とある冬の夜の客人

「よう」

平日の夜に自宅のインターホンが鳴った。
時間も時間だったので最初は無視を決め込んでいたがその客人はなかなか諦めようとしなかったので物音を立てないようにそっと玄関まで近付いてドアに付いた覗き穴で外の様子を確認した。

その小さなガラスの向こうにいたその人物を認識した私はため息を1つついてドアの鍵を開け扉を開いた。

「この寒いのにそんな薄着で随分元気が有り余っているようね」

「あっちはまだこんなに寒くなかったんだよ」

あっちとはどこの事だろうか。
私は昨日まで十代が何処にいたかなど知らない。
薄手の上着しか着ていないなんとも寒々しい姿で現れた十代に皮肉を洩らすも当の本人はけろっとした様子でそう言った。

「とにかく上がったら?」

「悪いな、あー寒かった!」

十代の鼻はこの寒さで赤くなっていた。
まぁ十代の事だからこのくらいで風邪をひくなんてことはないのだうけど危機管理があまりにも無さすぎる。

「お!こたつじゃん!」

靴を脱ぎ部屋に上がると十代は視界に入ったこたつを見るなり上着を脱ぐこともせずにこたつに駆け込んだ。
よほど冷えていたのだろう。

「手くらい洗いなよ」

「分かってるけどちょと待ってくれよ」

あったけー、とこたつに感動する十代に再びため息をついた。
十代にこれ以上言ったところで素直に言うことを聞いてくれることはないという事を学生時代の3年間で嫌という程理解したのでそれ以上小言を言うのはやめて飲み物を作る為にケトルのスイッチを入れた。

「インスタントのコーヒーしかないけどそれで良い?」

「なんでも良い」

振り返って十代を見ればこたつに潜りこんで寝転んでいた。
そのあまりの図々しさに呆れを通りこして笑ってしまった。

「寝ちゃわないようにね」

「自信ねぇなぁ」

十代が一度寝るとなかなか起きないから大変なのだ。
だからそれだけはなんとしても阻止したい。

「昨日生放送してたカイザーの試合録画してあるから見たら?」

「お、マジか!見る見る!」

そう提案すれば十代はすぐに起き上がりテレビのリモコンを手に取った。
相変わらずデュエル馬鹿は健在なようだ。
お湯が沸いたので二つのマグカップを取り出しそこにコーヒーの粉を規定量入れお湯を注いだ。
スプーンで数回かき混ぜればそれはあっという間に溶けていった。

「カイザーもすっかり元気になったようだな」

「昨日が復帰戦だったみたいね」

コーヒーの入ったマグカップを二つ持って私もこたつに入る。
そういえば冬になってから誰かを家に招き入れたのは初めての事だったので初めてこたつの二ヶ所が埋まったなとふと思った。

「サンキュー」

十代はカップを受けとるとそれに少しふーふーと息をかけ冷ましてから一口すすった。
それを見て私も同じように一口飲んだ。
飲みなれたインスタントコーヒーの味がいつもとは違うように感じられた。

「あーやっと全身温もってきた感じがする」

「それは良かったね」

十代はそこでようやっと着ていた上着を脱いだ。
顔色は本来の健康的なそれに戻っていた。
いくらこたつに入ったからとはいえ、それにしたって十代は人より回復が早い方だと思う。

「名前、明日はなんかあんの?」

「····十代、貴方明日が何曜日だか知っているの?」

十代の突拍子もない問いにそう返せば十代は壁にかかったカレンダーを確認して、しまったという顔をした。

「あー、いや、そうか、うん、まぁそんなこともある、よな?ははっ····」

十代は気まずそうに笑った。
明日は水曜日、平日のど真ん中だったよだ。
つまり今は火曜の夜でもう眠らなければいけないのだ、本来であれば。

「····なんとなく、だけど、ううん、ちょっと期待してた」

「何をだ?」

この流れで言わなくても分かるだろうに、それでも十代はその意味を分かっていない顔をしている。

「期待してたから明日は有給とってる」

「あー····、いや、うん、···連絡しなくてすみませんでした」

十代は私にそう言って頭を下げた。

「まぁ別に何もなければ一人で何処か出掛けるつもりだったから気にしないで」

十代はますます申し訳なさそうな顔をして私から目線を逸らした。
別に私は怒ってなどいないというのに。

「でも来てくれたのは嬉しい。
だから明日は取り敢えず久々にデュエルしようよ」

「は?···まぁ別に俺はそれで全然構わねぇけど···」

折角だから行きたい場所とかしたい事もっとないのか?と十代は私に訊ねた。
そりゃあ私だって折角使った貴重な有給だ。
行きたい所もやりたい事も山程ある。
でもそんな事は今はどうでもいいんだ。

