美味しいお肉

火神君のブザービーターで無事勝利した誠凛は喜びに満ちていた。
同じコートでは予測なんて微塵もしていなかった敗北に涙を流す黄瀬君。
私はテツヤ君や誠凛のみんなのように負けて泣く程何かに没頭したことがない。

だから負けて涙を流す黄瀬君を見てかっこいいと思った。

そんな黄瀬君を見て揶揄うような言葉を口にした試合には出ていなかった彼の部員達になんとも言えない気持ちになった。

誠凛のみんなもきっといい気分にはならなかったと思う。
みんな黄瀬君は勿論彼のチームメイトと本気で戦ったのだから。
たかが練習試合、なんて軽く考えて勝負をした人なんて1人もいない筈だ。

自身が泣いたことに戸惑う彼を鼓舞する先輩は本当に頼もしいかっこいい先輩だと思った。





試合後病院で診察を受け試合中で負ってしまったテツヤ君の怪我も大したことではない事が分かりホッと一息ついた。
バスケは接触の多い競技だし怪我は付きもの。
プレイヤーの彼らは慣れたものかもしれないけれどやはり見ている立場の人間からすれば気が気でない。
まして今回彼が怪我をしたのは頭だったから。
やはり知っていたこととはいえ心配だった。

けれど彼らにとって大変なのはまだこれからだった。
リコ先輩の提案でとてつもない大食いチャレンジメニューを食べる事になってしまったのだ。
部員達は目の前に出されたとんでもない大きさのステーキに顔を青ざめている。

それでも無言と食べ始めた彼らを見てここには明確な力関係があるのだと改めて思い知らされた。

ただでさえ少食のテツヤ君は本当に少しずつ食べていて、そして彼がこういう場面で無理をする事はない。
早々に限界であることを宣言してフォークを置いた。
他の部員が苦しそうに食べている中味は美味しいので少し食べてみますかと彼に訊ねられフォークに刺した一口に切られたお肉を口元へと運ばれた。
みんな死んだような目をして目の前のお肉に食らいついてこちらに気付く気配もなかったので私はそれを口にした。

確かに美味しい、でもしっかりとした噛みごたえもある赤身肉だったのでこれをこの量食べるのは普通の人には無理だろうなと思った。
もっとも脂肪の多いお肉であればそれはそれで辛かったのだろうけど。
でもみんなが絶望に打ちひしがれる中火神君だけは美味しいと余裕の顔をして食べ切ってしまいそれだけではまだ足りないと他の部員の分まで食べると宣言したのだから恐ろしい。
みんな心から彼に感謝の言葉をかけていた。

普段よりはお肉を食べ過ぎて気分が悪くなったのか少し外の空気を吸ってきますと私に言ってテツヤ君は店を出て行った。

火神君が全て平らげ店を出た時初めてみんながテツヤ君がいなくなったことに気付き探すことになった。
ある程度手分けして探すことになったので私はリコ先輩に着いて行くことにした。
火神君や黄瀬君とテツヤ君が話す邪魔はしたくなかったしリコ先輩にも以前訪ねられたマネージャーになった理由の話の続きをする為だ。

リコ先輩は私が話があると言うと日向先輩達とは少し距離をとって私の話を聞いてくれた。
あまり彼のデリケートな事情には触れずに彼と私の関係を伝えるとこちらがびっくりするくらい驚き狼狽える彼女を見てこちらが申し訳ない気持ちになった。

でもすぐに立て直し咳払いをしてそれとは別にテツヤ君を見つけたら取り敢えず罰として逆エビをかけるけどいい?と訪ねられた。

私は存分にやってあげてくださいと返事をした。
彼を庇わなかったのはいくら黄瀬君に誘われたとはいえ黙って行ってしまったのは彼が悪いと思うからだ。

その後テツヤ君を見つけると逃げる隙も与えず張り倒して逆エビをかけた彼女のあまりの瞬発力と迫力に感心してしまった。
テツヤ君は火神君に助けを求めたけれどそれを
無視してみんな先をどんどん歩いていってしまった。

みんなが見えなくなったあとようやく解放された彼は腰をさすりながらすみませんでしたとリコ先輩に謝った。
次やったらこの程度じゃ許さないから、と釘を刺すリコ先輩。
彼は素直に返事をしていたけれどそれが守られることがないということを知っている私としては聞いていて複雑だった。

「そういえば黒子君、名前ちゃんと付き合ってるんだって?」

先程報告を終えたばかりの話題を彼に振った。
私達以外その場にいないからというのもあるだろうけど彼女の切り替えの早さに驚いてしまう。

「はい、お付き合いしています。
名前さんは僕にとって誰よりも大切な人です」

彼の言葉は嬉しかったけれどなぜそんな事をわざわざ先輩である彼女に伝えるのかと疑問を抱くもすぐに気がついた。
彼は私とリコ先輩が親しくなったことに嫉妬していたからきっとわざとこんな事を言って自分の方が親しいというアピールをしたのだということに。

彼女はきっと誰に対してだって同じように接している筈だからそんな事をする必要なんて全くないというのに。

彼の言葉に案の定彼女は黒子君って見た目より漢気があるのね、なんて感心していた。
3人で歩く最中彼女にテツヤ君とのことを色々聞かれたけれどこちらが不快になるような話題は一切踏み込まない彼女の事を更に好きだと思った。
勿論テツヤ君に対するものとは違う好きを。


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