桜の咲く季節

「取り敢えず2人分の仮入部届け出しておきました」

「...気付かれずに置いてきたってこと?」

「はい」

彼と一緒に登校するのは3年ぶりだ。
黒にブルーのラインが入った制服は帝光時代の制服とは真逆と言っていいほど彼の印象を変えた。
上品な制服は彼によく似合っていたけれどこちらもなかなか。
以前より彼を男らしく魅せた。

「新しい制服も似合ってるね、かっこいいよ」

「ありがとうございます。
名前さんも凄くお似合いで、可愛いですよ」

オウム返しのように返ってきた言葉に無理に褒めさせてしまったような、そんな気分になった。
きっと本心ではあると思うのだけれど少しくすぐったい。
今思い返せば彼は子供の頃からずっとこうだった。

「...テツヤ君って昔からずっと私に甘いよね」

「貴方だって同じですよ。
まぁ僕はずっと前から名前さんのこと好きでしたから当然だと思います」

また恥ずかしいことを平気で、熱を持ちそうになった顔をぱたぱたと持っていた本で仰ぐと彼はそんな私を見て笑う。

「バスケのルール覚えられましたか?」

「多分、ある程度はね」

手に持ったルールブックは昨日図書館で借りてきたものだった。
折角同じ学校に通うことになったのだから出来ればマネージャーとしてより近くで見守ってほしいと彼に頼まれたからだ。
マネージャーをやる以上は最低限バスケのルールくらい把握しておかなくてはと思い何冊か参考になりそうなものを借りてきた。
卒業式が終えてから今日までやる事もあまりなかったので彼と一緒にプロの試合のビデオを観て解説をしてもらったりもしたので基本的なことはある程度覚えられた筈だ。

「わからない事があればなんでも聞いてください。
僕が名前さんに教えてあげられるのなんてバスケ以外ありませんからね」

彼の謙虚な言葉を聞いてそんなことはないだろうにと内心考えた。
彼はよく本を読んでいる。
そのジャンルは案外幅広い。
私も本は読むけれど大抵同じ作家の書籍ばかりだから勉強以外で得る知識にはきっと偏りがある。
だから私が知らなくても彼が知っていることも沢山ある筈だ。

「そんなことないと思うけど。
でもありがとう、頼りにしてるからね」

私が素直にお礼を言うと彼は嬉しそうな顔を見せた。
前よりずっと大人びたその笑顔にいつだって私はドキドキしてしまう。
勿論幼い頃の彼の無邪気な笑顔だって大好きだったけれど。

そんな話をしている最中、彼は今思い出したという顔をして私に問いかけた。

「そういえば聞きそびれていたんですけど名前さんはいつから僕の事好きになってくれたんですか?」

「え」

目が合って固まった私をじっと見る彼。
私は気まずくなってわざとらしく視線を逸らした。
彼はそんな私をじっと見つめたままだ。

「教えてくれないんですか?」

「...まぁ、そのうち、ね」

不服そうな顔をする彼に気付かないふりをして目を閉じた。
下手をすれば彼より早く好きになっていたかもしれないなんて、言える筈がない。
生まれてすぐ以前の記憶があった私が赤ん坊も同然の男の子に惹かれていただなんて。
自分でもどうかと思う話だ。
そんな事を考えている時だった、唇に柔らかいものが触れたのは。
私の思考回路は強制的切断された。

「...学校では、だめだよ」

「すみません、おねだりされたのかと...」

目を少し閉じただけでおねだりだなんて、そんな理屈が通ってしまえばまばたき一つにだって注意が必要になってしまう。

「ではこれからは毎朝学校に行く前にしますね」

「毎朝、するの?」

彼は少し意地の悪い笑みで言った。

「だって毎日してもいいって貴方言いましたよね?」

確かに言った記憶はある。
でも実際に毎日されることになるなんて思ってもいなかった。
彼のこういうところは本当に心臓に悪い。

「あと家に帰ってからもします」

「...親に見られないように、気を付けて、ね...」

任せてくださいと自信ありげに彼は笑う。
日々変化を重ねる彼、それは私が知らなかった彼の一面にすぎないのだろうか?
でもそんなところも全部ひっくるめて私は好きだと、今は自信を持って言える。


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