覚悟を決める

あれから暫くして再び私に顔を見せた彼は以前とはあきらかに違う精悍とした顔をしていた。

「僕に出来る事、もう少しで見つかりそうなんです」

何かを志す中学生というものは皆んなこんなに勇ましくかっこいいのだろうか。
前の人生の記憶の中にも今それなりに親しくしている同級生にも彼程強くかっこいい人を私は知らない。
それはただ私がその人の本質を知らないだけなのだろうか。
今を生きる上で彼の他にもそれなりに親しい友人はそれなりに出来た。
でも彼程親しい友人はいない。
大人になって1人で行動する事も経験した私が再び子供として過ごすことになったところで1人で行動することに抵抗がない。
寧ろその方が気楽とさえ思う時もある。
それがきっと友人達との距離となってしまっているのだろう。
だとしてと問題がない程度に人間関係を築けてはいると思うので今更それを改める必要性も感じない。
それに約束したのだ。
私にとっての1番はテツヤ君のままでいると。

「恥ずかしいところを見せてしまいすみませんでした」

「恥ずかしいなんて思ってないよ」

彼は少し気恥ずかしそうにそう言った。
このくらいの年齢の男の子が同い年の女の子に弱みを見せるというのは抵抗があるのかもしれない。
私としては頼って甘えてもらえることは嬉しくもある。
むしろそんな彼に対し何もしてあげられない自身の未熟さの方がよっぽど恥ずかしく思う。
長くただ生きただけでは成熟した大人になれる筈がないということを私は知った。

「そうだ、バスケも大事だけどそろそろ期末テストだけど...勉強の方は大丈夫?」

「...いえ、そちらは少し...不安です...」

中学生になってからも勉強を教えてくれますかと不安げに言っていた事を思い出し彼にそれを訊ねた。
彼は勉強のことはあまり考えないようにしていたのだろうか。
気まずそうに私から視線を逸らした。
でもこれに関してはあまり放置していい問題ではない。
赤点をとれば彼の通う学校は私の通う公立中学以上に補習や課題が厳しいものになるのではないかという予想もついた。
そんなことになってしまっては彼が大好きなバスケに打ち込む時間が減ってしまうのだから尚更だ。
好きなものに本気で取り組む為にも勉強は疎かにしてはいけない。

「久しぶりに一緒に勉強しよっか。
分からないところがあったら大体は教えてあげられると思うから」

「...折角久しぶりに会えたのに...
でも、はい、嬉しいです...」

彼は真面目な方だけど別に勉強が好きというわけではない。
勉強している時間があれば大好きなバスケをしていたい、それは中学生であれば当たり前の思考回路だろう。

「では、家から勉強道具持ってきます」

「うん、いってらっしゃい」

彼はそう言って立ち上がりドアノブに手をかけた。
でも何かに気が付いたのかそこで数秒間固まって再び私の隣に私を見る形で正座した。

「どうしたの?」

彼はじっと私を見つめる。
私は彼が何をしようとしているか察してしまった。

「...久しぶりに、してもいいですか?」

私の頬に彼の手がそっと触れる。
前より少し高くなった視線にドキリとしてしまう。

「...は、はい...どう、ぞ?」

拒む事だって出来た筈なのに、なぜか私は未だにそれを拒む事が出来ない。
ゆっくりと彼の顔が近付いて添えられた手とは逆の頬に彼の唇が触れる。
それはいつもと同じほんの数秒のことだ。
触れた唇がゆっくりと離れる。
まるで惜しむように、本当にゆっくりと。

再び目があった彼は私を見て柔らかな笑みを浮かべる。
愛おしいものを見るような、そんな目で。

「では...いってきます」

彼は立ち上がり今度こそ部屋を出て行った。
顔が熱くてたまらない。
私はこの状況をもどかしいと感じているのだろうか?
それとも罪悪感を感じているのだろうか。
体感年齢でいえば一体私は今いくつになったのだろうかと考えるのも嫌になる程なのに。
子供のスキンシップの延長のような行為にここまで動揺してしまうなんて。

彼は大人になる頃にはとんでもない男になりそうだと思ってしまった。

きっと凄く優しくかっこよくて。
今の比ではない程素敵な人になっているのだろうな、と。

そんな彼の隣にいられたら、一瞬そんな事を考えてしまう程2度目の人生で私は欲張りになってしまったようだ。


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