしまう。
僕から見れば下着が丸見えで、それが顔に出ていたのか彼女は慌ててスカートを抑えてそれを隠した。
少し残念に思った僕もこの年齢ということを考えれば当然のことだと許してほしい。
ひとつ咳払いをして座り込んだ彼女の側に近づいた。
彼女は慌てた様子を見せるが動こうとはしない。
もしかしたら腰が抜けてしまったのかもしれない。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
彼女に謝罪を言って手を差し出せば少し躊躇しながらも僕の手を握った。
「う、ううん、黒子君が悪いわけじゃないから、謝らないで」
彼女の手を引っ張りそのまま立ちあがらせた。
けれど彼女はまだふらついていたのを見た僕は自然と彼女を抱きしめていた。
「っ、く、黒子君?」
「...すみません、なんか今色々我慢できなくて」
顔を覗き込んで見た彼女の顔は初めて見る表情だった。
上手く言葉には出来ないけれど自惚れと笑われるかもしれないけれど僕が勘違いしてしまうような、そんな女の子の顔をしていた。
「大切にします、誰よりも貴方の事大好きな自信があります。
...だから僕の事好きになってくれませんか?」
彼女の目をしっかりと見据えて、まるでわがままを言う子供のように縋る。
彼女はそんな僕の言葉にあきらかに動揺して目を泳がせて顔を僕の肩に埋めた。
そのまま動かなくなって10秒程経った頃、彼女の手が僕の背のシャツをくしゃりと掴んだ。
彼女は初めて自分の意思で僕に抱きついたのだ。
「...名字さん、顔が見たいです...お願いします...」
彼女の頭を撫でて出来る限り優しい声色で彼女にそう声をかければゆっくりと顔をあげた。
先程と同じ顔をして、遠慮がちに僕に視線を向けた。
その表情は今すぐキスしたいと思うほど可愛い顔をしていた。
「先程の告白に対するお返事、僕に都合が良い方にとってもいいですか?」
「...うん」
たった2文字、言葉を発し彼女はまた僕の肩に顔を埋めた。
先程より強く僕を抱きしめて。
練習中だったからきっと汗臭かったんじゃないかと分かってはいた。
でも彼女から離れる事が惜しくて彼女と同じように僕も先程より強く抱きしめ返した。
僕よりずっと柔らかくてずっとこうしていたいと思う程心地がよかった。
けれど今はそれが許される筈もなく、少しして彼女に胸を押された。
「ご、ごめん...練習、戻らなきゃ...ね?」
「...はい」
もうとっくに休憩時間なんて過ぎてしまっているんだろうなと気がついてはいた。
「...今日、きっと少し遅くなるんですけど一緒に帰りませんか?」
「...うん、いいよ」
僕のお願いにくしゃりと笑う彼女。
僕だけに向けられたその顔を見て彼女にとって特別な人間になれたのだと実感した。
この後彼女は仕事に戻り僕は練習に戻ったが案の定とっくに練習は再開していて僕だけ練習量を増やされた。
きっとカントクには僕がなぜ遅れたのか気付かれていたのだろう、死にそうになっている僕を見ながらニヤついていたのが見えた。
でもカントクがきっかけをくれなければこんなに早く彼女と恋人になれてはいない筈だからまた何かお礼をしようと考えながらノルマをこなした。
お疲れ様、とタオルを渡してくれた彼女を見た途端疲れなんて消し飛んでしまうほどこの日の僕は幸福だった。
end