あれから暫く、火神君も部活に復帰しテツヤ君も調子を取り戻し始めた。
木吉先輩の提案で一年生だけで挑んだ練習試合、2人はまだぎくしゃくしていて2人の間でパスは通らなくなっていた。
でもその後テツヤ君は気持ちが決まったようで。
火神君と何か話をしたらしい。
翌日からまた話をすようにもなった。
お互いストレートな物言いをするのに肝心なところでは思っていることを伝えないのだから。
そういうところは2人とも素直ではない男の子だと思う。
もっとも悩みを全て他人にぶちまける人なんて殆どいないのだからそれも当たり前のことなのだろうと思うけれど。
そしてそんな2人の状態を心配しつつもどうにかしようと無理に口を出さないバスケ部のみんなは本当に大人だと思う。
「名字って料理は得意だったりするか?」
「料理、ですか?...人並みには出来る、って感じですかね?」
日向先輩に声をかけられそう返事をすれば必死の形相で両肩を掴まれた。
他の先輩達も固唾を飲んで見守っている。
「頼む...!俺たちを救うと思ってカントクに料理を教えてやってくれ!」
「...教えられる程ではないと思うんですけど...はい...」
彼がどれほど本気で言っているのかということは痛い程伝わってきた為私はそれを了承した。
すると日向先輩は涙を流す勢いで私に感謝した。
そこで彼女の料理の腕を思い出した。
彼女の作った独創的なカレーを。
それを思えば丸ごと漬け込んだレモンの蜂蜜漬けなんて可愛いものに思えた。
人には得手不得手があるのだから別に無理に料理を覚える必要もないと思うけれど彼女は真っ直ぐで献身的だから。
多分私が合宿中の料理を担当すると言ったところでそれをそのまま受け入れることはないのだと思う。
それは意地というよりも私の負担を考えてという気遣いからなるものだから私も強くは拒まないと思う。
「食事メニューは一気にまとめて作れるものにした方がいいと思いますので簡単なものになってしまいますが大丈夫ですか?」
「いいよ!!途中で意識を失わずに食べられたらなんでも!!」
もうそこまでいくと逆に彼女の料理を食べてみたくなった。
私を救世主だと称えバスケ部に入ってくれてありがとうと感謝の言葉をかけられ伊月先輩に頭をわしゃわしゃと撫でられ小金井先輩に抱きつかれた。
リコ先輩に比べ私が出来る事なんて大したことではないことばかりだと自覚しているので少しでも役に立てるのなら嬉しい限りだ。
でも先輩達とそんな話をしている時ふいに私の腕が引かれて強引にその和から引き離された。
「すみません、先輩達少し名前さんに触りすぎです」
腕を引かれそのままバランスを崩し飛び込んだのはテツヤ君の胸だった。
彼は私の腰に腕を回し固定したまま先輩達をじっと見ている。
「わ、悪い!そういうつもりはなかった!」
そんな彼に先輩達は慌てて謝った。
彼はため息をついて私にも声をかけた。
「名前さんも少しは拒んでください。
されるがままじゃないですか」
「...ごめん、なさい」
彼の言うことももっともだ。
私だって彼が桃井さんに抱きつかれたのを見た時嫉妬したのだから。
先輩達にそんな下心はないと分かってはいても彼から見れば面白くはないだろう。
先輩達はテツヤ君が怖かったのか平謝りしていた。
彼は分かってくれたのでしたらもういいですと言っていたけれど。
先輩達に悪いことをしてしまったと心の中で謝罪した。
その日の放課後リコ先輩の料理試食会という名目の下でそれは実行された。
まずは彼女が1人で作った料理を食べてみたのだけれどそれは興味本位で食べていいものではなかった。
口に入れた瞬間飲み込んではいけないと脳が拒絶したけれど吐き出すわけにもいかずなんとかそれを飲み込んで水を流しこんだ。
隣で同じようにカレーを食べたテツヤ君はだらだらと汗をかいている。
本当に、サプリを入れただけでこんな味を表現できるのだろうかと不思議に思う。
硬い野菜はともかくある程度煮込んだ筈のお肉に火が通っていないのももはやホラーだ。
「...名前さんのご飯が食べたいです。
僕のところにお嫁に来てください」
テツヤ君に私の料理を食べさせたことは何度もある。
冷蔵庫にあるもので作ったなんの飾り気もない平凡な家庭料理ばかりだけれど、それでも美味しいと言って食べてくれた。
彼がこのタイミングでそんなことを言うだなんて、よっぽど彼女のカレーに衝撃を受けおかしくなってしまったのだろう。
でも今そんな事を言われても正直あまり嬉しくはない。
だから適当に受け流した。
「...ありがとう、大人になったらまた言ってね」
部員達の反応にショックを受けカレーの箱を見て作り方を確認する彼女を見てもしかしてリコ先輩もミスディレクションが使えるのでは?なんて考えてしまった。
だって私も彼女の料理をそれなりに見守っていた筈なのに、どこかのタイミングおかしくなったことに気づかなかったのだから。
その後同じく料理が出来る火神君と一緒に今度は完全に目を離さず見守りながにカレーを作ってもらった。
それでも最後ほんの少し目を離した隙にサプリを大量に混入されてしまい先輩達はそのカレーを食べ再び顔を青くした。
私のよそったカレーを食べたテツヤ君だけが美味しいと言ってカレーを食べていた。
「リコ先輩、サプリは確かに食事中、脂肪なんかと一緒に摂った方が吸収されやすく効果的だと言われています。
でもサプリにも味はありますから栄養以前の問題として合わない食べ合わせはあると思うんです。
例えば栄養があるからとバナナと納豆を混ぜて食べることなんてしないですよね?
...サプリやプロテインは食後お水や乳製品で飲みましょう...」
私自身彼女のサプリ入り料理を食べる事が軽くトラウマになってしまったので彼女を傷付けることになるかもしれないと思いながらも少し厳しい言葉でそう言った。
リコ先輩は私の言葉を聞き泣きそうな顔ではいと返事をした。
「...サプリさえ入れなければちゃんと美味しく出来ていますよ。
リコ先輩も食べてみてください」
カレーとご飯をスプーンですくい彼女の口元へと運んだ。
それを彼女は口を開け素直に食べた。
「美味しいですよね?折角美味しく作ってくれたものですしそのまま味わいたいです」
カレー皿を机に置くとリコ先輩は涙を溜めた目をして私に抱きついた。
「私が名前ちゃんの家にお嫁に行きたい!」
「いえ、それは無理です。名前さんは僕のうちにお嫁に来ますから」
本当にリコ先輩は可愛い。
私が料理を褒めた事が嬉しかったのかそんなことを言う彼女にテツヤ君は至って真面目な顔をしてそんなことを言った。
2人まとめて可愛いと、そういうことにしておいて私の中で話を終わらせた。
いよいよ夏休みに入る、冬に向け練習は更に厳しくなるだろう。
私は私に出来ることを精一杯して彼らを支えよう。
取り敢えずは夏合宿だ。
この夏はきっと今まで以上に暑くなるだろう。
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