大好きな君に

「...テツヤ...く、ん」

「......名前さん」

いつぶりだろうか、彼の姿を見た。
隣に住んでいるというのに彼の両親に会うことはあってもけして彼を見かけることはなかった。
それはきっと彼が私を避けていたからなのだろう。
彼だけではない、私も同じだ。
彼に拒絶されたあの日からずっと。

再び彼に会い拒絶されてしまえばもう私は耐えられないと思っていたから。

私の家の前で立っていたということは私に会いにきたと思っていいのだろうか。
緊張から早くなる鼓動をに気付かないふりをして家の鍵を開け彼に家に上がるように促した。
彼はそれに素直に従い家に入る。
以前は当たり前だったのにもう何年も前のことのように感じる、そう考えた途端視界が滲む。

「...すみません」

彼はそっと私に近付くとハンカチで私の顔を拭った。
でもいくら彼が優しく拭ったところで涙はボロボロと溢れた。
それでもその溢れる涙を彼は何度も何度も拭ってくれた。

「こんなに貴方を泣かせてしまう程、僕は貴方を傷付けてしまったんですね」

彼の手が私の頬に触れる。
久しぶりに感じた彼の体温に涙は引っ込むどころか更に溢れて。

触れたい、抱きしめたいと願って彼の袖を掴めば彼は一瞬躊躇した後におそるおそる私を抱きしめた。
たまらず私は彼に縋ってしがみついた。
そんな自分がみっともなくて、なんて弱いのだろうかと自身を罵った。

「...そんな僕にこんなことをお願いする資格なんてないと分かっているんです」

心も顔もぐちゃぐちゃになって。

「でももう諦めることをやめました。
僕は僕のバスケを...だから、それを見届けてくれませんか。
...今度こそ、僕の一番近くで」

声を出そうとしても子供のように泣きじゃくる私は上手く喋れなかった。
だから何度も何度も頷いて、みっともない顔を隠すこともしようとせずに真っ直ぐ彼を見た。

「...僕は酷い人間なのかもしれないです」

割れ物を扱うかのように優しく両手で私の頬を包みこんで。

「...不謹慎な事を考えてすみません。
僕のせいでこんな顔をさせてしまったというのに、そんな今の貴方が可愛くて仕方ないです」

彼の顔がゆっくりと近付いて、私は自然と目を閉じた。

「今更こんな事を言う資格なんてないかもしれないけれど、今までも、これからもずっと、貴方の事が大好きです」

唇が触れ合った。
忘れかけていたまだ幼なかった頃の記憶が鮮明に蘇る。
まだ彼は恋愛感情なんてものを理解していなかった頃の記憶。
でも、きっと私はあの頃から既に彼に恋をしていたのではないかと。

そんな予感がした。

「私も、私もテツヤ君のことが、大好きだよ...」

手で涙を拭って笑って。
きっと今は綺麗になんて笑えてなんていなかったと思うけれど。
それでも精一杯の笑顔で。

「もう、絶対に離しません。貴方のこと...」

私なんていなくたって彼は前を向いて歩いていけることを知っている。
それでも私を求めてくれたという彼の想いを抱きしめて、慈しんで。

「...約束だよ、破ったら、怒るからね」

もう一回を望んで目を閉じる。
再び合わさった唇は柔らかくて、あたたかくて。

「...もう、これからは許可なんていらないから、ね...」

「...毎日したいって思ってますけどいいんですか?」

いいよと返事をする代わりに今度は私から彼にキスをした。
こんなに大好きな人とするキスが幸せなものだということを私は知らなかった。

「もう今度は拒絶されたって絶対に離してあげないから。...大好きだよ、テツヤ君」

一生貴方を愛する覚悟を決めた。
これからも貴方に愛してもらえる人間でいられるよう努力する事を誓った。

「はい...離さないでください」

彼が流した涙に悲しみなんて感情は微塵も感じられなかった。
人はどうして悲しくても嬉しくても涙を流すのだろうか。
きっとその感情は全く違うように見えるけれど本当はとても近いもので。
幸福も絶望もすぐ近くに存在しているのだろう。

「また一緒に勉強しようね。
分からないところは教えてあげるから」

当たり前だった穏やかで幸福な日々。

「...本当に僕は貴方に甘えていきてきたんでしょうね」

それがどれだけ尊い日々だったのかという事をしっかりと理解出来たから。

「それが私の特権だったから」

その幸福を噛み締めて生きていくと、そう決めた。

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