匂いフェチ

本日最後の授業は体育だった。
今日は今にも雨が降りそうで湿度が高く体育館は換気している状態にも関わらずじめじめとしていたので普段よりも暑くて疲れてしまった。
あとは着替えてホームルームに出て部活に、ということなわけだが今私は危機に面している。

過去の経験上それが起こりうることを忘れていたわけではない。
寧ろきちんと警戒していた。
それでも逃れることができなかったのは私が悪かったのか、彼のそれに対する執着が異常だったのか。

「あの、ちょっと、ほんともう行かないと、お互い困るんじゃない?」

「困りますね、だからいい加減諦めてくれませんか」

両手を繋いで、と言えば語弊がある。
謂わば力比べのような体勢で向き合う私達。
だが全力で彼を拒絶しようとしている私と比べ彼はまだ余裕を感じる表情。

それも当然だろう、高校生の、ましてや運動部でバリバリトレーニングをしている彼とただのマネージャーの女の私では本来力比べなど成立する筈がないのだ。

「今更そんなに拒絶しなくてもいいじゃないですか。寧ろなにがそんなに嫌なんですか」

「寧ろなんで分かってくれないのか分かんないんだけど!」

腕の筋肉がそろそろ限界を訴えぷるぷると震え始めた。
それに合わせて彼の身体がぐいと私に近付いた。

「ほら、もう限界でしょう?顔真っ赤になってますよ」

「...な、なんかちょっと楽しんでない?!」

もしかして、と考えるまでもない。
だって彼の顔を見ればそんなこと考えるまでもない。
付き合い始めてから彼が思っていたよりも感情豊かな人だったのだと知った。
今の彼はこの状況を楽しんでいる。

「っ、やっ...やだ...っ」

「そんな反応しないでください。変な気分になっちゃうじゃないですか」

もうとっくになっているからこんな事をしようとしているのではないのだろうか。
きっとはじめから私の反応を見て面白がっていたのだ。
完全に私を壁まで追い詰めた彼は私の抵抗をあっさりと封じ込めて首筋に顔を埋めた。

「〜っほんともうっ!」

そして大きく吸っては吐いてを繰り返す。
彼の髪と息が首や鎖骨にあたってくすぐったくり身を捩れば足の間に自身の足をねじ込んで完全に私を封じ込めてしまった。

「っ、今日ほんと結構汗かいたから!やめて!」

「知ってますよ。だからこうしているんじゃないですか」

犬のように匂いを嗅いで、そのままぬるりと生温かい舌が私の首筋を這った。
ちゅ、っと小さな音を立ててそこを吸われる。
跡がついてしまう程強くは吸われていない筈だがこんなことを学校でするなんてあり得ない。

「〜っ、分かった!わかったから!
代わりに今日部活終わったらうち寄っていいから!だから今はやめて!」

苦肉の選択だった。
でも今の彼を止めるにはもうこのくらいし言わなければ無理だと思った。
私の必死な抵抗の言葉に予想通り彼はその場でぴたりと固まり顔を上げた。

「それって名前さんの部屋でえっちしましょうというお誘いですか?」

「あーもうそれでいいから!」

露骨な言葉で私にそう確認を取った彼は私の額に自身の額をぴたりと合わせてこちらをじっと見つめる。
あまりにも近い距離。

「だめです、ちゃんと貴方の口からきちんと言い直してください。
それが出来たらやめてあげますから」

前一度逃げられた事がありますから、と。
気まずくて視線を逸らしたくなったが彼の目がそれを許してくれない。
時々こうして意地悪な事をするのだ、彼は。
きっと言い終えるまで彼は本当に私を解放してくれることはないだろう。

ここは学校、誰に見られるか聞かれてしまうかも分からない。

彼の耳元に口を近付ける。

「...部活が終わったら、うちでえっちしよ」

彼にしか絶対に聞こえない程小さな声でそう囁けば私の手を掴む彼の力が少し弱まったのでそれを解いて彼の胸を押した。

「...と、とにかく早く着替えないと!」

とにかく彼がこうしているうちにと思い更衣室に向かおうと歩き出したところで彼に後ろから抱きしめられた。

もう匂いを嗅ぐような事はしなかったけれどそういう問題ではない。
本当に遅刻してしまう。

「ちゃ、ちゃんと言ったでしょ?約束したから、逃げないから...ね?」

「...あんなの、反則です」

彼の腕に力が入る。
普段であれば好きな人にこんな風に抱きしめられるのはけして嫌ではない。
でも状況が状況だ。
でもそれを咎めようとしたところでそれが彼に伝わる気配がまるでない。

もうお手上げだと半分諦めてしまったところで彼はようやく私を解放した。

振り返って彼を見ると明らかに普段とは違う、余裕のない表情で頬を赤く染めていた。

「...今日部活に集中出来なかったら、名前さんのせいですから」

口元を手で隠しながらそう言った。
なんだか理不尽な彼の物言いになんとも言えない気持ちになったけれどその時の彼の表情を可愛いと思ってしまったので何も言い返すことはしなかった。

これだから好きという感情は恐ろしい。
数分前まで私が嫌がることをあんなに強行しようとしていた彼をあっさりと許してしまうのだから。
惚れた弱み、それがきっと正しい。









(ごめん、今日お母さんもう帰ってるみたい)

(...)

(ど、土曜日!土曜日の部活前なら!!)

(今日月曜なんですけど僕を殺すつもりですか)

(いくらなんでもそこまで言う!?)



end