部活の終了時間、みんなが練習終わりのストレッチを終え練習場を後にした頃、他校の資料をまとめていたカントクのリコさんに話しかけた。。
「リコさんぎゅー」
「まったく!しょうがないわねぇ〜」
しょうがない、なんて言いながらリコさんは私を拒まず抱きしめてくれる。
日向先輩から聞いたけれど彼女は私を可愛い後輩だと自慢していたらしい。
だから私は甘えてしまう。
どうしようもない寂しさを紛らわす為に。
「カントクの迷惑になりますからやめてください」
そんな私に冷たく言い放ったのは一応私の恋人である黒子君。
彼の言葉に私はしぶしぶ彼女から離れた。
リコさんにすみませんと謝れば別に困ってないわよ!といつもの明るい口調でそう言って私の頭を撫でた。
そんな私たちを見て黒子君はため息をついた。
そして着替えてきます、と言って部室に向かった。
「もしかして黒子君と喧嘩中?」
「...いえ、喧嘩もなにも...」
付き合い始めてから恋人らしいことなんて何もしていない、だから喧嘩になるようなこともない、それをリコさんに言えばリコさんは困ったように笑った。
「んー、一体どうしたのかしらね、彼」
「分かりません、もしかしたら別に私のことなんて好きじゃなかったのかもしれないです」
告白は私から。
黒子君のことが好きです、付き合ってください、にたいする彼の返事はよろしくお願いします、のたった一言だった。
彼に好きだと言われたことはまだない。
「黒子君がなんとも思っていないような子と付き合うとは思えないけど...デート...はする暇ないか。
例えば手を繋いだりさっき私にしたみたいにハグしたりだとかしてるの?」
「...何度か私の方からしたんですけど、...やめてくださいって振り払われちゃって...」
自分で言いながら涙が溢れてしまった。
リコさんは泣かないでと言って私を抱きしめてくれた。
このままでは彼女の制服を汚してしまうと思って必死で涙を引っ込めようとしたけれど一度溢れだした涙はそう簡単には止まらない。
「私は黒子君じゃないから黒子君の気持ちは分からないけど...名前ちゃんがこんなに悲しい思いをしているのなら一度きちんと話し合った方がいいと思うわ。
怖いだろうとは思うけれど。」
リコさんはそう言って私の頭を撫でてくれた。
彼女の言うことは正しい、必要なことだと本当はとっくにわかっていた。
でも勇気が出なかったのだ。
折角恋人という立場になれたのに。
とは言ってももはや名前だけのその関係に本来の価値はないのかもしれないけれど。
「だいじょーぶ!もし黒子君が好きでもない女の子と付き合って泣かせるような男だったならわたしがボコボコにしてあげるから!」
リコさんは拳を握って笑顔でそう言った。
明るくて賢くて強くて、本当に素敵な人だと思う。
わたしがリコさんのような人だったら今こんなことにはなっていないのだろうかと考えた。
「...ありがとうございます。私、ちゃんと話してみます」
リコさんはうんうんと頷いて頑張れ、と私を応援してくれた。
そんな彼女に勇気をもらった私は部室の外で彼を待つことにした。
一緒に帰ろう、と声をかけるために。
「...」
部室から出てきた彼と目が合った。
怒っているわけではない、いつもと同じ顔をした彼に一緒に帰ってもいいかと訊ねればあっさりと了承してくれた。
そして2人並んで歩く帰り道、2人の間に会話はない。
彼の手を握りたくなったけれどまた振り払われてしまうかもと考えるとそんな勇気も出ない。
また泣いてしまいそうだ、とそんなことを考えていた時。
「...どうしたんですか?」
「え?」
黒子君が足を止め口を開いた。
私はの目をまっすぐ見つめて。
「目が赤いですけど、何かあったんですか?」
そう続けられた彼の言葉に私は込み上げていたものが再び溢れてしまう。
ぼろぼろと涙を流す私に動揺した黒子君は私の手を掴んで歩き始めた。
こんなことで初めて彼から手を握られたと思うと余計虚しくて仕方なくて。
そして人気のない場所まで抜けたところで立ち止まり再び私の顔を見た。
彼は鞄からハンカチを取り出し私の涙を拭ったけれど私の涙は簡単にはとまらない。
ただでさえ面倒がられているのにこれ以上彼を困らせて嫌われたくないのに、感情のコントロールが上手く出来ない。
「...泣かないで、ください」
彼はそう言って私を抱きしめた。
当然初めてのことだった。
彼の抱擁に私の涙はピタリと止まる、私にとってその抱擁はそれ程衝撃的なことだったのだ。
「...く、ろこ...君...」
抱きしめ返していいのだろうかわからず宙ぶらりんになった手。
彼はそれに気付いたのかどうぞ、と言った。
これは私の想像していることに対する、どうぞ、なのだろうかと不安に思いながらもそっと彼の背に手を回した。
振り払われる気配はない。
初めて彼と抱きしめ合えたのだ。
「...すみません、僕のせいですよね」
「...あ...そ、その...」
私の腰に回された腕に力が入る。
ぴったりとくっつけられた身体は私よりずっと硬くて彼が男の子だというのを改めて思い知らされてドキドキした。
「...私、私黒子君のこと大好きで...」
「...はい」
「付き合えるって、なって凄く嬉しくて...嬉しくて黒子君と手を繋いだり、色んなことしたくて浮かれて...でも黒子君は私が触るの嫌なのかなって...それが悲しくて...」
「...違うんです!すみません!」
黒子君の声が大きくなる。
焦っているのだろうか、彼の心音がどんどん早くなっていくのが伝わってきた。
「違うんです、...僕本当にどうしようもなくて...
