「夕陽を見ると悲しくなるのってなんでだろう」
「なんだ?いきなり」
口にするつもりなんてなかったのに思いがけず口から出たその言葉に十代は反応を示す。
けれどもその目は私を映す事はしなかった。
それも仕方ない、彼は今、今夜のおかずが1品増えるかそうでないかの瀬戸際なのだ。
近くに人はいない。
二人だけの静かな空間、岩肌に打ち付ける波の音、そこに混じり込んだ人工的なリールを巻く音、竿が軋む音、それらが辺り一帯に普段より大きく音を響かせている。
「何かの歌詞だったと思う。でも分かるよ、真っ赤な夕焼けを見ている胸が苦しくなる、その感覚」
私の言葉に十代はふーんと相槌を打つが私にはそれはさして興味無さげに聞こえた。
けれども十代は続けて口を開いた。
「俺にとって赤は情熱の赤だけどな」
十代が口にした言葉を聞いて私はこの学園に入学したばかりの頃を思い出した。
あの時も寮の組み分けの結果に嘆く翔君を励ますように彼が口にしていた。
赤は十代を象徴する色だ。
大袈裟に聞こえるかも知れない、だがこの学園には私と同じように思う人がきっと複数いるだろう。
今の十代はあの頃とは随分変わってしまった、けれども彼が赤を象徴するということだけは以前と全く変わらない。
その理由は私には分からない。
「そうだよね」
私にとって赤は夕陽の色でも情熱の色でもない。
未来永劫赤を見れば遊城十代という男を思い出すだろう。
ああ、私はこれから先何度夕陽を見て胸を焦がすのだろうか。
私は何度夕日にけして腕の中に閉じ込めることの出来ない男を重ねるだろうか。
これから先私は何度本物の赤を見られるのだろうか。
沈んでいく夕陽に貴方を重ねた私がこの景色を好きになる日は永遠に来ない、きっとこの予測は外れない。
報われることのない想いに目頭が熱くなる。
私は眉間を抑えてそれを我慢した。
「そんな顔ばっかしてるとシワが取れなくなるぞ」
そんな私をからかうように十代は軽口を溢した。
それに対して腹が立つような段階はもうとっくに過ぎている。
私は力が抜けてしまい十代の横に腰をおろした。
「俺はさ、海を見るとお前が浮かぶんだ」
十代は一人言のように呟いた。
正直な所十代が私のことを考える時間があるだなんて予想だにしていなかったので少し驚いた。
「海っていうか青?つまり空もってことか?
よくわかんねぇ、でも俺は青を見るとお前を思い出す」
「···過去の人みたいに言わないでよ」
私のひねくれた言葉に十代は確かに、と笑って悪かったと私に謝罪した。
「名前ってすげぇ素直だろ?
だからだ、きっと」
十代は見事魚を吊り上げた。
針から魚を外しその魚を水の入ったバケツの中に入れた。
狭いバケツの中で魚はなんとか逃げようとするもそれが叶うことはなくぐるぐるとただ回っている。
私が素直だなんて十代の目には私がどんな風に映っているのだろうか。
「もうすっかり夕方だな。赤い太陽が沈んで海も空も赤く染まっていく。
そしてやがて夜になれば海も空も黒くなって海を月が照らすんだ」
俺の言ってることが分かるか、と十代は私に問う。
私には十代が何を言いたいかなんて分からなかった。
いつだって彼は言葉が足りないのだ。
「名前は素直だ、だから色んな色に染まるんだ」
十代は再び釣り針に餌を付けそれを水面に放った。
染まる、とは何が言いたいのだろうか。
「なぁ、大丈夫だ。
名前は、お前には沢山の仲間がいる。
お前がそれを拒まない限り皆絶対にお前を見捨てたりしない」
十代は何が言いたいというのだろうか。
いや、本当は理解している。
そして十代もまた私が夕日を見て悲しくなる理由を理解しているのだ。
「···十代って本当にずるいよ」
責めるような言葉に十代は笑ってそうかもな、と肯定した。
私には私を染めあげる仲間たちがいるから自分がいなくても平気だと言いたいのだ。
十代は自分がどれだけ人を惹き付けるが理解しているくせにその責任を取ってはくれないのだ。
ただ他者を魅了してやがてそれは春の風のように軽やかに人々の頭上をそよいでやがて夏へと消えてしまう。
「(ずっと好きでした)」
私はその言葉を口に出させてもらえなかった。
きっとそれは私だけではないだろう。
彼を知って彼を想って、想いが強くなる程それを口にするのは躊躇わされた。
私が本当に海だったのなら、ほんの一時でも彼と混じり合うことが出来る海だったのならどれ程幸福だっただろうか。
この胸を焦がす感情とさよならできるその日が来るの願って何度涙を流すだろうか。