初めて出会った日の事は覚えていない。
物心つく前から一緒にいた。
幼稚園、小学校をずっと同じクラスで過ごしたけれど中学は彼が私立を受験したのでそこで初めて彼のいない3年間を過ごした。
と言っても隣の家に住んでいるのだ。
時々顔を合わせることはあったし私の家や彼の家でご飯を食べたり、なんてことも定期的にあったので私達は変わらず幼馴染という距離を保つ事が出来ていた。
入部して三軍に配属されてしまった彼は少し心配になる程練習に明け暮れていたけれどそれでもその努力が実りレギュラーになってから彼は本当に幸せそうで、活き活きとしていた。
頼もしく少し変わったチームメイトの話をしてくれる彼を見て本当に良かったと思う反面寂しさもあった。
私にだって彼と面識のない友人はいる。
だから彼にだって、そんなことは当たり前の話だ。
それでもそれを寂しく思ってしまうのは、この時には既に彼に対する自分の感情を自覚していた。
そしてそれは彼にバレてはいけないことなのだということも。
中学に上がり変わった事の一つとして目立ったものは男女の距離感だと思う。
小学生の頃も勿論あった。
それでもたかが知れていたと思う。
気の合う男の子とただ話をしていただけで付き合っているのかと揶揄われそれが嫌で距離を取ったり取られたり。
ただ性別が違うというだけでただ気の合う友人とは見てもらえなくなってしまった。
だから自然と友人は同性ばかりになっていた。
別に男の子と仲良くなりたい、というわけではないけれど今まで築いてきた関係がこうも簡単に崩れてしまうのかと考えると少し寂しく感じた。
テツヤ君と別の学校で良かった。
1番に浮かんだのは彼の顔だった。
学校という箱庭の外で彼と友人関係を続けている私を知る人はここにはあまりいない。
顔を合わすのだって殆どお互いの家だ。
だから誰の目を気にすることもなく私はまだ彼の友人でいられた。
同じ学校であったとしてもきっと彼は周りの目や言葉なんて気にすることはないのだろうけれど。
きっと私はそんな風には生きられないから。
だから私の方が彼を拒絶してしまうだろう。
大好きな彼を。
「今日から同じ学校ですね」
「うん、よろしくね」
中学の途中からどんどん表情が暗くなっていく彼に私は何をしていいか分からず困惑する一方だった。
元々口数が多い方ではないけれどそれでも私が話すとりとめもない話も柔らかな表情で聞いてくれていた彼はもういない。
覇気のない、何もかも無関心、そんな顔。
もういっそ会いに来ない方がいいだろうかと思ってやんわりとそれを訊ねた事はあるけれど彼は無言で私を抱きしめて肩に顔を埋めた。
いつの間に彼は私より背が高くなったのだろう。
テツヤ君の身体は私よりずっと硬くて。
彼の背に腕を回せば更に強い力で抱きしめられた。
「...ずっと一緒にいるよ」
彼は何も答えなかったけれど私を強く抱きしめたままだった。
私はそれが彼の答えなのだろうと、そう受け取った。
「また同じクラスだね」
「はい、今日からは毎日会えますね」
高校は同じ学校を受験した。
彼に誘われた、という、人から見ればいい加減な理由に聞こえるかもしれない。
でも私はどうしてもまた彼と同じ時間を過ごしたくなってしまったのだ。
高校に入学する頃にはもうあの弱々しい彼はいなくなっていた。
そんな彼の変化にいつかは私知らない誰かになって私の側からいなくなってしまうのではないかと想像してしまい胸が痛んだ。
中学時代遅くなった帰り道で彼がチームメイト達と楽しく下校している姿を見かけたことがある。
そこには可愛らしい女の子もいて、その子が彼をどう思っているかなんて一目で分かった。
私も同じ感情を彼に抱いていたのだから。
「どうかしましたか?」
「...ううん、なんでもないよ!」
考え込んでいた事が顔に出てしまっていたのか彼は私の顔をじっと見た。