どうしたらいいか分からなくて、つい貴方に冷たい態度をとってしまって...」
今度は彼の方が泣き出しそうな、震えた声でそう言った。
「...名字さんに知られてしまうのが怖くて...こんな僕を...こんな、欲に染まった僕を...」
必死な声で話す彼の顔をおそるおそる見た。
怯えているような、悲しんでいるような、そんな顔をしていた。
「...名字さんに初めて手を握られた日、抱き付かれた時...その日僕は何をしたと思いますか?
何を考え、何を望んだと思いますか?」
怖いくらいの視線、私も彼につられて心拍数が上がっていく。
「名字さんのことが好きです。
大切にしたいと思っていました。
告白してくれたこと本当に嬉しかったです。
でもそれだけじゃすぐに足りなくなって、全部欲しくなって...」
彼は私の頬を両手で包んでじっと私を見て。
「...頭の中で何度も貴方を抱きました」
苦しそうな顔をした彼にキスをされた。
勿論それは私にとって初めてのキス。
当然身体が強張ってしまう。
そんな私の変化に彼はすぐに気が付いて。
「...もう、もうこれだけでおかしくなりそうで」
角度を変え何度も何度もキスをして。
こんなことに慣れていない私は上手く息をすることも出来ずに呼吸が荒くなっていく。
「...大好きなんです...」
彼自身も呼吸が乱れていた。
私を見つめる目は妙に色っぽくて大人の男の人に見えた。
私は彼の告白になんと答えればいいのだろう、何か言わなくては、と焦る気持ちがあるのに上手く言葉が出てこない。
「...本当はこんな僕を知って、拒絶されたら身を引こうって、そう考えていた筈なんです」
黒子君は私の肩に顔を埋める。
彼の顔が触れる部分がなんだか冷たくなっているように感じた。
「でもやっぱり嫌です。貴方の事手放したくないんです...!」
腰の骨が軋むのではないかという程強い力で抱きしめられた。
こんなに必死な彼を私は知らない。
男の人の力をしているというのにまるで子供のように、そんな危うい彼を見た私は胸のときめきを感じてしまった。
これは母性本能のようなものなのだろうか。
泣かないで、と私も力いっぱい彼の身体を抱きしめた。
「私、本当に黒子君のこと大好きで...だから私もまだまだずっと一緒にいたいよ...」
だから泣かないで、と今度は私が彼を抱きしめた。
彼が私にそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。
正直に言えば少し怖かった。
けれどそれは彼が私を好きで仕方ないから、だと聞かされてしまえばその恐怖すらも愛しく感じてしまう。
「嫌われて、避けられてしまうくらいなら...全部受け止めるから...私の言葉避けたりしないで...」
初めての恋人、男性経験なんて勿論ない、今初めてされたキスですらいっぱいいっぱいで。
それでもそんな私を求めてくれるのなら私は全て差し出したい、そう思った。
「...こんな僕を知ってもまだ変わらず好きでいてくれますか?」
彼は顔を上げ、額を私の額に押し付けた。
そんな彼に今度は私からキスをした。
「当たり前だよ...大好きだよ...」
私の答えに彼はまた泣きだしそうな顔をした。
それでもなんとか笑って私を抱きしめた。
「傷付けてしまってすみません。
大好きです...名前さん...」
初めて彼に呼ばれた名。
私はそれが嬉しくて、嬉しくて。
「うん...大好き...テツヤ君...」
その日から私は彼に呼んでもらえた自分の名が大好きになった。
end