色褪せない思い出

[明日から3日間休暇をとる事を命じる。
これは業務命令だ、貴様に拒否権はない]

そのメールの送り主はつい先程別れたばかりの万丈目君からだった。
私はアカデミア卒業後、同級生のよしみという言ってしまえばコネ入社という形で万丈目君のマネージャー職についた。

エンターテイメント性が高い、しかもそれをイロモノと結び付けない程確固たる実力を持つ万丈目君がプロとなり人気を得るのは必然的な事だった。
リーグ成績も上々でデビューしてからというもの実に多忙で充実した毎日を送っていた。

私も慣れない仕事に四苦八苦しながらも必死でそれをこなす毎日を送っていて、数少ない休日は自宅で長い長い睡眠を貪ることしか出来ない日々が長く続いてた。

それでも慌ただしすぎる時間が2年程経過した今となっては、身体もその慌ただしい生活に順応して以前より余裕を持てるようになった。
そんな時に雇い主である万丈目君から突如として与えられた休暇に私は困惑してしまった。

「(いきなり休めと言われても明日は平日だし明日香達は仕事だろうし、どうしようか)」

いっそ本当にただ休息をとるだけの休日を過ごそうかとも考えた。
だがそれもなんだか勿体ない気がする。
かと言って何をしたいか、やりたいことは沢山あるはずだ。
だが随分長い間まともな休日を取れていなかった私はそれが思い浮かばなかった。

そんな事を考えていたその時だった、後ろから誰かに肩を叩かれたのは。
私は誰だろう後ろを振り返りそこにいた人物を見て思考が停止した。



「久しぶり」

「····え、あっ····」

私の肩を叩いたその人は十代だった。
久しぶりだなんて言ってはいるが十代はまるで昨日も会っていたかのような、そんな風に錯覚させる態度で私に声をかけてきた。

「···ひ、ひさし、ぶり?」

「なんだよ、幽霊でも見たような顔して」

十代は笑ってそう言った。
久しぶりに見た十代のその変わらない笑顔に鼻先がぐっと熱くなった。

「仕事終わったんだろ?
なんか予定あるか?」

「え、あ、ううん、大丈夫」

私はこんなにも動揺しているというのに十代は何事もなかったかのように私に声をかける。
それがなんだか悔しい、いや悔しいというのは少し違うかもしれない。
これはきっと寂しさだろう。

私達は学生時代確かに想いが通じ合っていた。
色々な事に決着が付き後は卒業を待つだけ、そんな頃十代は私に卒業した後の事を訊ねた。


『名前は卒業したらどうするんだ?』

『私万丈目君の会社に雇ってもらえることになってね、有難いことに万丈目君のマネージャーっていうかお手伝いさせてもらえることになったよ』

『······そうか、俺は卒業式が終えたらすぐにでもここを出ようと思ってる』

『·····そっか』

『名前·····ありがとう、な』

『····うん、私も、ありがとう』



ここを出る、というのが単に卒業して家に帰るという事ではないのはすぐに気付いた。
互いの口から明確な言葉は出なかった。
だがそれは事実上の別れの挨拶になったということはあえて言わずとも理解した。
それが理解出来る程私達は深く繋がっていた。

そして卒業式を終えた後、十代はその日の宣言通り行ってしまったのだ。
友人達に何も告げずに、同様に私にも声はかけてもらえなかった。




「ねぇ、どうしてここが?」

「ああ、万丈目に聞いた」

当然のように伝えられた言葉に十代は万丈目君とは連絡をとっていたのだろうか、とチクリと心が痛んだ。
私にはそれに傷付く権利はもうないというのに、そう考えてまた勝手に傷付いてしまった。

「····万丈目君の連絡先は知ってたの?」

なぜ自分を追い詰めるような質問をしてしまったんだろうかとすぐに後悔した。
面倒な、嫌味な女だと思われただろうか。
そんな不安を抱いたが十代はすぐにそれを否定した。

「いや、万丈目の事務所に連絡入れたんだよ。
そしたらその時丁度そこに万丈目がいたんだ」

「····そう、なんだ····」

相変わらずの強運は健在らしい。
しかしなぜ今私の元に来てくれたのだろうか、私はどうしても自分に都合の良い言葉を期待してしまう。

「····なんで、私に会いにきてくれたの?」

聞いてしまった。
口に出してしまったその問いの答えを聞くのが怖くて堪らなくなって心臓は煩く鳴った。
もしかしたらただの気まぐれかもしれないのに。
それでも十代の目を逸らす事は出来なかった。
私は昔と変わらず十代に囚われたままなのだとこの時気が付いた。
気まぐれでも、それでも私に会いたいと思ってくれたならそれでいい、その筈なのに私はどうしても高望みをしてしまう。

十代は一瞬困った顔を見せた。
でもすぐに笑ってこう言ったのだ。

「わからないか?」

なんて狡い人だろうか。
いっそ私の予想していたことが自惚れだと笑ってくれたら良かったのに。
本当に酷い人だと思う。

「あーー···、悪い、卑怯だよな、こういうの。
勝手だとは分かってるけどどうしても名前に会いたくて仕方なくなった、·····悪い···」

全くもってその通りだと思う、それでも十代を責めることなんて私には出来ない。
私は十代の言葉に歓喜してしまった。

私がこんなにと十代を好きでいて十代を求めていただなんて。
それに今この瞬間まで気が付けなかった事が悔しくて堪らない。

「····ねぇ、十代、私ね、明日お休みなの」

「···ああ、万丈目から聞いた」

きっと万丈目君は私の為に休暇をくれたのだろう。
私が十代と過ごせるように、本当に万丈目君のこういう所がかっこいい、そう強く思った。
だからこそ万丈目君のくれた気遣いを無駄にしまいと精一杯勇気を振り絞る。

「よかったら、うちに来ない?」

「えっ、あー···いや、それはつまり?」

「····今夜泊まってくれていいよ」

寮で過ごしていた頃夜中までデュエルに夢中になって雑魚寝なんて日常茶飯事だった。
私だって何度も十代の部屋で一晩過ごした事がある。
それでも今十代のこの反応を見ておかしくて笑ってしまった。

「お前なぁ····昔とは違うんだぞ」

「何が違うの?
私はね、十代の事昔と変わらずずっと好きだよ」

すんなりと口から出た言葉に私自身内心驚いた。
十代も驚いた表情で私を見ている。
あの頃はどちらかというと私が振り回されてばかりだった。
だからこそそんな十代の反応を見て嬉しくて私も笑った。

「名前は変わらねぇな」

「そんなわけないでしょう。
私達はもう昔とは違うのだから」

十代は私の言葉に苦笑いを浮かべ私の手をとった。
私より高い体温に一気に私自身の体温も上昇するような感覚を覚えた。

「帰ろっか···あ」

「どうした?」

ふと頭に浮かんだ不安があまりにも生々しい事だったのでそれを口にするのは躊躇った。
だが大切な事ではある。
こう言えば分かるだろうかと思って十代に問いかけた。

「····何か、いるものある?····コンビニとか、寄る?」

「いや、とくに··········あー····お、おう、そうだな、寄るか」

これだけで察するようになったのだ。
十代は昔から鈍い訳ではなかったのだがこの手の事には疎かったと思う。

「もしかして買いなれてる?」

「馬鹿言うなよ、んなの初めてに決まってんだろ」

私達は随分変わってしまったようだ。
この休暇が終わった後私達はどうなるのだろうか?
少なくとも私は昔の私とは違う。
だからきっとあの時と同じルートを辿ることはないだろう。


今度は私の願いを伝えてみよう