締め切った窓の外からびゅーびゅーと騒がしく鳴る風の音。
ほんの少し前まで寝苦しい夜を過ごしたというのに今はもう換気をすることすら億劫な程空気は冷たくなっていた。
過ごしやすい時間というのは極めて短い。
暖かな木漏れ日の差す春も夏の暑さを和らげてくれた心地良い涼しさを運んでくれた秋もいったいどれ程あっただろうか。
気付けばあっという間に通り過ぎてしまう。
身体にしっかりと沁み渡るものは刺す程の痛みを与える寒さと焼けるような暑さ、えぐるような感覚。
優しさは驚く程儚く目の前からいなくなってしまう。
「日が落ちるのが随分早くなったね」
ほんの10分前まで空は赤かったというのに今はもう夜の色合いだ。
十代は私の言葉に窓の外を見た。
「もう11月になるんだもんな」
そして立ち上がりカーテンを閉めた。
レッド寮の薄いカーテンに防音性なんてものがある筈もない。
風の音は依然止むことはない。
「今日泊まってもいい?」
私の言葉に少し間を空けるも十代は頷いた。
初めての事ではない、もう何度も行っていることだ。
十代は私の隣に腰を下ろした。
こぶしひとつ分、2人の間には僅かな距離があった。
それが私にとって寂しくもあり心地よくもあった。
抱き合う仲ではなかった。
かといって拒絶するような仲というわけでもない。
少なくとも友人達の中では誰よりも近い位置にいた。
「ブルー寮ならエアコンあんのにお前も物好きだよな」
「エアコンはあっても加湿機がないから」
なんて、そんなものいくらでも代替品はある。
なんなら濡れタオルでも干しておけば良いだけの話だ。
十代はなんやかんや馬鹿ではない。
きっとそんなこと気が付いている。
それを深く追求しないのは優しさでもあり2人の距離でもあるだろう。
深く踏み入るような事はしない、これは十代なりの誠実さなのだと思う。
「同じ部屋に人が増えるだけで少しはあったかくなるんだよ」
「まぁたしかに」
十代は私よりそれをずっとよく実感しているだろう。
彼の周りにはいつだって人が溢れているのだから。
「皆で鍋でも食べたいね」
「おっ、いいな!また食料調達してこねぇとな」
狭いレッド寮で皆で小さな机を囲んで食べた鍋は家族と食べるよりもずっと美味しかった。
十代が釣った魚を調理する為に初めて魚の鱗取りや内臓の処理をした。
レッド寮の小さなシンクに想像以上に鱗が飛び散って大変だった。
それは去年の事だがまるで昨日の事かのように覚えている。
「お店で食べるちゃんとした鍋もいつか食べてみたいね」
「あー俺そもそも鍋って殆ど食ったことないんだよなぁ。
ちゃんとしたってどんなのか全然想像つかねぇけどいつか食いに行こうぜ」
十代のご両親は忙しい人だったらしい。
出張や十代が寝る時間まで帰れない日が続いて近所のお兄さんや友達と過ごした時間の方が長かったそうだ。
十代はそんな子供時代を寂しかった、なんて言っていない。
仕方ない事だってあっけらかんと笑っていた。
私はそれを十代の強がりではなく本心だったのだろうと思っている。
「そういやぁ名前っていつも鍋の時期だけだよな」
「何が?」
「ここに泊まりたいって言うの」
こちらを向いた十代とパチリと視線が合った。
十代の指摘通りだった。
最初は寝たフリをしてそのままここに泊まったこともあった。
雨が強くなったから、まだまだデュエルがしたいから、理由をつけて何度も、何度も。
「だって、夏はここじゃ暑くて寝られないもの」
「はぁ?夏はエアコンの効いた部屋で快適に過ごしたいってか?」
十代はいいよな、と言って私から視線を外した。
「いつでもここを出られるくせに、ここを選んだのは十代でしょう?」
実質学園No.1の実力の十代がここにいる事の方がおかしいのだ。
そもそも何度もあったチャンスを十代は自ら蹴っている。
彼は楽しんでいたのだ。
この古く不便な寮での暮らし、夏の暑さ、全てを。
彼はいつだってそうだ。
でもそれはけして逃げているわけではない。
「冬はね、十代の季節なの、私の中ではね」
「そんな事初めて言われたな。俺はどっちかって言うと燃えるような夏の熱さ!って感じじゃねえ?こう熱く燃えるヒーローとかさ」
確かに世間一般的に見ればそうかもしれない。
それでも私にとって十代は冬だった。
寒くて辛い冬だからこそ私には十代が必要だった。
「ほら、私寒がりだから。十代の暑苦しさが頼りになるっていうの?」
「なんか全然褒められてる気がしねぇな」
私の言葉に不貞腐れた顔をするも怒っている様子はない。
暑苦しい、なんて言いはしたがデュエル中以外の彼は極めておだやかだ。
だがそれは彼自身が纏うオーラや存在感で誤認されてしまう。
彼は大きな人だから。
「まぁそんなわけだからこの冬もよろしくね」
「ま、いいけどじゃあ今からデュエル付き合えよ!」
貴方に会いたいと思うのが冬だけで良かった。
いつでも会いたい、だなんて。
きっとそれは抱けば後悔することになる感情なのではないかと予期している。
私よりずっと大きな彼は大人になって自由を手に入れればきっと私の手の届かない所に羽ばたいていくだろう。
冬は寒い。
そんな寒い時は誰かに会いたくなってもいいじゃないかと思う。
だからその時は一緒に鍋でも食べようかって誘うの。
勇気が無い私にはいつだって理由が必要だ。
だから冬になったら私を思い出してくれたらいい、そう願って。
だから私はこれからも冬に貴方と会える事を願って春の眠気も夏の暑さも秋の物悲しさも耐えぬいていく