「お父さんに買ってもらいました」
新品のバスケットボールを持って彼は笑顔で私にそれを見せにきた。
私達は小学生高学年になった。
そろそろ異性の友達とは距離が出来る年頃だがまだ彼が私と距離を取る気配はない。
外で一緒にバスケをしようと私の手を取り家から連れ出した。
本当に素直な良い子に育ったとしみじみ思った。
子供の頃から彼は勉強にしたって運動にしたって至って平均的な子供で。
だから一緒にバスケをやったところで2人にそれ程差はなかったので楽しくプレイが出来た。
彼と一緒にバスケをしていたある日彼にとって大きな機転となる出会いがあった。
言うまでもない、それは荻原君だ。
明るく優しい荻原君はまだバスケを始めたばかりのテツヤ君にいろんなことを教えて私とも親しくしてくれた。
3人で過ごす日も増え荻原君が引っ越すまでの1年間はテツヤ君にとっても私にとっても本当に楽しい時間だった。
彼が引っ越してからテツヤ君はやはり少し寂しそうにしていたけれどそれでも彼と中学で勝負をしようという約束を目標の為に彼は今まで以上に練習に励んでいた。
荻原君はテツヤ君だけでなく私にも手紙を送ってくれた。
テツヤ君にそれを伝えるといつもどんな手紙が届いたのかとしきりに聞いてきた。
ただの世間話のようなものだと伝えると彼は少し不満そうな顔をしてこちらをじっと見た。
「...してもいいですか」
「...まぁ...べつにいいけど...」
彼の私にキスをしたがる癖はこの年齢になってもまだ治っていなかった。
いや、病気のように言うのはよくないのだけれど。
小学生の間何度か同じクラスになったことはあるけれどもう3年は別のクラスだ。
もしかして他の女の子にもこんな事をしているのだろうかと考えていた私の頬に彼の唇が押し当てられた。
多分彼は私を仲の良い姉弟のように思っていて、
荻原君に嫉妬しているのだと思う。
現時点で私にとって1番大切な人はテツヤ君だ。
基本的に大抵のことは彼を優先している。
だから嫉妬なんてする必要はないのに。
「名前さんは引っ越したら嫌です」
「お父さんの会社転勤とかないから多分大丈夫だよ」
少し前までは名前ちゃんと呼んでいた彼が私をさん付けで呼ぶようになったあの日からより実感するようになった。
彼もこうして大人になっていくのだろう。
少しずつ距離が出来てどんどん大きくなっていつかは別々の人生を歩むようになる。
彼と過ごす年月を重ねる度にその日が来るのが怖くなっていく。
彼は帝光中学を受験する。
私も一緒の学校に行かないかと誘われた。
私はこの世界で生を受けるまで彼が中学を受験する理由は帝光バスケ部に入る為だと思っていた。
でも実際それは違っていて、所謂彼の両親の教育方針によるものだった。
私には敢えて私立中学を選ぶ理由がない。
友達と通いたいからというだけの理由で公立中学よりずっとお金のかかる中学に行きたいだなんて両親に言えるメンタルは持ち合わせていなかった。
だからその時初めて彼のお願いを断った。
その時の彼は寂しそうな顔をしたけれど同じ学校に行かなかったとしてもこれからもずっと友達だと伝えると彼はしぶしぶ引き下がった。
これから先彼と過ごせなくなる事が辛くなるのは本当は私の方なのだろうと、そんな予感がした。
「そろそろ勉強しよっか」
「...はい、でもその前にもう一回してもいいですか?」
二週目の人生ということもあり当たり前の話だが勉強は私の方がずっと出来ていたから彼の受験勉強を手伝っていた。
ほぼ毎日一緒に勉強をして少しずつ彼の成績も伸びおそらく受験も問題がない程度にはむらなく理解出来るようになった筈だった。
先程とは反対の頬に彼はキスをして参考書を開いた。
私はこの世界で誰かを好きになる日が来るのだろうか。
私はこの可愛くて仕方がない幼馴染以上に大切にしたいと思える人と出会えるのだろうか。
私が知っている彼の未来は高校2年生までの彼だ。
彼の事を大好きな女の子も知っている。
その先の未来で大切な人と出会い恋人を作りいつか結婚したのだろうか。
「私も男の子に生まれていたら良かったなぁ」
恋人の異性の幼馴染という立場はいつか出来るであろう彼の恋人にとって不安要素しかないだろう。
彼の大切な人に不安にさせるようなことはしたくない。
だからその時は仮に彼がそれを拒んだとしても私の方から距離をとるつもりだ。
でもこうして共に過ごす時間が長くなるにつれ私にとって彼はもうアニメの主人公ではない、大切な幼馴染の男の子になっていた。
同性の友人であればきっとそんな事を考えずに一緒にいられた筈だから。
「...僕は名前さんが男になってしまったら困ります」
彼はそう言って私の手を握った。
身長はほぼ同じ、まだ外見にそれ程異性の差は現れていない。
でも握られた手は前より少し大きくなった気がする。
「...ちょっと言ってみただけだよ。
さ、勉強しよ」
それでもまだ幼い彼の言葉の意味に気付かないふりをして受け流した。
悲しそうな顔をした彼に気付かぬふりをして。
残酷なことをしているのかもしれない。
でもまだ私は傷付く覚悟が出来てないから。
私は彼よりずっと長く生きているようなものなのに。
大人は子供よりずっと臆病な生き物だ。
前の世界の記憶なんてなければ何も考えずに彼に。
そんな事を考えてしまった時点で私はもう。
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