冬の終わりを告げる

自宅の玄関先で彼と顔を合わせた。

「おかえり、テツヤ君」

「ただいま、名前さんもおかえりなさい」

もう今日を最後にこの制服に袖を通すことはない。
私たちは今日中学を卒業した。
卒業式の後みんな学校に来る最後の日を惜しんでなかなか帰ろうとしなかったけれど私はその和をそっと抜け出し帰路についた。
多分クラスメイトには薄情な人間だと思われているだろう。
でもきっと彼もすぐに帰ってくる筈だから。
そんな彼を迎えたいと、そちらを優先した。
私の学校より彼の学校の方が遠いからきっと私の方が早く帰れる筈だから。
私にとって誰よりも一番大切な人だから。


「入学式の時はおっきかったのにね、制服」

けして高身長とまでは言えないけれどそれでも確実に伸びた背丈。
あの頃の幼さはもう残っていない。

「一度くらいこの制服を着たテツヤ君とデートしてみたかったな」

彼にとって辛いものとなってしまったけれど、それが全てではないと思うから。
楽しい思い出だって沢山あった筈だ。
それも全てなかったことになんてしたくないから。

「ならしますか?今から」

「え、...いいの?」

今日は卒業式だったから、寄り道をして遊んでいる人はきっと街にいると思うから顔を合わせてしまう恐れがある筈なのに。

「あまり楽しいところには連れていってあげられないですけれど、お金もあまりないですし」

私の頭を優しく撫でて笑う。

「...知っている人に見られても大丈夫?その、私といるところも...さ?」

「大丈夫ですよ。...それに宣戦布告のようなものをしてきちゃいましたしね」

彼が言っているのはきっと赤司君に言った言葉のことだろう。
私だったら自分よりずっと強い相手にわざわざ意思を伝えるなんてこと、怖くて出来ないと思う。
それが出来るテツヤ君は赤司君より弱いだなんてことはきっとない。

「出会ったってもう逃げませんよ。まぁ貴方とのデートですので、こちらから話しかけるなんてことは絶対にしませんけど」

テツヤ君は本当にかっこいい男の子に成長した。
私はきっとこれから一生彼にドキドキさせられるのだろう。

「...じゃあ、行こっか。...あ、ひさびさに図書館に行きたい。
それでね、テツヤ君の選んでくれた本を借りてね、シェイク買って近くの公園で飲みながらお話してね...いっぱい、お話して...あとで、ね...」

「そんなことでいいのなら喜んで。
でもこっちは後じゃなくて今がいいです」

私の考えていることなんてお見通しだと言わんばかりに私の手を握って。
ゆっくりと彼の顔が近付いて唇が触れた、その瞬間。

「相変わらず仲がいいわね、でもご近所さんに見られると噂になるから中でしたら?」

卒業式の後私より先に帰った筈の母が現れた。
帰りにスーパーに寄ったようで手には買い物袋を持っていたので夕食の買い物をしてきたらしい。

「お、お母さん!」

母は私達の前を通り過ぎて自宅の鍵を開け扉を開いた。

「テツヤ君、またご飯食べにきてね。
貴方と会えないだけでこの子、元気なくなっちゃうから」

「...は、はい。...ありがとう、ございます...」

彼の返事を聞いて母は笑って晩ご飯までには帰ってきなさいねと言って家に入っていった。
改めて2人きりになって母に掛けられた言葉に羞恥心で顔が熱くなった。

「...ずっと寂しい思いをさせてすみませんでした」

「も、もういいから!ほら、行こっ!」

母の言葉を聞いた彼が揶揄うでもなく素直に謝るものだから私は余計恥ずかしくなって彼の手を引っ張り早足で歩き出した。
私の少し後ろで彼が笑っているような気がしたけれどその顔を確認することは恥ずかしくてできなかった。

割れて消えてしまったと思っていた初恋は苦くなんてなかった。
本当はとても甘くて、まるで彼の好きなシェイクのように。

「大好きです、名前さんのこと。
これからもずっと」

永遠に続くかのように思えた冬が終わった。

そして季節は春になる。


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