彼と視線を合わせることなんて昔は当たり前のように自然と出来ていたことの筈なのに今はもうどう平然を装えばいいのか分からない。
かと言って視線を逸らしてしまえば先程の言葉が嘘だと言っているようなものだ。
彼に真っ直ぐに見つめられて身体が熱を持っていくのを感じた。
顔まで赤くなっているのではないかと不安を抱く。
「取り敢えず入部届け出しに行きましょうか」
「え、あ、うん。...良い部だといいね」
「一度試合を見たことがあるんです。
…凄く良いチームだと思いました。
だから今度はここで日本一を目指します」
力強い言葉、ああ、やっぱりもう彼は私の知らない男の人になっていたのだなと考えると目頭まで熱くなってきた。
きっと彼から見れば私だって子供の頃とは違う筈なのに、彼は動じる様子なんて少しも見せてくれないものだから自分ばかりが、と考えてしまい寂しさで胸が痛んだ。
「名前さんもマネージャー、やりませんか?」
「...え?」
彼の唐突な言葉に驚いて瞬きをすれば頬を涙が伝った。
今にも泣き出してしまいそうになる程涙が込み上がっていたことに今気が付いた。
彼はその涙を親指で拭って私の頬に手を添えた。
その手さえ以前より大きくなったことに今気が付いた。
「本格的に部活が始まればきっとこうして朝一緒に登校することも出来なくなってしまうと思うので。
僕はそれは寂しいです。もっと貴方と一緒にいたいんです」
彼の手が私の髪を一房掬って唇を近付けた。
「僕の気持ち伝わりましたか?」
そのまま目を瞑り髪にキスをした。
直接肌に触れられたわけでもないというのに、髪に感覚などないというそこからいっきに熱が広がるような錯覚が全身を襲った。
「いつからなんて分からない程、子供の頃からずっと貴方の事が好きでした。
これからはずっと僕と一緒にいてください、名前」
久しぶりに彼に名前を呼び捨てにされた。
昔はずっとそうだったのに中学に上がってからは自然とさん付けされるようになった。
正直なところそれを寂しく思っていたけれど仕方のないことなのだろうと自身の中学生活で悟った。
なのに今になって、ただ名前を呼ばれた、その事実だけで胸がいっぱいになって私はボロボロと泣いてしまった。
返事をしなければと焦る気持ちがあるけれどうまく言葉が出てこない。
そんな私を彼は抱きしめた。
前よりまた少し大きくなった気がする。
私は彼の背中に腕を回し力いっぱい抱きついた。
「これが返事と思って大丈夫ですか?」
優しく囁くように。
首を何度も縦に振れば彼は私の肩を押して距離をとる。
そしてそれはもう優しい優しいキスを私に。
「...制服、まだ初日なのに、ごめんなさい...」
落ち着かせるようにされたキスに涙は止まった。
少し冷静になって気が付いたのは彼の制服が私の涙で湿っていたこと。
「こんなの洗えばいいだけですから、大丈夫ですよ」
彼はそう言って私の瞼にキスをした。
まるで少女漫画に出てくる男の子のようなことをする彼に恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
「あまり可愛い反応を見せられたら、僕も男ですから色々と抑えが効かなくなりますから勘弁してください」
今度は額にキスを一回。
一体今日彼に何度キスをされたのだろうか。
「ずっと我慢してきましたから、これからは覚悟しておいてくださいね」
そう言って笑った彼、そんな彼の表情を私は知らない。
これからもっと私の知らない彼の姿を見ることになるのだろうかと考えるとますます心臓の鼓動は早く大きくなっていく。
今はまだ恥ずかしいけれど私がどれだけ彼の事を好きだったかいつかきちんと話そう。
その時彼はどんな顔を見せてくれるのだろうか、と未来を想像して自然と私も笑っていた。
end