彼が負けるところを見たのは初めてだった。
火神君が抜け、そこからの展開は早かった。
誰も青峰君を止めることは出来なかった。
点差は開く一方、でもみんな最後まで心を折ることはなく必死で食らいついた。
鼻の奥が熱くなったけれど私が泣くことなんて出来ない。
だってみんなが泣いていないのだから。
リコ先輩は静かに目を閉じた。
試合終了のバザーが鳴り静かに幕が降りた。
テツヤ君と青峰君は目を合わすことも言葉を交わすこともなく、そのままコートを後にした。
「おはよう」
「おはようございます」
どうするのが正解なのかは分からなかったけど翌日私は普段と同じようにテツヤ君に挨拶をした。
彼も穏やかに挨拶を返してくれたけれどどことなく元気が無い。
それも仕方ない事だろう。
学校への道のりを歩く間お互い普段と比べ口数は少ない、でも無理に話題を作るようなことはしなかった。
きっと今は私にそんなことをされても彼も困るだけだと分かっているから。
昨日に続き今日も試合が入っている。
火神君は当然負傷により欠場。
誠凛の得点力は大幅に下がってしまった。
そしてテツヤ君は今まで見たことがない程パスミスを繰り返した。
桐皇に敗北したことを皮切りに鳴成、泉真館に3敗し誠凛バスケ部は夏のインターハイへの切符は手に入れる事が叶わなかった。
敗退が決まった後も当然練習の毎日は続く。
でも火神君が部活に顔を出すことはなかった。
2年の先輩達は比較的普段と変わらないように見えた。
去年も負けを経験しているからだろうか。
でも表面上で言えばテツヤ君も同じく顔には出ていない。
それでも練習をいざ始めると試合で繰り返していたミスが時折起こった。
そんな彼をリコ先輩は心配そうに見ていた。
でも練習に集中出来ていないのはテツヤ君だけではなかった。
みんな同じ、それは私から見ても分かるくらいに。
そんな中リコ先輩はみんなを集め発破をかけた。
もしも日本一になれなければ屋上から全裸で告白をしてもらうという約束の話を覚えているかと。
リコ先輩の言葉にテツヤ君を含めたみんなが顔を青くした。
そんな中改めて気持ちを切り替えウィンターカップ優勝を目指す事を宣言した。
彼女は本当に良いカントクだと改めて実感した。
それでも負けを経験し弱音を口にした部員に大きな戦力である木吉先輩が戻ってくることを告げた。
部活を終え制服に着替えた後もテツヤ君は再び体育館に戻ってボールに触れていた。
邪魔をしない方がいいと思い私は静かにその場を後にした。
心配してはいけないと思い先に帰るねとメールを入れてから。
誰よりも1番近くにいる筈なのにこう言う時私は踏み込めない。
いっそ彼と一緒に全力でバスケに取り組んでいれば違ったのだろうか?
いや、そうしていたらきっと今まで以上に彼と距離が空いてしまっていた可能性も高い。
自分の事でいっぱいになっていただろうから。
自宅に帰り夕食を終えお風呂も済ませた後携帯を確認すると彼からメールが届いていた。
気を使わせてすみませんでした、と。
私はお腹が好きすぎて我慢出来なかっただけだから気にしないで、と返信した。
するとすぐに電話の着信が鳴る。
勿論それはテツヤ君だ。
『お疲れ、テツヤ君』
『お疲れ様です。...名前さん、嘘が下手すぎです』
テツヤ君はそう言った。
私は嘘じゃないよと返事をしたけれど強情ですね、なんて言われてしまった。
そしてあのあと木吉先輩に会ったことを話してくれた。
彼は木吉先輩を変わった人だったと教えてくれた。
テツヤ君も十分変わっているよと伝えると少し不貞腐れたような声でそんなことないです、と否定した。
『...名前さん』
『...なぁに?』
『...いえ、すみません、なんでもないです...』
彼は何か言いたそうにしていたけれどそれを言葉にすることはしなかった。
きっとまた色々悩んで悪い方へと意識が向いてしまっているのだろう。
彼はまっすぐだから。
コートの上、単純な視界で言えば人よりずっと広いのに、思考はどちらかと言えば狭い。
だからこそ真っ直ぐ目的に向かい突き進む事が出来たのだけれど。
こうして躓いて下を向いてしまった後は少し厄介だ。
『...誠凛って良いチームだよね。私を誠凛に誘って、バスケ部のマネージャーに誘ってくれてありがとう』
『...そんな...いえ、はい...』
いっそ考えていることを全部ぶつけてくれたらいいのに。
でもそれが出来ない、しないというのも彼の個性だから今は踏み込まない。
それが正しいのかは分からないけれどバスケに関することで私が無理に踏み込むのは何か違う気がする、というのが私の出した答えだから。
『もうご飯食べた?お風呂は?』
『シャワーは済ませました。夕食はこれから、です』
『そっか、じゃあ食べておいで。それで夜はしっかり寝てね』
不調でもなんでも身体だけは元気でいてほしいから。
『...名前さんと一緒に眠れたらいいのに』
『いいよ、バレないようにあとでこっそり部屋に来る?』
彼の言葉にそう返すと彼は数秒押し黙って冗談です、と言った。
私も彼のその言葉が本心ではあるけれど本気ではないと分かってはいた、だからこそ口に出来た言葉だった。
『じゃあそろそろ...おやすみ、テツヤ君』
『...おやすみなさい、名前さん』
彼は名残り惜しそうな声で返事をした。
もっと話していたかったのだろう、でもまだ食事をとっていないと言っていたしきっと遅くなりすぎれば食べずに終えてしまいそうだったから。
テツヤ君がしっかりご飯を食べて眠れますように、私が今彼に望むことはそれだけだ。
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