誰にもあげない

『黒子君の事が好きなの。...その、良かったら付き合ってもらえません、か』

恋人である彼とお昼ご飯を食べる為待ち合わせ場所に向かっていた際聞こえてきたそれは彼に対する愛の告白だった。

慌てて身を隠し必死で気配を消した。
盗み聞きみたいでなんだかなと思う気持ちはあったけれど私も彼と待ち合わせをしている以上勝手に予定を変えるわけにもいかない。

『ありがとうございます、気持ちは嬉しいです。
でもすみません、僕今お付き合いしている人がいますので...貴方とお付き合いする事は出来ません』

『...そ、そっか...ごめん、な、さい...』

彼ははっきりとその告白を断った。
彼に告白した女の子は震えた声で謝罪をしてその場を後にした。
安心する反面盗み聞きをしてしまったという罪悪感となにかもやもやとしたものが心をざわつかせた。

「...なんていうか...なんだか、な...」

その場にしゃがみ込んでポツリと小さくつぶやいた一人言を聞いた人は誰もいない。
少ししてポケットに入れていた携帯が震えた。
メールの着信を知らせるものだった。
送り主はまさに今見知らぬ女の子の告白を断っていた彼だった。

『名前さんいつもより遅いですが何かありましたか?』

そのメールにすぐに返信をして立ち上がる。

『なんでもないよ、もう着くから待ってて』

携帯を再びポケットにしまい彼の元へと向かう。
お待たせ、と声をかけると普段と何も変わらない表情で私を迎えてくれた彼に少し複雑な感情を抱いた。

「ごめんね、ちょっと友達に呼び止められちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。取り敢えずお昼食べましょうか」

平然と嘘をつき彼の隣に座る。
彼ははいと返事をして隣に座った。
私の嘘に気付いた様子はない。

「毎日寒くて嫌になるね」

「はい、朝布団からなかなか出られなくて困ります」

とは言っても彼が遅刻をしたのなんて見た事はないのだけれど。
もっとも毎日彼は朝練に出ているのだからそれも当たり前の話なのかもしれないけれど。

お弁当を食べながら彼を横目で見た。
夏に比べると少しがっちりとした気がするのは多分気のせいではないだろう。
なんせ彼はあんなに毎日練習をして日本一にまでなったのだから。

目立たなかった彼がモテるようになったのもきっと...

「名前さん?」

「な、なぁに?」

じっと見すぎたせいで私の視線に彼は気付いてこちらを見た。

「いえ、話があるのは名前さんの方じゃないですか?」

「え...そんな、こと...」

付き合い初めて半年程経つが私はいつまで経っても彼の視線に慣れない。
じっと見つめられると何もかも見透かされてしまいそうな、そんな予感。

「僕はまだそこまで成熟していないので好きな人の一挙手一投足が気になって仕方ないです、でもその理由を読み取る事も出来ません」

彼は私の頬に手を添える。

「何か僕に言いたいこと、ありませんか?」

有無を言わさず話せと、そう言われているような気がした。
見なかったことにしよう、そして考えないようにしようと思っていたのに。
私の決意は簡単に崩れてしまう。

「...ごめん、ほんとは、さっき...見ちゃっ、た...」

「...さっきの...ああ...不安にさせてしまいましたか?
僕は貴方が好きなのできちんとお断りしましたよ」

それはちゃんと聞いていた。
彼の事を疑っているわけではない、ただ...

「知ってるよ。知ってるんだけどね...ごめん、自己嫌悪してしまって」

「...自己嫌悪、ですか?」

みんな彼に気付きもしなかったくせに、まるで透明人間みたいに、見えてもいなかったのに。
物凄く手強いライバルがいた。
きっと私が彼女に勝っているところなんて殆どない。
でも彼は私を受け入れてくれたから。
隣にいてもいいと、許してくれたから。

「テツヤ君の事好きな女の子なんてみんな嫌い、って...そんなこと考えちゃった自分に...」

小さな頃の、まだ友達とそうじゃない人の好きの区別が明確についていなかった頃の恋をのぞけば初めて私が好きになった特別な男の子。

「私って性格悪かったんだなって...」

初恋は実らないものだって、それが普通だって知っているのに。
それだけで奇跡のようなことだと分かっているのにどんどん欲が出てしまう。
そんな自分が嫌になっていた私に彼は口を開く。

「名前さんが性格悪いっていうなら僕も悪いですよ」

「...え、...なに、が?」

ゆっくりと顔が近付いて、唇が触れた。
突然の事で私は目を閉じる事も出来なくて。

「僕だって貴方のこと好きな男なんて嫌いですから」

彼はそう言って私の額に自身の額をくっつけた。
近過ぎる距離で交わった視線。
彼の目を見ればそれが嘘ではないことなんてすぐに分かった。

「だからそんなことで自己嫌悪する必要なんてありませんよ。
僕なんて1週間前ふざけて貴方の肩を抱いて抱き寄せた貴方のクラスの男子生徒をボコボコにしてやろうかって思いましたし」

「え」

「3日前よろけたせいでおきた事故とはいえ貴方の胸に腕が触れた男の記憶をどうやったら消せるか真剣に考えました」

「あ、あの」

「ムカついたことなんて他にも沢山ありますけど1番腸が煮えくりかえったのは1学年上の男が脈があると思い込んで貴方に抱きついて告白した時です」

「て、テツヤ君?」

普段と変わらぬ表情で淡々と話す彼。
寧ろだからこそ恐ろしく感じた。
彼の言っていることは全て身に覚えがある事実だ。
でもそれをなぜ彼が知っているのかが分からなくて、それが私の背筋を凍らせた。
テツヤ君とはクラスも違う、3日前だって10分間という授業の合間の休み時間の出来事で。
先輩に告白をされたのなんて彼と付き合う前の話だというのに。

「名前さんは僕だけの名前さんなんです」

抱きしめられて動けない私。
動けないのははたしてそれだけが理由なのかは分からない。

「誰にも触らせたりしないでください」

私を掴んで離さないと肩に食い込んだ彼の指が痛いくらい食い込んで。

「今この瞬間も無茶苦茶に抱き潰したいと思うくらい僕は貴方の事を愛しています」

目は瞳孔が開いてギラギラとしていて。

「だから安心してください、僕は貴方以外目に入りませんから」

そう言って笑う彼の顔は妙に艶っぽくて。
「でも貴方がヤキモチ妬いてくれたこと、凄く嬉しかったです」

再びキスをして。

「今度の日曜日、楽しみにしていてください」

それは久しぶりのデートの約束をしている日。
貴重な彼のオフだ。

「不安にさせてしまった分、僕が貴方をどれだけ愛しているかということをたっぷりお伝え出来るよう頑張りますから」

私はこの日愛というものは恐ろしくもあるという事を知った。
でもそれを知ってなお、彼を嫌いにならなかった私は多分恋に狂っているのだと思う。

だから怖い彼と狂った私はきっとお似合いなのだと。
皮肉な話になってしまうけれど今日初めて心から安心出来た。


end