彼女は最近2号を撫でる事が増えた気がするのは僕の気のせいだろうか。
元々僕同様可愛がっていたのは知っているけれど最近は本当によく見かけるようになった気がする。
それに気付けたのは僕と話した後彼女は高確率で2号に触れていたからだ。
そしてその分僕にそういう事をする機会が減った気がする。
そもそも以前より彼女と会話することすら減った気がする。
「2号」
彼女がいなくなった後2号の名を呼べば嬉しそうに僕の側まで駆け寄ってきて抱いてくれとせがんできた2号を抱き上げじっと見た。
2号は最大に尻尾を振って嬉しそうに鳴いた。
「...君が羨ましいです」
無邪気に彼女に戯れつく君が。
2号は僕にたいしても同様に甘えて頬をぺろぺろと舐めた。
「それ、名字さんにもしていましたよね。
...本当に、羨ましいです...」
自分で言っておきながらその発言は少々気持ちが悪かったのではないか、とすぐに気付いて後悔した。
僕自身が彼女の頬をぺろぺろと舐める姿を想像してしまったのだ。
それは人にはけして見せられない姿だろう。
「...授業に出ますので、いい子にしていてくださいね」
2号にそう言って最後に一撫で。
未だ僕をつぶらな目で見つめる2号を見て改めて敵うはずがないのだと自覚した。
「あ、黒子君」
午前中の授業が終わり昼休みになって購買部に昼食を買いに向かったところで偶然彼女に出会って声をかけられた。
彼女はお弁当を手に持ち自販機で飲みものを買おうとしているところだった。
「名字さん...どうも」
「うん、黒子君はお昼買いにきたの?」
彼女はパックジュースを買ってそれを取り出しながら僕に訊ねた。
僕はその質問に首を縦に振る。
「私は最近よくフラれちゃうから。たまには違うところでお昼食べようかなって。そのついでにね」
フラれたと聞いて一瞬どきりとしたけれど話の続きを聞いてみるとどうやらそれは彼女がよく昼食を一緒にとっているという友人が最近出来た恋人と昼食を時々摂るようになったからとの事だ。
それを聞いた僕は思い切って彼女を誘ってみた。
最近少し素っ気なくなっていた気がするから断られるかもしれないと覚悟しながら。
「あの...もしよければ僕とお昼一緒に食べませんか?」
「え、ほんと?うん、一緒に食べよ」
断られるかもしれないとダメ元で誘ったけれど彼女はあっさりと僕の誘いに乗った。
僕は適当にパンを選んで彼女とその場を移動した。
あまり人のいない場所を探して。
「2号!いい子にしてた?」
悩んだ結果部室で食事をとることにした。
僕がどうしても彼女と2人きりになりたかったからだ。
もっともその願いとは裏腹に2号が僕達の姿を見つけ駆け寄ってきたため完全に2人きり、というわけにはいかなくなってしまったのだけれど。
椅子に座り膝の上にお弁当を広げる彼女の隣に座って僕もパンの封を切った。
いただきますと手を合わせ食事をとり始めた彼女に続いて僕もパンを一口齧る。
彼女はそんな僕にちらりと視線を向けるもすぐに外してしまった。
「どうかしましたか?」
「あ、ううん、ただ、それで本当に足りるのかなってちょっと気になって。
黒子君が少食なのは知っているんだけどさ」
彼女は余計なお節介を言ってごめんなさいと謝って卵焼きを口に運んだ。
僕はお節介だなんて思っていないと伝えた。
「私が作ったもので申し訳ないんだけど良かったらすこし食べる?」
彼女は今度はそう言って僕にお弁当を指差した。
自分で用意しているものだと知らなかった僕は少し驚きながらも興味を持っていいんですか?と聞き返した。
「うん、大丈夫。これとかね、結構美味しく出来...あ、ごめん。どうぞ」
彼女は一口サイズのハンバーグを箸で摘んで僕に差し出そうとしたけれど慌ててそれを中断して箸を僕に差し出した。
あーんと口に入れてもらえるのかと期待してしまった分多少凹んだ。
「...食べさせてはもらえないんですか?」
わりと勇気を出した方だと思う。
素直にそれを聞いてみれば彼女は僕の質問に気まずそうな顔で答えた。
「...その、黒子君、子供みたいに世話をされるっていうか、なんかそういうの嫌かなって」
「...時と場合によりますけど。...こういう時貴方にだったら嫌じゃないです」
半ばヤケのように言った言葉に彼女は少し照れたような顔を見せた。
そんな彼女にときめいてしまった僕はやっぱり彼女の事が好きなのだということを自覚する。
「食べたいです」
改めてそう言って口を開けると彼女はハンバーグを僕の口に運んでくれた。
外食ではない家庭で食べる素朴で飽きの来ない優しい味のそれは僕好みのものだった。
「美味しいです」
「...良かった。卵焼きも食べる?」
嬉しそうに笑って訊ねた彼女に頷けば今度は僕が口を開く前に口元へと卵焼きを差し出した。
先ほどと同じようにそれを咀嚼してゆっくりと味わった。
美味しいけれど自分の家とは少し違う味付け。
彼女と結婚すればこれが家庭の味になるのだろうか、なんて考えた僕は本当に浮かれていたのだろう。
「ありがとうございます。凄く美味しかったのですが名字さんが食べるものが無くなってしまいますのでもう大丈夫です」
「うん、分かった。...美味しいって言ってくれてありがとう」
彼女はそう言って僕の頭を撫でた。
久しぶりの事だった。
そんな事がなくなり少し寂しいとさえ思い始めていた。
けれど今のそれには何か心がモヤついてしまう。
「あの、最近僕の頭全然撫でなくなったのってどうしてですか?」
頭を撫でていた彼女の手首を掴んでそう訊ねた。
彼女は一瞬固まってしまったけれどすぐに返答した。
「...紫原くんとか、お父さんとか...なんというかその、私はそんなつもりは無かったけど抱き上げられたり撫でられたりするの子供扱いされてるって怒ってたから...だからしない方がいいのかな、って思って我慢してたの...」
「...そうでしたか。確かに彼らにそういう扱いを受けるのは不快です。
子供呼ばわりも普通にイラつきます」
彼女の手をぐいと引き寄せて指と指を絡ませるように握れば彼女は顔を赤く染めた。
「でも貴方にならいいんです。
勿論子供扱いを、という意味ではなく触れられることがという意味ですが」
「っ、くくく黒子君!?」
そのままもう片方の手で握った手を包み込めば彼女はわかりやすく狼狽した。
「もしかして最近前以上に2号に構っていたのって僕の代わりでしたか?」
僕の問いに彼女は何も答えずに顔を伏せてしまった。
もうこれは肯定しているのと同じだ。
「また今度...今度は僕の為にお弁当を作ってくれませんか?」
そんなお願いを聞いて顔を上げた彼女はとても驚いた顔をしていた。
そしてやはり顔はまだ赤いままだった。
「先程は嫌だと言いましたが別に今は子供扱いでも構いません。
貴方に構ってもらえるのでしたら」
握ったままの彼女の手を口元へと運ぶ。
「でも僕子供ではないので、それだけは覚悟しておいてください」
彼女の手に唇を優しく押しあてた。
言葉にならない悲鳴のような声をあげる彼女に自然と口角が上がった。
きっと自覚した僕の想いが成就する日はそう遠くない、そんな予感を胸に抱いて。
end