「テツヤ君、私こっちの教室だから」
「...はい」
私達は小学生になった。
家が隣の彼とは当然同じ学校に通うことになった。
でも残念ながらクラスは別々になってしまい、毎朝一緒に登校する度に彼は私と離れたくないとなかなか私の手を離してくれなくなっていた。
「放課後また会えるよ」
「...名前さんは寂しくないんですか?」
小学生になった彼は私をさん付けで呼ぶようになった。
いつからか口調も私の知っている黒子テツヤ君のものなっていた。
これは彼のお父さんが日頃から敬語を使う人だからだという事を知った。
子供は大人と話をして言葉を学んでいくものだからだと思う。
「寂しくないよ、クラスが違ったってテツヤ君は1番の友達だから」
私より少し背の低い彼の頭を撫でてあげるとからは嬉しそうな顔を見せてくれた。
この頃はまだ彼の表情もずっと豊かに思う。
それでもやはりおとなしいほうではあったけれど私以外の友人とも問題なくコミュニケーションがとれていたしそれはただの個性と呼べるだろう。
「今日名前さんのお家に行ってもいいですか?」
「うん、お母さんにちゃんと言ってから来るんだよ」
本当に驚く程彼は私に懐いている。
時々私は考える、彼が私が観ていたアニメのキャラクターと本当に偶然似ているだけのただの男の子であればいいのに、と。
でもそんな望みはとっくに叶わぬものと分かっていた。
この世界には帝光中学という学校が実在していると知ってしまったその日から。
「おかえり、名前」
「ただいまお母さん、今日テツヤ君遊びに来るんだけどなにかおやつある?」
この世界の母は優しい人だった。
私が初めから大人の人格を持っていて手の掛からない子供だったからということもあるかもしれないけれど。
子供らしく振る舞わなければと思い多少無理に我儘を言ってみた時期もあったけれど上手に諭してくれた気がする。
その頃の母は前世で私と変わらない歳だったというのに、私よりずっとしっかりとしていて子を持つ母というものがこんなに違うものかと母に尊敬の意を持った。
「用意しておくね、お母さん後でスーパーに行ってくるから仲良くしてね。
今夜何が食べたい?」
母はよく食べたいメニューを私に訊ねる。
この時いつも悩んでしまう。
前世では一人暮らしをし毎日自分で用意をしなければ当然食事が自動的に出てくることはなく空腹が満たされればいいといい加減な食事をとっていた日も少なくはなかったから。
あまり負担になるものは言いたくない、でもなんでもいいよという答えがこの場面に置いて、適切ではないということも知っている。
「クリームシチューが良いな」
「分かった、クリームシチューね」
作るのは簡単な料理だけれど煮込む間火から離れるわけにはいかないしどうだろうかと思いながらも伝えた答えに母は笑顔で承諾してくれた。
私はちゃんと子供らしく振る舞えているのだろうか。
私が1番不安だったのは私がこの両親の子供の人生を乗っ取ってしまったのではないかということだった。
アニメで主人公であるテツヤ君の家族は描かれていなかった。
だから最初はただ偶然隣の家に生まれてきて偶然彼と仲良くなった子供だと思っていた。
でももしかしたらアニメには描かれていないだけで彼にも幼少期親しくしていた女の子がいたのではないかという不安だ。
幼少期どんなに仲が良くても大きくなるにつれ異性の友人と距離が出来る事はザラにある。
もしもそうだったら私はこの母が本来体験する筈だった子供との思い出を全て奪ってしまったのではないか、と。
「どうしたの?」
「...ううん、なんでもない」
母は優しく私の頭を撫でてくれた。
本当に、本当に優しい。
それは父も同じだ。
私はこの人達を傷付けるようなことはしたくない。
それは再び与えられた人生で1番に抱いた目標のようなものだ。
インターホンが鳴った、きっとテツヤ君だろう。
母に出てくるねと声を掛ける。
いきなりドアを開けたら駄目よと優しく言われ私は素直に返事をして玄関に向かった。
「名前さん、今日はお昼の給食全部食べられました」
「本当?偉かったね」
彼は好き嫌いが多いわけではないがこの頃から少食で、決まった量を食べなければいけない給食では少々やっかいだった。
最初は半分も食べる事が出来ず教師にも叱られたこともあるらしい。
そういうものだと私は分かってはいるけれど子供からすれば食べられない量を無理に食べろと強要されることはかなりの負担になるだろうにと。
「でも本当に無理をしないでね。もし吐いちゃったら大変だから」
「はい」
テツヤ君は私にぎゅーと抱き付いた。
本当に可愛い、私にも前世で幼少期仲の良い男の子はいたけれどこんなに素直で可愛い男の子はいなかったと思う。
「名前さん、ちゅーしてもいいですか?」
「...ほっぺならね」
頬に彼の柔らかい唇が押し付けられた。
私の今世でのファーストキスは早かった。
恐れ多いことにこの天使のような彼に奪われてしまったのだ。
彼が私によく懐いてくれていたのでそれにたいした意味はなかったということは分かっている。
でも彼の為にも相手の許可を得ずにこういうことはしてはいけないよと諭すとそれからはこうして逐一許可を得るようになった。
子供とはいえ唇にするのは彼が大きくなった時のことも考えると後悔する時がくるかもしれないと思いまだ駄目だよとは言ったのだけれど。
ほぼ毎日のように彼はこうしてキスをするようになってしまったのは少々考えものだ。
「テツヤ君みたいな子が将来お婿さんになってくれたらいいね」
母はそんな私達を見てそう言った。
そんな母になりたいですと無邪気な笑顔で答える彼を見て大きくなった彼がこの時の事を黒歴史として恥じる日が来ないことを願った。
私はいつまで彼の笑顔をそばで見ていられるのだろうか。
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