「おはよう」
「おはようございます、名前さん、2号。
...あの、もしかして今日は朝からお風呂入ってきました?」
朝いつもの待ち合わせ場所で彼と合流してテツヤ君は私と2号を見ると笑顔で挨拶を返した。
そしてその後すぐにそんな事を聞いたかと思う距離を詰め全く遠慮も無しに私の匂いを嗅いだ。
基本的に穏やかで優しい良い彼氏なのだがこういうところは正直どうかと思う。
「あ、うん。朝起きたら隣で寝てた2号のよだれでびちょびちょになっちゃってたから」
それにしたってめざといというか、あきらかに距離がある状態からそれに気付いていたっぽく少し怖いくらいだ。
「朝からよだれでびちょびちょに...」
彼は2号をじっと見た。
2号もまたそんな彼をじっと見つめている。
「...と、とりあえず学校に...」
「ずるいです!!」
彼はそう叫んで私に勢いよく抱きついた。
大きな声を出すのは苦手だった筈なのに、というかここは外なのにと思い周りを見渡して人がいないことに安堵した。
「あの、テツヤ君とりあえず...」
「そもそも僕は名前さんと一夜を共にしたことなんて誕生日と合宿の時だけなのに!」
聞いていない、いや、聞こえていない。
彼は私の頬に自身の顔を押し付け擦り付けながらそう叫んだ。
そんな彼から距離を取ろうとぐいぐい胸を押して見たけれど彼の身体はびくともしない。
「2号は良くてなんで僕は駄目なんですか!?」
「...2号は犬でテツヤ君は人間の男の子だからだよ」
私だって彼と一晩ずっと一緒に過ごせた彼の誕生日は嬉しかったし早く大人になって家を出てそう出来たら、と考えないわけではないけれど。
まぁ現実的に考えていまは仕方ないとも思うし部活がありクラスも同じなこともあり実質朝から晩までずっと同じ空間にいられるのだからまだマシなほうなのでは?と思っているのが。
部活はともかくとして授業中の彼の視線は時々痛いくらいで休み時間の度に一度は私の身体のどこかに触れにくるのだから。
「僕も名前さんのこと沢山舐めまわしてあげたいです...」
「あの、変な言い方しないでくれる?
寝てる2号のよだれが髪とか首に垂れちゃってただけで別に2号が舐めまわしたわけじゃないから」
2号も不名誉な疑惑をかけられて可哀想だと視線を向けるけれど2号はこちらを見上げ首を傾げている。
本当に、顔だけはそっくりなのに1号は困ったところがある。
「名前さんに裸で全身を洗われて優しくタオルで拭かれた後抱き上げた名前さんの胸元についた水滴をぺろぺろと舐め回して...!」
「あの、2号は犬なんだから基本的には裸で普通なんだからそういう言い方はちょっと...あとその妄想もちょっとやめよっか?」
「そんなことをされても名前さんは2号引き剥がそうともせずに笑って許してしまうんです...!」
本当に私の話は聞こえていないらしい。
とまらない彼の妄想話に本当にどうしたら、と困惑してしまう。
彼のこういう暴走は困った部分ではあるけれど全部私への好意であるものだと分かっているから、だから全てを跳ね除けてしまうことにも躊躇してしまうのだ。
でもまぁここは外なのだから今はそんな悠長な事を言っていられない。
「あのね、テツヤ君」
「僕はただ抱きしめているだけなのにどうして引き剥がそうとしているんですか!」
再び胸を押せば彼はそう言って更に強い力で私に抱きついてきた。
それはもう胸が苦しいくらいに。
「...その、嫌とかじゃなくて、ね?ここ、外だから。それに朝練に遅れちゃったらテツヤ君も困るでしょう?」
「いやらしいことをしているわけでもないですしこのくらいいちゃついてるカップルなんて沢山いるじゃないですか!」
「...いや、そうかもしれないけれど朝練はさ、困るでしょ?」
確かに外で抱き合っていたりキスをしたりするカップルも見なくはない。
でも私がそうしたいとは思わないしそもさもそんなカップルを朝から見ることなんて少なくとも私ない。
知り合いに見られたら恥ずかしいという気持ちも当然ある。
「...こんなことで遅刻なんてしたらリコさんに筋トレ倍にされちゃうよ?」
強く否定したところでどうにもなりそうになかったので良い子だから、とあやすように彼の頭を撫でながらそう言うと彼はほんの少しだけ距離を取り私をじっと見た。
これから朝練も授業中も一緒だというのにまるで今世の別れかのように悲しい目で見つめるのはやめてほしい。
気にする必要なんてない筈なのに元々彼の顔が好みな私にとっては効いてしまう。
「...ね、とりあえず行...」
全て言い終える前に彼の顔が近付いて唇を塞がれた。
硬直する私に数秒の間触れていたら唇はゆっくりと離れ再び見た彼の顔は少し落ち着いたように見えた。
