「...相変わらず寝癖酷いね」
「名前さん...おはようございます」
テツヤ君は寝惚け眼で私に抱き付いた。
きょろきょろと周りを見渡して誰もいないことに安堵して彼の髪を手櫛で整えた。
「ほら、顔洗っておいで。朝ごはんもう出来てるから」
「なんだか今の夫婦みたいでいいですね...」
彼はそう言っていたけれど私からすれば今の彼は夫というよりは子供だ。
でもそんなことをわざわざ言うとややこしいことになるのは目に見えていたので訂正することはせずに彼を押し返した。
「...いってきます」
「あ、もう...」
彼は私の頬に唇を押しあててようやく私から離れた。
洗面台に向かう彼を見送り炊事場へと戻るとリコ先輩がなにやら不穏な行動を取ろうとしていたので私は慌てて止めに入った。
「リコ先輩、それはこちらに入れましょう、ね」
手に持っていたプロテインを見て私は牛乳とヨーグルトを彼女に差し出した。
リコ先輩はその手があったかと目を輝かせた。
効率以上に薬のように飲むのは嫌だろうと思って少しならいいのではないかと思い混入しようとしていたらしい。
よかれと思いやっている分逆にタチが悪い。
でもやっぱり憎めない彼女に小さくため息をついた。
「もうすぐみんな来ますから、よそって運ぶの手伝ってもらえますか?」
「うん、勿論!」
朝から元気いっぱいの彼女を見てこちらも元気をもらった。
廊下が騒がしくなった。
見覚えのあるオレンジのジャージが見えた。
それを見てまさかとリコ先輩が廊下に出るとそれは紛れもない、秀徳高校バスケ部員だった。
「...この合宿、楽しくなりそうね!」
リコ先輩は面白いことを思いついたと、そんな顔をしていた。
朝食の準備を終えると彼女は少し席を外すと言ってどこかに行ってしまった。
きっと秀徳の監督に会いに行ったのだろう。
まだ高校生の彼女が親程年齢の離れた男性の元になにも気負わず交渉に向かえるのだから本当に末恐ろしい。
再び現れた彼女はスキップをしていたので嫌な予感がすると他の部員は顔を青ざめていた。
彼女の交渉力のおかげで二日目からは秀徳との合同練習をすることになった。
火神君だけは別行動になってしまったけれど。
足腰の強化の為1人砂浜を走る彼は体育館での練習が終わった後も帰ってきていない。
そういえば、と思い出しリコ先輩に少しだけ抜けますと言って宿のおじいさんに話しかけた。
部員がまだ練習をしていて遅れるので私が責任を持って掃除をするので少しお風呂の時間を伸ばしてくれないかという交渉の為に。
おじいさんは快くそれに応じてくれた。
この暑さの中潮の香りが纏う砂浜を一日中走っていたのだ。
しっかりとお風呂に入れないのはさすがに不憫だと思ったから。
「火神君の為ですか?」
「わっ、ああ...テツヤ君。うん、そうだよ」
後ろからいきなり抱きしめられそう訊ねられた。
付き合いが長い分他の人より彼は見えているほうだけれどさすがに音も無く真後ろから近付かれては気付く事は難しい。
「相変わらず火神君のことよく気にかけていますね」
「...そういう言い方しないでってば。
あと合宿中はダメだってば...」
彼はしぶしぶ私を抱きしめる腕を緩めた。
振り返って見た彼は物欲しそうな顔で私を見つめた。
「...もう、ほんと...勘弁してよ...」
彼は私のことをよく知っているから、きっと私がどんな彼に弱いかなんてバレているのだろう。
「...お風呂掃除、僕も手伝いますから」
ゆっくりと彼の顔が近付いて柔らかい唇が私の唇に触れる。
「毎日してもいいって、入学した時言ってくれたじゃないですか」
今更そんな話を持ち出すなんて、と彼を睨んだけれど勿論彼がそれに怯むことなんてなかった。
「TPO、って知ってる?」
時と場合、それを弁えてほしい、と。
でも彼は咎める私に表情一つ変えず平然と嘘をつく。
「いえ、知りません」
有言実行、彼はどこまでも真っ直ぐな男の子だ。
結局火神君がお風呂を済ませたあと2人でお風呂を洗おうとしていた事を知った降旗君達がしって火神君を含めた一年生全員でお風呂を洗う事になった。
人数がいた分早く終えたので汗だくにならずに済んだことは幸いだった。
練習に疲れているなか協力してくれたみんなにお礼を言って水分補給をして彼らと別れた。
部屋に戻ってリコ先輩と少しだけ話をして早めに布団に入った。
明日も暑くなる。
マネージャーの私が体調を崩し迷惑をかけるわけにはいかない。
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