「何処だって誰とでも行けるけど十代とのデュエルは十代がいないと出来ないでしょう」

久しぶりに会ったらしたい事や言いたい事が山程あったのは事実だ。
しかし悔しい事に十代と会った瞬間今まで考えていたことが全て消しとんでしまったのだ。
そうなるともう何がしたいかなんて分からなくなってしまった。
だからもう彼とデュエルすることしか思い浮かばなかったのだ。

「名前も相変わらずのデュエル馬鹿だよな」

「十代にだけは言われたくない」

そう言って二人して笑った。
久しぶりのこの感じがとても心地良い。
私達はもう随分大人になった筈なのに私達の関係は学生の頃と殆ど変わらなかった。

「あ、もう過ぎてた」

十代が壁に掛けられた時計を見てそう言った。
私もそれを確認すれば時刻は既に0時を少し過ぎていた。
スマホのランプがラインの通知を知らせて点滅していた。
その相手も内容も確認するまでもなくなんとなく分かっている。

「誕生日おめでとう」

十代はそう言って先程脱いだ上着のポケットから手のひらに収まるサイズの箱を私に差し出した。

「え、くれるの?」

「ああ」

ラッピングなどされていないそれを開ければそこには指輪が入っていた。
それは飾り気のないものだったがそれなりに高価なものだと分かる気品を持っていた。

「高かったんじゃない?」

「普段ほったらかしにしてるから、まぁ値段は気にする程じゃねぇよ」

それに誕生日くらい別に良いだろう?と十代は苦笑いを浮かべた。
正直こういうものを十代が買っている所なんて想像も出来なかった。
だからこそ今それを私が貰えたことに衝撃を受けている。

「····よくサイズ分かったね」

おそるおそるそれを取り出して指にはめてみればサイズはぴったりだった。
彼にこの前会ったのは半年前の事だったしそんな話をしたこともなかった筈だ。

「なんとなくそれ見たらいけそうって思った」

十代の勘の良さもここまでくると異常だと思った。
それでも十代らしいと思った。

「まぁ十代は常時デスティニードロー可能だからね」

「なんだよそれ」

自身の指にはめられた見慣れないそれになんだかむず痒くなって思わず笑みがこぼれた。

「ありがとう、十代」

「ん」

十代に恋人らしいことを求めるのは違うと思っていたしその気なんてなかった。
けれどこういうものを貰って予想以上に喜んでいる自分もいることが物語っている。

「私十代の事思ってたよりずっと好きだったみたい」

そう伝えると十代は飲んでいたコーヒーが変な所に入ったようで噎せてしまった。
それがおかしくて声をあげて笑えば十代はじろりと私を睨んだ。

「名前がいきなり変な事言ったせいだろ!」

未だ咳をしている十代は私にそう苦情を洩らした。
私はそんな瞬間すら楽しくて仕方がなかった。

「ごめんごめん、そうだ、私デッキ少しいじろうと思うんだけど相談乗ってもらえる?」

「は?ああ、それは全然構わねぇけど」

明日、いやもう今日の事だが仕事に行くため早く起きる必要などないのだ。
だから今日は夜更かししたい、そのつもりで夜遅いというのにコーヒーを入れたのだ。

「やっぱり名前はデュエル馬鹿で間違ってねぇよ」

「違うなんて言ってないでしょう。
あ、十代のドロー力前提で考えないでね」

そう釘を刺せば十代はそれが楽しいのに、と口を尖らせた。
その気持ちも分からなくはないが私はやはり勝ちたいのだ。

「今日はいっぱい遊ぶ!!」

十代もまだまだ体力が有り余っていそうなので私は目一杯特別な夜を楽しむことにした。
今日は色んな意味で特別な日となったのだから。

「でもまぁ取り敢えず十代は手を洗ってきてね」

「相変わらず変わらないよな、名前は」


その台詞をそっくりそのまま返してやりたいよ、十代

とりあえず誕生日を祝うラインをくれたであろう明日香には奇跡が起こった事を報告しておこう

今日は最高の誕生日になりそうです、と