「腹減った、なんでもいいから食わせてくれねぇ?」
今日は客足が少なかった。
閉店時間より少し早いがそろそろ店じまいしてしまおう、と考えcloseの札を掛けようとしたその時だった。
ドアの向こうに現れた友人と目が合ったのは。
「···うちはご飯屋さんじゃないんだけど」
「硬い事言うなよ、俺と名前の仲だろ?」
ドアを開ければ了承したわけでもないのになんの遠慮もなくズカズカと店内に足を踏み込んだ。
私はため息をついてドアを施錠して今度こそcloseの札を掛けた。
これでもう客人は現れない。
「賄いみたいなものしか出せないからね、ほんとに」
「十分だって、サンキュー」
勝手知ったると言わんばかりにカウンターの席に着いた。
遊城十代という男はこういう男だ。
もう成人しているのだから少しはこちらの都合を伺ってほしい。
やや常識にかけるのだ。
だがなぜか彼を嫌う人は殆どいない。
それがこの男のタチが悪いところだ。
「どれくらいぶり?」
「そんな経ってねぇよ、たしか···半年ぶり?くらいか?」
半年、だなんて軽く言ってくれるものだ。
これが待つ側と待たれる側の認識の違いだろうか。
火にかけた鍋でお湯が沸いている。
適量の塩を入れ二人前強のパスタを投入した。
「そもそも飲食店にそんな格好で来ないでよね、一体何日お風呂入ってないの」
「そんなに臭うか?3日前には入ったって」
あっけらかんと答えたこの男に今すぐホースで水をぶっかけてやりたい気持ちになった。
まぁ入れないような場所に行っていたんだろうということは想像がつくのだけれど、それでも片が着いたその時点で身なりを最低限整えてから来てほしかったと思うのは私の我が儘なのだろうか?
いや、そんなことはない筈だ。
フライパンを火にかけザクザクと野菜を切りながら考えた。
十代は呑気にスマホを弄っている。
毎度毎度なんの連絡も寄越さずに現れる十代にそのスマホは一体なんの為にあるのかと問いただしたい気持ちでいっぱいだ。
「お、ナポリタン?」
「···これは日本でしか食べられないでしょう?」
具材は余り物で良い、わりとなんとでも合うのがパスタの良いところだ。
ましてやナポリタンだ。
もはやパスタとは一線引いた、家庭料理と言えるだろう。
味も家庭によって違う、それがまた良い。
今日は鷹の爪と黒胡椒を使ってピリ辛の味付けにすることにした。
「今日は味噌入れねぇの?」
「···よく覚えてたね···今日はこっち。
辛いのが食べたい」
オリーブオイルの中でくつくつと熱されているニンニクというものはどうしてこんなにも食欲を刺激するのだろうか。
続けて鷹の爪を入れ玉ねぎを炒める。
今日は野菜大盛のナポリタンだ。
おそらく三人前程度の量になるだろう。
勿論私も食べるのだがまぁ十代は二人前程度ぺろりと食べてしまえるのだからなんの問題もない。
後でまた空腹を訴えられるのも面倒なのだ。
「様になってるよな、最初の頃より」
「料理はおまけ程度なんだけどね」
この店はバーだ。
カクテルのおつまみも勿論いくつかある。
だがそれは基本的に簡易的なものだ。
お客さんが少ないとき常連さんに頼まれてたまに簡単な食事を用意することはある。
だがそれはプロのコックが作るようなものとは比べるのもおこがましい、ただの家庭料理だ。
「こんなので褒められても反応に困るから」
「いいじゃんか、俺がカッコいいって思ったんだから」
十代が本心で言ってくれていることは分かっている。
私は可愛げのない女だということも分かっている。
でも私だって悔しいのだ。
滅多に会えない十代、たまに会った時くらいもっと美味しいものを、なんて考えてもいつも連絡なんて寄越さない。
十代が現れる時に限って食材が無い、スーパーももう閉まっている時間。
やむ終えず有り合わせで作った料理を十代は美味しい美味しいと勢いよく食べてしまうのだ。
私はそれが悔しかった。
「はい、どうぞ」
「サンキュー!んじゃあいただきます!」
皿の上に大盛に盛られたナポリタンを十代の前に差し出した。
よほどお腹が空いていたのか十代はすぐさまそれに食らい付く。
子供のように口いっぱいに頬張っている。
私はそれを見ただけでお腹が膨れそうになる。
「結構辛いな、でもすっげー美味いぜ!」
「ちょっとだけカイエンペッパーも入れたからね。
もし辛すぎたら粉チーズ多めに入れて」
私も自分の分を皿によそって行儀は悪いがそのままカウンター内で立ったまま早速それをフォークに絡めて口に運ぶ。
