恋人である彼が載っている月バスを見て私はため息をついた。
別に嫌なものを見たわけではない。
まだおこってもいない事を勝手に想像して勝手に落ち込んだ、ただそれだけだった。
「どうしました?」
「...これ」
そんな私に声をかけた彼に先程まで見ていたページの一点を指差した。
「...僕ですが」
「そう、テツヤ君...」
それを見たところで私がなぜため息をついていたのか分からない彼は首を傾げた。
ただでさえ気が滅入っているというのにそんな可愛い仕草をするのはやめてほしい、なんて思ってしまう。
「これを見た女の子がテツヤ君のかっこよさに気付いちゃうかとしれないでしょう」
「...何を言っているんですか」
私の言い分に彼は呆れた様子を見せた。
そもそと自分がいることなんて気付かれないですから大丈夫ですよ、なんて言う。
「そんな筈ないでしょう!こんなにかっこいいのに!1番目立ってるよ!」
「そんなこと思うの貴方だけですよ」
私の不安や苛立ちはちっとも彼に伝わらない。
どれだけ訴えたところで彼のリアクションは薄い。
「...浮気したらイヤだからね」
「馬鹿な事言わないでください。
僕ってそんなに信用ありませんか?怒りますよ」
彼は私の頬を両手で掴つまんでひねった。
わりとしっかりと、痛い。
「らって、じひんないんらもん!」
「僕普段から貴方に沢山言葉にして伝えていると思うんですけど」
普段から、と彼はいうけれど私からすればそれは正しくもあるが間違ってもいる。
彼が私を好きだと言う言葉は確かに何度も聞いている。
けれどそれは基本的に身体を重ねている時に限る、ということだ。
「...私のおっぱいがもう少し大きくなってくれたら」
「...最近以前より大きくなったと思うんですけど。もっと胸が大きくなれば貴方は自信が持てるんですか?」
彼の問いに分からない、と返事をすればため息をつけれてしまう。
彼の事を本当に好きな女の子がいた。
彼女は私の彼が付き合い始めた事を知り最初はショックを受けはしたけれどだからと言って私を敵対するようなこともなく、今ではきちんと友人としての距離を保って彼と接してくれている。
だから気にする必要なんて分かってはいる。
けれどあんなに可愛い女の子が好きになるほど彼は魅力的な人なのだ。
「テツヤ君おっきい方が好きだからいつも沢山触るんでしょう?」
「...別にそういうわけではなく貴方の身体だから沢山触りたくなるんです。
育てようとか考えていません」
彼は眉間に皺を寄せ少し恥ずかしそうにそう言って私の胸元を見た。
「別に貴方の胸が大きかろうと小さかろうと僕には関係ないです。
どっちだって貴方を好きな気持ちに影響なんてありませんから。
だから別に貴方の胸がまったくなくても沢山触りますよ。
貴方の身体なんですから」
彼はそう言ってこちらをじとりと見た。
やや早口で言ったのはさすがに恥ずかしかったからなのだろうか、頬がほんのり赤くなっているように見えた。
「...私じゃない巨乳の女の子に色仕掛けされても引っ掛からない?」
「引っ掛かるわけないじゃないですか。
貴方も僕にそれが効かないのわかっているでしょう。
というかもういい加減胸の話から離れてください」
はっきりと否定してくれているのになんだかもやっとしたのは彼がそれを証明したのはあの彼女だと言っているようなものだからだろうか。
「...私もFカップになってテツヤ君誘惑したかった」
「...そんなに言うなら別に今誘惑してくれたらいいじゃないですか」
彼はいい加減面倒になってきたのだろうか、少々めんどくさそうな態度で私の腰を抱き寄せ自身の身体をぴったりと密着させた。
「ほら、早く僕のこと誘惑してください」
「...誘惑って、一体どうしたらいいの?」
「知らないです。少しは自分で考えてください」
ただまっすぐ私を見据えたまま動かない彼と見つめ合って必死で何か彼を動揺させられる手はないだろうかと頭を悩ませた。
基本的に普段から彼はいつも冷静で、心乱されるのは私ばかり。
だからこそ不安が一向に消えてなくならないのかもしれない。
「出来ませんか?」
そう投げかけた彼は別に怒ってなどいない。
本当に普段通りのトーン、声色。
私をまっすぐ見る目も声も、力強く私の腰を抱く腕も、私より広い胸板も。
「...好き」
たった2文字、何の捻りもない。
ただそれだけ言って彼に唇を合わせた。
ゆっくりと離れて彼の顔を見れば少し驚いた表情をしていた。
「...貴方って本当に...」
彼はそう言って項垂れるように私の肩に顔を埋めた。
対照的に私を抱きしめる腕には更に力が込められた。
「...知ってるじゃないですか。僕が弱いところ」
ゆっくりと顔をあげ再び私を見て今度は彼の方から唇を寄せた。
「貴方が不安なんて感じる気がなくなるくらい愛してあげますから今夜は覚悟しておいてください」
「え」
彼の言葉に腰が引けそうになったけれど彼にがっちりと腰を抱かれていたのでそれはかなわない。
「あと全然僕のこと信用してくれてなかったのも正直イラっときました。
だから今日は多少意地悪なこともすると思います」
「...テ、テツヤ...君?」
彼は一見にこやかな顔をしていたけれど目は笑っていない。
そんな彼に冷や汗をかいた。
「大好きですよ、名前さん」
もう2度とこの話はしないと強く決心したのはこの後まもなくの事だった。
そもそも決心するまでもなく、疲れ切って眠りについて、また目が開いた時彼の腕の中にいた私はもう自信を持って大丈夫だと。
自然とそう思えるようになったのだけれど。
end