始まる

「僕、今日あまり名前さんに話しかけられないと思うんですけど、別に貴方の事が嫌いになったとかそういうのじゃない事だけ理解しておいてください」

「え?ああ、試合前だし集中したいよね。
大丈夫だよ」

朝集合場所へと歩く最中テツヤ君は私の手をとり深刻そうな顔をしてそんな事を言った。
そもそも普段から部活中は殆ど話をしていないのにどうしてわざわざ?と疑問を抱く。

「...今日は黄瀬君がいますから」

「うん、強いもんね。応援してるから、頑張ってね」

練習試合とはいえこんなに早く彼と戦うことになるなんて、本当に運命というものは恐ろしい。
というより屈指の強豪校である海常と練習試合の約束を取り付けてきたリコ先輩の交渉力が尊敬の域に値する。
見た目はあんなに可愛い女の子なのに私よりずっと大人だ。

「いえ、というか貴方のこと黄瀬君には...」

「あ、そっちか。大丈夫だよ、別に」

友達、というには今は微妙な関係だけど人に恋人がいることバレる恥ずかしい人もいるしねと続けると彼はそうではないと首を横に振った。

「貴方とお付き合いしていることを人に知られることが恥ずかしいなんてまったく思っていません。
寧ろ自慢したいくらいなんです...けど」

「けど?」

彼が立ち止まったので彼と手を繋いでいた私もその場で足を止めた。
じっと私の目を見つめる彼にしまったと思うも既に遅い。
そのまま彼は私にキスをした。

「...あの、あんまり外では、ね?」

「...本当は今すぐ抱きしめたい気持ちでいっぱいなんです」

そんなことを言いながら悲しそうな目で私を見つめるものだからこちらがわさ罪悪感のようなものが芽生えてしまった。

「黄瀬君って...馬鹿みたいに女性にモテるんですよね」

「...ま、まぁそうだろうね?前来た時も凄かったもんね...」

彼の物言いにトゲを感じるのは気のせいだろうか。
中学の時既に見てはいたけれどあの時より少し大人っぽくなってますますイケメンぶりに拍車がかかった感じはあった。

「...あとまぁ彼って僕に対してああいう感じじゃないですか。...だから彼にバレたらきっと貴方にも興味を待つんじゃないかって...」

「...そう、かな?」

正直その意見には賛同しかねた。
ああいう風に振る舞ってはいるけれど多分彼は今はバスケにしか興味がないのだと思っている。
彼が興味を持つというのは要は好意的な感情を持つということだ。

「多分何も思わないんじゃないかな?
なんなら寧ろ私がいるからテツヤ君が海常に来ない、とか思われて嫌われる可能性の方がある気がする」

「...名前さんと離れたくないという気持ちは勿論凄くありますけど仮に名前さんがいなくても海常に転校、なんて絶対にしませんけどね」

彼にとって誠凛高校バスケ部が特別な学校であるということは知っていた。
実際に彼の口からも直接聞いた。
彼にとって絶望の中で見つけた光のようなものだと思う。
実際に自分が入部してみてそれはよく分かった。
先輩達はみな真面目で優しくて、バスケの事が、チームメイトのことが大好きだと伝わってきたから。

「私のことは気にしなくて大丈夫だよ。
テツヤ君がやりたい事を思い切りやるのを応援してるから。
あと一応言っておくけど私が男の子として見てるのテツヤ君だけだから私が黄瀬君に気を持つみたいなことは考えないでね?」

「...はい、ありがとうございます。
......今日普段の練習より早く帰れますから、お家に行ってもいいですか?」

「うん、勿論。
応援してるから...頑張ってね」



集合場所で部のみんなと合流し海常に向かう。
火神君は昨日興奮して眠れなかったようで目が充血していた。
睡眠不足の状態で試合なんて大丈夫なのだろうかと心配になったので試合の後使って、と目の疲労に効果があるアイマスクをこっそり渡した。
火神君はお礼を言って素直に受け取ってくれた。

「どうしてそんなの持ってたんですか?」

「...花粉とか疲れた時とかちょっとお世話になることあって」

本当は今日眠れず来ることを知っていたから持ってきていたのだけれどそれをテツヤ君に話す訳にもいかず適当な嘘をついた。
彼に言えないことが多すぎることに心が痛むけれどこればっかりはもうどうしようもないことだと自分を言い聞かせた。
彼もそれ以上はなにも聞いてこなかった。


海常高校に着くと黄瀬君が出迎えにきた。
私はそっとリコ先輩の隣に移動した。
あからさまに火神君を無視して黒子君に話しかける黄瀬君を見て正直もやっとはしたけれど火神君は気にせず試合のことだけ考えているようだったので私も何も考えないことにした。

なにはともあれ誠凛高校での初めての試合、ここからが彼の、テツヤ君の再スタートだ。


next