想像通りの味だ、だがタチが悪いことに大人味のそれは一口食べただけで身体がワインを欲してしまう。
営業は既に終了している。
だから私は迷うことなくワインを開けた。
「ねぇ、今夜泊まれるんだよね?」
「ああ、勿論そのつもりだったけど」
どう?とグラスを差し出せば十代は2つ返事でそれを受け取った。
2つのグラスにワインを注いだ。
気取って乾杯なんてしない。
お互いナポリタンをウーロン茶かなにかで流し込むかのようにワインを飲んだ。
香りを楽しむなんてことはしていない。
ただ渇いた喉を潤すように。
「そういえばこの前久し振りに万丈目君とご飯食べたんだけど」
「は?二人で会ってんのか?万丈目と」
何の気なしに始めた近況報告に十代が驚いた表情で私にそう訊ねた。
半ば言葉を遮る勢いでそう訊ねた十代に少しは可愛げも残っていたのだなと少し驚いた。
「相談を受けたのよ、私の親友の、ね」
「あ、あぁ···相変わらずなんだな···万丈目の奴···」
以前とはあの二人も少し変わったのだと伝えればどんな表情を見せてくれるだろうかと考えた。
でも、あの二人は時間の問題な気がする。
あとは万丈目君の一押しに掛かっているのだ。
その事を十代が知るのはその後の方が面白い。
だから私はそれ以上その話題を広げる事はしなかった。
味付けの濃い具沢山のナポリタンにワインは進む。
もう飲みなれた筈のアルコールが回るのが早いと感じるのは今日忙しくてお昼を食べ損ねたせいか、それとも久し振りに会ったムードもへったくれもない男に酔わされているのか。
万丈目君が予約してくれたレストランは素敵な店だった。
エスコートも完璧で、以前よりもずっと落ち着いていて、それでも親友を想う気持ちは薄らぐ事は無く。
プロデュエリストとして活躍する彼は本当に魅力的な男性になっていた。
私が親友を安心して託せる程に。
「ねぇ、十代。
デュエルは明日でもいい?」
遊城十代はあの時を境に変わった。
大人になった、否、あれは大人と言えたかは分からない。
他者を拒絶して考え方にすれ違いがあろうとも深く向き合おうとしないその姿勢は寧ろ子供だったかもしれない。
それでも確かに優しい心を無くしていなかった。
そう簡単に別人になんてなれる筈が無かったのだ。
卒業式の後、勝手にいなくなって次に帰ってきた彼は昔と変わらぬ笑顔で悪びれもせずに久し振り、と笑った。
それは今日だって変わらない。
不誠実としか言えない彼をどうして皆が
受け入れ、称賛するのか。
きっとその明確な答えは誰も知らない。
「今夜は沢山甘やかしてもらうから」
考えることはとっくに放棄した。
私だって皆と同じだ。
こうして忘れず会いにきてくれた、それだけで全てを許してしまう。
「お、おう···大丈夫か?酔ってんのか?」
開き直った私は笑って頷いた。
今夜は思う存分酔うつもりだから覚悟して、そう言ってグラスに入ったワインを飲み干した。
空になった皿をシンクに置いて水を張る。
「飯代にもならねぇけど洗い物くらいやろうか?」
「んーん、明日早く来てやるから。
今は早く帰りたい」
十代の申し出を断り私はそそくさとエプロンを外す。
そして裏に周り上着と鞄を持ってフロアに戻った。
制服はどうせ洗うから、とそのままロングコートを着こんだ。
制服と言ってもウェイトレスやコック服ではない、ただの白シャツに黒のタイトスカートだから見えたところで悪目立ちすることはないだろう。
「取り敢えず家に着いたら一番にお風呂、ね?」
「···ははっ···名前、お前ほんと変わったよな」
十代も椅子から立ち上がり上着を着た。
そして先に店のドアを開け店を出る。
私も最後に店内よ灯りを消して店を出でて鍵を閉めた。
「十代がそんなんだからタクシー拾えないから歩くしかないね」
「わ、悪かったな」
「ううん、私歩くの大好きだから」
一緒に歩くのが十代なら尚更ね、と付け加えれば十代はなんとも間の抜けた顔をした。
しってやったり、と考えた私はさぞかし幼稚に映っているかもしれない。
でも十代はそんな私の手を握ってきた。
十代はそんな私を好きでいてくれているのだろう。
「···持ってるか?その、」
「半年前のってまずいと思う?」
念のために新しいものを、という結論に至り私が一人店内に入りそれを購入した。
流石に十代が買おうとしたが私が止めたのだ。
彼が店内に入ることを。
本当に久し振りだというのに色気のない話だ。
それでも私は素敵なエスコートが無くとも華々しい活動をしていなくとも、私は遊城十代という男が大好きだ。