時が止まる事はない

つい最近まであんなに暑かったのに。
あの夏はどこへ行ったのだろうか。

今感じる肌寒さはきっと気温だけのせいじゃない。

彼と会わなくなってから暫く経った。
それでも何も変わらない。
当たり前の話だけれど時の流れは今までと同じように過ぎていく。

でも今隣に貴方はいない。



「あの、すみません」

学校から帰り、自宅の鍵を開けドアノブに手を掛けたその時、背後からかけられた声。
初めて聞いた声な筈なのに確かに記憶に存在する声。
ゆっくりと振り返ってその声の主を見た。

「お隣の、...黒子テツヤ君...あ、えっと、私彼と同じ学校の友達なんですけど、最近会えていなくて...どうしているか、ご存知ではないですか?」

ああ、貴方は彼を心配してこうして会いに来ていたんだね。
彼の試合を観に言った時遠くから姿だけは何度か見ていた。
私よりずっと近くで彼を見て彼への恋心を自覚していた女の子。
本当に可愛くて、綺麗で。
きっと笑った顔はそれはもう花が咲いたかのように可憐なのだろう。
でのそんな美しい少女は今は影を落としている。

「...すみません、私も最近見ていなくて...彼がどうしているかは分からないです」

こんなに近くにいるのに私は何も知らない。

「そう、ですか...いきなり話しかけてすみませんでした」

彼女、桃井さんは私に頭を下げその場を後にいた。
その背中は寂しそうで、彼女は私なんて知らないというのにそんな彼女抱きしめたくなった。
きっと彼女とは似た感情を抱いているから。

いや、本当は私が抱きしめてほしいと、そう望んでいたのかもしれない。
温もりなんて最初から知らなければよかった。
知らなければそんなこと望んだりしなかったのに。
彼の体温なんて知らなければ。

テツヤ君は今家にいるのだろうか。
夜はきちんと眠れているのだろうか、食事は摂っているのだろうか。
こんなに近くに住んでいるのに壁一枚隔てたその距離は絶望すら感じる程遠くて。

「...会いたいよ、テツヤ君...」

名前を口にしただけで泣いてしまいそうになる程貴方が恋しくて。
そんなのとっくの昔から知っていたことな筈なのにずっと気付かないふりをしていた私にバチが当たったのだろう。

今更もう遅いと、聞こえる筈がない、誰の声かも分からないそんな声が聞こえたような気がした。

貴方が自分で立ち上がる事を知っている。
本当は私なんて彼にとって特別でもなんでもないということを知っている。
寧ろそうであってほしいとすら願っていた。
私のせいで彼を変えてしまうようなことがあってはならない、と。

「なんて、なんて自惚れ...」

これから訪れる冬の寒さに一人きりの私は耐えられるのだろうか。
いや、きっと耐えられてしまうということを知るのが一番怖いのだと、そう思う。

隣に貴方がいなくたって私はきっと生きていけるのだというその事実を知ってしまうことが。



「おかえりなさい、寒くなってきたから今日はお鍋にしようかなって思うんだけどいい?」

優しく私を迎えてくれた母。

「ただいま、うん、嬉しいよ」

そんな母に私は笑って返事をした。

隣にはもう貴方がいないのに、こんなふうに自分が笑えることなんて知りたくなんてなかった。
ねぇ、テツヤ君。
誰かを好きになるってこんなに辛く苦しいことだったんだね。


next