片思いだと気付いた日

物音を立てぬよう、見つからぬよう、ただ彼を驚かそうとしただけだったのに。
私は数分前の幼稚な自分を呪った。

レッド寮の彼の部屋を訪れるとそこに家主はいなかった。
彼はそう煩い人間ではない。
外は肌寒い。
だからもう勝手知ってる彼の部屋で彼の帰宅を待つことにしたのだ。
ほんの出来心、くだらない思い付きだった。
いつも振り回されているのだ。
少し脅かしてやろうかという考えが頭に浮かんで私は三段ベッドの一番上に隠れた。
十代が帰ってきて気が抜けたところで驚かせてやろう、なんて。
本当にくだらない企みを。

私は幼稚すぎたのだ。

「っはぁ····名前····」

たっぷりと甘い息を吐きながら呼ばれる自分の名。
これは私が聞いてはいけないものなのだと力一杯耳を塞ぐも完全に音を遮断してくれることはない。

「···それ、もっとしてくれよ···」

彼の脳内で私は一体何をしているというのだろうか。
ベッドが小さく軋む。
ボロボロのレッド寮とはいえベッドは頑丈な作りだった。
3人用のベッドなのだ、それも当然だろう。
それでもそのベッドは木製で、それ故に木独特の軋む音が上段にいる私には伝わって。
その生々しさが恐ろしくて泣きそうになった。

「名前···あっ···やばい···」

彼が部屋に帰った時靴を脱いですぐにカチャカチャと金属が擦れる音を聞いた。
おそらくベルトを外す音なのだろうと予想がついた。
となると着替えているのであろうことが想像出来た。
だから私はそこで出ていくわけにもいかず少し様子を見たのだ。
ばさりと衣類が床に落ちた音がした。
そしてそのすぐ後にベッドの下段に上がる音。
音を聞く限り彼は着替えたわけではなく脱ぎ捨てただけのようだ。
このままでは私が出られない。
見つからぬよう下を覗けば彼の上着とズボンが脱ぎ捨てられていた。

どうしようかと悩み始めたところで十代は私の名前を呼んだのだ。

バレていたのかと思い固まるも何やら様子がおかしい。
それは私に話しかけているというより一人言のように聞こえる。

小さくがさごそと聞こえる音。
時折肌と肌がぶつかるような小さな音。
漏れる吐息がどこか色っぽく艶かしい。

彼は自慰を始めてしまったのだと気が付いた。


健全や男の子なら当たり前に行われている行為だ。
本来であれば一人っきりの空間で。
だから十代のしている事を責める資格なんて私にはない。
勿論そのつもりはない。
けれどその折に何度も何度も呼ばれる自分の名に頭がクラクラした。
こんな風に彼に名を呼ばれた事はなかったから。

「名前···好きだ···っ」

予想外の告白。
こんな台詞を今聞いてしまうだなんて。
神様はなんて意地が悪いのだろうか。
私は十代が好きだ。
おそらくこの学園で一番と言えるくらいに。
だがそれは友人としてだった。
彼を親友のように思っていた。
そして十代もそう思ってくれているのだと信じていた。

いくら彼が男であってそういった処理が必要なのだとしても彼が私をそんな風に見ていてくれたならきっとここで私の名を呼ぶことは無かっただろう。

私は何か裏切られたかのような気持ちになった。
彼を責めることなんて出来ない。
彼の空間に勝手に忍び込んだのは私だ。
それでもそう思ってしまうのは彼が好きだったからなのだろう。
だからこそ自分を性の対象にあてられた事がショックだった。

明日から私はどんな顔をして彼に会えばいいのだろうか、普段通りに出来るだろうか。
膝に顔を埋めて頭を抱える。
そんな時再び呼ばれる名。

「名前」

何かがおかしい。

「名前」

声色は変わらず艶っぽい。
十代に対して艶っぽいだなんて、使う日が来るとは思わなかった。
だがそんな事を考えている場合ではない。

違和感、そう、声の距離。
あきらかに近くなっているのだ。
早鐘と化した心臓の音。
わざとらしく軋む木の音。

そして掴まれた手首。

「名前」

反射的に顔を上げた。
そこには笑顔の十代。
見たことがない顔で笑う十代。

「···名前が聞いてる状況ってのも十分興奮してイけそうだったんだけどさ、この状況見逃すのってやっぱ勿体ねぇよなって」

十代は私の手首を掴んだまま梯子を上りきりベッドの上に上がる。
私はこの先の展開を予知しつつもどこかで彼に期待して動けずにいた。

「多分明日から名前は俺の事避けるだろうなって考えたらもうこのまま自分のもんにしちまった方が良いかって気付いたんだよ」

きっとこれは夢だ、きっとこの十代は偽物だ。
私の友人はこんな事を考える人ではない。

「ほら、今から名前とセックスするって考えてるから全然収まらねぇの」

父と最後にお風呂に入ったのはいつだっただろうか。
おそらく小学校に上がる前だ。
初めて見る興奮した男性のソレがとても恐ろしく映った。
最も信頼していた彼の身体の一部だというのに。

「名前が俺の事どんな風に見てるか分かってねぇわけじゃねぇよ。
でもさ、俺分かっちまったんだよな」

私の身体は既にベッドに沈められていて。
十代は私の上に乗っていた。

「男女の友情ってやつ、やっぱ成立しねぇんだな、って」

この日私が今まで大切に育ててきた彼への想いは完全に打ち砕かれてしまったのだ。

「名前は知ってたんだろ?」

私の想いが否定された。
私は今日彼にこっぴどくフラれてしまった。

「ああ、可愛いな···名前」

私の頬を撫でる十代と同じ顔をした誰か。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
どこで間違えたのだろうか。

「名前···好きだ···」


この十代そっくりに仕上げられた偽者を私は好きになれるだろうか?