「(あたりだ)」
暑い夏の帰り道、耐えきれなくなって酔ったコンビニでアイスを買った。
あまりの暑さにこれはもう家まで保つ筈がないと外に出てすぐにアイスの封を開けた。
中身を取り出してすぐにそれを口にした。
冷たいそれが喉を通って食道へ送られる。
冷凍庫から出したばかりだというのに外気に晒されたアイスはどんどん柔らかくなっていくので急いで食べ進めた。
なんとか溶ける前に全て食べ終えた。
涼む為に買ったものだったけれど慌ただしくてなんだか逆に疲れてしまった。
手に残った棒と袋をゴミ箱に捨てようとしたその時だった。
「名字さん」
突然後ろから私の名を呼ばれ誰だろうと振り向いた。
そこにいたのはクラスメイトの黒子君だった。
「あ、黒子君。黒子君も今帰り?」
「はい」
彼とは数える程しか話をしたことがない、それも雑談などではなく連絡事項を伝えるなどの事務的な話だけ。
だからこんな風に外で声をかけられるなんて少し驚いた。
「僕もアイスが食べたくなって」
「ああ、この暑さだもんね」
黒子君は私の食べ終えたアイスの包装紙を指さしてそう言った。
「名字さんはそのアイスが好きなんですか?」
「あー、うん。安いってのもあるんだけどわりと好きかな」
私の言葉を聞いて彼は顎に手をあてて何か考えている様子。
「僕も同じもの買ってみます」
黒子君は私の食べていたアイスに興味を持ったようでそう言って店内に入ろうとした。
「あ、待って、黒子君」
そんな黒子君を呼び止めた。
彼はすぐに立ち止まってこちらを見た。
「これ、よかったら使って」
アイスのあたり棒を包装袋に入れて彼に差し出した。
お試しというのであれば丁度いいと思ったからだ。
「さっきのアイスアタリだったんだ。
だからあげる」
「...いいんですか?」
黒子君はきょとんとした顔で私の顔を見た。
私が勿論、と頷くと彼は柔らかく笑ってありがとうございます、と言った。
おそらく初めて見たその笑顔に少しどきりとしたのは気が付かなかったことにした。
「あの、この後予定とかありますか?もし大丈夫でしたら少しだけ待っていてくれませんか?」
「え、うん、大丈夫だけど...」
ではすみません、そう断って彼は店内へ入っていった。
滅多に話さないクラスメイトと話をしてみたくなったとかそういうことなのだろうか、そんなことを考えながら鞄に入れていたお茶のペットボトルを取り出して一口飲んだ。
鞄に再びそれをしまう頃に黒子君は戻ってきた。
「すみません、お待たせしました」
黒子君はそう謝って私にパックのジュースを差し出した。
「え、これ私に?」
「はい、僕のお気に入りです」
半ば強引に彼は私にそれを握らせた。
ただの副産物であるあたり棒をあげただけだというのに、彼は律儀にお礼をくれた。
なんだか逆に申し訳ない気持ちになってしまった。
「...なんか、ごめん。他に食べたいものあったんじゃないの?」
「いえ、僕には名字さんにもらったこれがありますので」
彼は柔らかく笑ってアイスの封を開け中のアイスを取り出し口に運んだ。
「美味しいです」
「...よかった...」
彼の笑顔を見たのは初めてのことかもしれない。
教室で見る彼の印象は良く言えば物静かで落ち着いていて、悪く言えば無愛想な、そんなイメージを持っていたので今日初めて見た彼の笑顔に胸がどきりとした。
「...でも、桃井さんの気持ちが少し分かりました」
「え?」
ただの一人言だろうか、小さく囁くように口にした言葉を私は聞き取る事が出来なかった。
聞き返したところで彼はなんでもないです、と言って教えてくれなかった。
まぁいいかと彼に貰ったジュースにストローを刺した。
「じゃあいただくね?」
「はい、どうぞ」
彼がくれたものは甘いバニラ風味のドリンクだった。
後味は意外とすっきりしていて甘すぎず今日のような暑い日にも飲みやすく美味しいと感じた。
「初めて飲んだけどたしかに美味しいね」
「お口に合ってよかったです。最近はコンビニに来たら大体買ってます」
彼は嬉しそうに目を細めてそう言った。
しかし少し引っかかる。
「...もしかして今お金なくて私に買ったから自分の分買えなかった感じ?」
だとしたら本当に申し訳ない。
彼は部活をしているしアルバイトなんてしている暇もないだろう。
そうなると親に貰ったお小遣いでやりくりしているのだ。
どうせなら自分の好きなことに使いたかっただろうに。
しかしそんなことを考えている私に彼は首を横に振りそれを否定した。
「いいえ、いいんです。今日こうしてお話し出来たのが嬉しかったので」
「...わ、私と?」
「はい」
黒子君は意外と社交性が高い人なのだらうか。
ただのクラスメイトの私にそんなことを言うだなんて。
理由はどうであれそんなストレートな物言いをする彼に柄にもなくどきりとした。
本日これで2度目だ。
「ごちそうさまでした」
彼はアイスを食べ終えて先ほどの私と同じようにアイスの棒を包装袋に入れコンビニ前に設置されたゴミ箱に捨てた。
「...名字さん、差し上げたものなのに厚かましいのですがもしよかったら一口だけいただけませんか?」
「え、あ、ああ、これ?...もう殆ど残ってないから残り全部飲んでくれてもいいけどただ...」
間接キスになってしまうけれど、そう言いきる前に彼は私の手に持ったままのそれに口を付けた。
彼の予想外の行動に私は言葉を続ける事が出来なくなってしまった。
「ありがとうございました。ご馳走様です」
彼は再び愛想のいい笑顔を見せ空になったパックを私の手から回収してそれをゴミ箱に捨てた。
運動部だから回し飲みなんてなんてこともないことで、普段と同じようしてしまったんだろうかと考えるけれど動揺は隠せない。
「...怒ってます?」
「え...あ、いや...そうじゃないんだけど...」
ちょっとびっくりして、そう続ければ彼はそうですか、と呑気に返した。
なんというか凄くマイペースな人だったんだなと感じた。
呆気に取られている私に向かって彼は口を開く。
「またこうして名字さんとアイスを食べられたら嬉しいです」
「...う、うん、そうだね。また、タイミングが合えば...」
黒子君は私の返事に満足そうな表情を見せた。
「少し勿体無いですけどそろそろ帰りましょうか。日も落ちてきましたし」
彼の言葉通り空は薄暗くなっていた。
強烈な暑さも少し和らいでいる。
「...うん、そうだね。...じゃあ黒子君、また明日?ね」
「はい、また明日、どうか気をつけて」
彼に手を振り先に歩き始めた。
少し歩いて振り返ると彼も同じように振り返り再び目が合うともう一度笑顔で手を振ってくれた。
この胸のざわつきはなんだろう。
もしかして、いやまさか、と頭の中で恥ずかしい想像が巡る。
また明日、なんて言ったけれど明日彼と教室で顔を合わせて平然とした気持ちで話すことなど出来るのだろうか?
彼はどんな気持ちであんなことを言ったのだろうか。
考えれば考える程分からない。
「(...黒子君って想像してたよりずっと変わった人なのかもしれない)」
そんな事を考えた夏の暑い日の帰り道。
end