「調子悪いのか?」
昼休み持ってきたお弁当を広げてはみたものの箸を持ったまま静止していた私を見て火神君がそう声をかけた。
因みにテツヤ君は担任教師に職員室に呼ばれ席を外していた。
「ううん、ただ最近今日は寝不足で。...食べたら午後から起きていられる自信がないからどうしよっかなって」
「でも昼抜いたら部活まで保たねぇんじゃねぇか?」
火神君はいつも通り大量のパンを食べながらそう言った。
彼の言うことももっともだ。
だがそもそも寝不足のせいか食欲もあまりない。
それでも食べようかと箸で唐揚げを持ち上げてみたもののそれを口に入れる気になれず再び箸を持つ手を下ろした。
「美味そうなのに勿体無ぇなぁ」
「...だったら火神くん食べる?」
まだ箸は使っていないし気にしなくていいかと思いそう言って彼の口元に唐揚げを差し出した、その時。
「そういうこと僕以外にしないでください」
いつの間にか現れたテツヤ君はそう言って火神君に差し出した唐揚げを食べた。
不機嫌そうな視線を私に向けながらもぐもぐと咀嚼してそのまま飲み込んだ。
「火神君も食べようとしないでください」
「いや、私が勝手にやっただけだから火神君何も悪くないよ」
私の軽率な行動のせいで責められそうになっていた火神君を庇えば彼は更に機嫌を損ねてしまった。
「...もういいです」
テツヤ君はそう言って自分の昼食と私のお弁当を手に持って教室の外にスタスタと歩き始めた。
これは着いてこいということだろうと判断して火神君に手を合わせてごめんねとジェスチャーで伝えれば呆れ顔でいいから早く追いかけろと私を見送ってくれた。
本当に優しい人だと思った。
急ぎ足で彼に追いついて半歩後ろを歩いて着いていく。
きっと屋上にでも向かっているのだろう。
「...食べないんですか?」
「あー、うん。なんか食欲なくって」
想像通り屋上に着くと彼は私にお弁当を手渡し先に腰を掛けた。
私も隣に座ってお弁当を膝に置いた。
けれどやはり食べる気にはなれず自分で持ってきたお茶を飲んでいた。
「...でも、だからってなんでよりによって火神君にあんなことするんですか」
「...それは...はい、すみませんでした。
ほんと何も考えてなかったの、なんかノリ?で」
彼はむむむっと眉間に皺を寄せながらサンドイッチを口に運び包装袋をくしゃりと握り潰した。
「...僕だって貴方にあーんなんてしてもらったことないんです。
今後は気をつけてください」
彼はそう言って私のお弁当の蓋を取って箸を握らせた。
「...テツヤ君?」
「はい」
そして口を開けて私の方を向いた。
これは先ほど火神君にしたのと同じように食べさせろと言っているのだろう。
私は彼の口に先ほど同様に運んだ。
黙々と咀嚼して飲み込んだあと再び首を開いた彼に今度は卵焼きを差し出した。
なんだか雛に餌をあげているような気分だと思った。
全て食べさせ終えた頃には彼も苦しそうな顔をしていた。
それも当然だろう、元々少食なのに余分に私のお弁当まで食べたのだから。
「今度は貴方の番です」
彼はそう言って購入した昼食が入っていたビニール袋からチョコレートを取り出した。
「さすがに何も食べないのは危険ですから。
それに眠気覚ましにもなるといいますし」
「そうなんだ。気を使ってくれてごめ...」
彼は四角い一口サイズのチョコを自身の口に入れた。
いや、正確には歯で挟んだ。
私は何か嫌な予感が頭をよぎり後退りしようとしたところで手を掴まれ引き寄せられた。
そしてもう片方の手で首の後ろをぐいと押され。
「んぐっ」
彼にそのチョコレートを口内へと押し込まれた。
「早く食べてください。昼休みが終わってしまいます」
彼はそう言って私の唇に舌を這わせて吸った。
唇が離れたかと思うと再び彼はチョコレートを口に運ぶ。
「ま、待って!ここ学校だから...!さすがにこれ以上や...んんっ....!」
私の言葉をまるで聞く様子がない彼は再び私の口にチョコレートを押し込んだ。
「今後また今日みたいな事をしたらもっと凄いことをしますから、という戒めです。
僕という恋人がいるにも関わらず何も考えずにああいうことしてしまう貴方ですから。
このくらいしておかないとまたやりかねません」
またもう一つ、今度は完全に口の中に放り込んでキスをして、無理やり唇を広げられて彼の舌で私の口内へとおしこまれた。
「...甘いですね、すごく...」
そしてちゅぱっと音を立てて離れた。
身体も解放される。
「眠気覚めましたか?」
「...うん」
あんなに眠くて仕方なかったのに今は心臓の音がうるさくて仕方ない。
学校でこんなことをしたのは当然初めてのことで、嫌だった筈なのに、でも今はもう。
「...テツヤ君」
もっとしてほしい、そんな事を考えてしまった。
私の気持ちなんてすぐに読んでしまう彼に顔を見られたくなくてそれを誤魔化すように抱きついて彼の肩に顔を埋めた。
「...そんな風にされたら教室に帰りたくなくなっちゃうじゃないですか。
まだ授業あるのに...」
でももうそれは遅かった。
私が今抱いた感情なんてとっくに彼にバレてしまっていた。
私を抱きしめ優しく頭を撫でて少し身体を離し私の額に自身の額を優しく押し付けた。
至近距離で噛み合った視線。
彼の目を見て更に胸が切なくなって視線を逸らした。
「そんな顔をして、...本当に帰れないじゃないですか」
先ほど同様彼は私の顔を肩に押し付けるように抱きしめた。
触れた胸から彼の心音も伝わって、それは私と同じくらい大きく早く鳴っていた。
「昔は媚薬効果があるとされていたんですけど、今も少しはそんな効果が残っているのかもしれませんね...」
私の背中をさする彼は私を落ち着かせようとしているというよりは自身を落ち着かせようとしているように思えた。
互いにゆっくりと身体を離し改めて顔を見た。
先ほどより少し彼の目は落ち着きを取り戻していた。
それにつられる形でなんとか私も心を落ち着かせることが出来た。
「...教室、帰ろっか。もし遅れたりサボったりしたら火神君に誤解されそうだし...」
「...別に火神君にどう思われたっていいですけど、というかは名前さんはそんな顔をしている時に僕以外の男の名前を口にしないでください」
そう言って彼は私の頬を軽くつねった。
「...初めてもうこのまま授業をサボってしまおうかと本気で考えましたよ、本当に貴方って人は...」
大きなため息を一つして先ほどつねった私の頬を撫でた。
「次のデートの時は覚悟しておいてくださいね」
彼はそう言って先に立ち上がって私に手を差し出した。
その手を取って私の立ち上がる。
2人で教室に戻って午後の授業もきちんと受けた。
眠くて仕方なかった筈なのに今は不自然なくらい頭はクリアになっていて。
でも授業の内容なんて少しも入ってこなかった。
後で自分で復習をしないといけないと考えながらせめてものとの思いで板書を必死でノートに書き写す。
ちらりと視線を向けた彼はいつもと変わらない様子だった。
自分ばかりが意識しているのだと知って羞恥心から私の心臓は再び早くなっていく。
次のデートまで、なんて耐えられるのだろうかと。
そんなことを考えてしまった午後のひととき。
(火神君のせいで授業にまったく集中出来なかったじゃないですか)
(はぁ!?なんで俺のせいになんだよ!知らねぇよ!)
end