名残り惜しそうに私を解放した彼。
すぐに身体が冬の寒さを思い出させて名残惜しさすら感じてしまう。
「...すみませんでした。朝練、行きましょうか」
私の右手を握って歩き始めた彼に合わせて私も歩を進める。
先程まであんなに興奮状態だったのに急にいつもの彼に戻るものだから逆に私が困惑してしまった。
強く否定しすぎでしまったのだろうかと罪悪感まで芽生えてきてしまう。
でもだからと言ってあのままでは埒があかなかったと思うし。
「あの、テツヤ君?...ご、ごめんね?」
「...いえ、...僕が悪かったので」
彼の頭とお尻に項垂れる耳と尻尾の幻覚が見えた。
なにもそんなに落ち込まなくても、と思いはしたもののもしかして怒って当てつけをしているだけなのだろうか、とも考えた。
でも手はがっしりと握られていて私を拒絶したいわけでもないと読み取れる。
なんで朝からこんなに変なことで悩まなければいけないのだろうかと考えながら前を歩く2号を見れば時折振り返りこちらの様子を伺い嬉しそうに尻尾を振る2号に癒された。
いくら似ているとはいえ2号にまで嫉妬をするなんて、でも2号と同じように彼と接することなんて出来る筈もないのだから困った話だ。
「...あの、今度、またお家にお邪魔した時...誰もいない時間だったら...その、...い、いいから...」
自分で言っておきながらなんて恥ずかしい事を言っているのだとすぐに後悔して顔に熱が集まってきた。
そしてそんな恥ずかしい言葉を聞いたテツヤ君は足を止める。
「いいからって、何をですか?」
そんなこと言うまでもなく分かっている筈なのに。
彼は依然として寂しそうな顔でこちらを見つめてきた。
「わ、分かってるでしょ?」
「いえ、分からないのでちゃんと言葉にしてほしいです」
彼のその含みを感じる物言いに余計な事を言わなければ良かったと後悔の念におそわれた。
もうこうなってしまえば分からないならいいと突っぱねたところで彼は逃してくれないことも分かっている。
ずるい、意地悪だと思う気持ちはあるのにそれを強く拒絶することが出来ないくらい彼の事が好きな自分が嫌になる時がある。
でもそれとは逆の感情もあって。
「...テツヤ君のしたいこと、し、しても、いい、から...」
「2号のように沢山匂いを嗅いで全身舐め回して大好きですってしてもいいってことですか?」
突然彼の表情がパッと明るくなった。
2号はそんなことしていないと内心ツッコミを入れながらも言い返したところでこちらが更に恥ずかしい目に遭うということは容易に想像出来たのでそれを飲み込んだ。
「...いいから...だからあんまりさっきみたいな顔しないでね」
「はい!!あの、いつにしますか?今日うちに来ますか?」
「え...いや、放課後も普通に練習あるし...取り敢えず土日のどっちかじゃないと厳しいんじゃないかな...」
彼は分かりやすい程ショックを受けたら顔をした。
こんな事を言っては悪い気もするけれどそれが少し面白かった。
バスケをしている時や普段は殆ど表情なんて変わらないのに。
「...我慢、できますかね...」
「...そこは頑張って...」
むむむと眉間に皺を寄せる彼は今どんなことを考えているのだろうかと考えていると私の足に2号がじゃれついてきた。
抱き上げると嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って私の顔をぺろぺろと舐めた。
「...2号は本当にずるいですね」
「あ、も、もう学校近いからだめだよ」
2号に舐められた方とは逆の頬にキスをした彼の顔を押し退けた。
「名前さんは本当に僕を焦らすの好きですね。
でも約束しましたから週末は嫌だって言われてもやめませんからね」
不服そうな顔でそんな事を言う彼の顔に2号を近付けると2号は容赦なく彼の顔を舐め回した。
後退りする彼の顔に更に押し付けると彼に1番懐いている2号は嬉しそうに顔を舐めた。
「テツヤ君が言ってるのこういうことだからね。
自分がされてみてどう思った?
2号ならともかく人間にされるなんて嫌だって分かったでしょう?」
2号を地面に降ろし今度こそ早く学校に行こうと歩を進めようとしたその時、再び彼に抱きしめられてしまう。
今度は後ろから。
「それって名前さんも僕の事を舐め回したいってことですか?
...すみません、想像したら興奮してしまって...」
「...」
お尻に押し付けられた硬いもの。
私はその日始めて彼の鳩尾に思い切り肘を打ち込んだ。
(珍しいな、お前ら喧嘩でもしたのか?)
(煽られたのは僕の方なので僕は悪くないです!)
(((どうせ黒子が悪いんだろうな)))
end