足りない

「お、誠凛のマネージャーさんじゃん。すげぇい匂いしてんなって思ったら」

「あ...高尾、君?おはようございます」

「おはよっす!てか俺らタメなんだからそんなかしこまらなくていいって」

まだ誠凛の部員達は寝ている時間だ。きっと秀徳の部員だって同じだろう。
炊事場に現れた彼は愛想の良い笑顔を私に向けた。

「早起き、だね。もしかして寝られなかったの?」

「いや、普通に早く目が覚めただけ。腹も減ってたし」

彼がそう言うとそれを裏付けるかのように彼のお腹が鳴った。
どうしようかと少し悩みながら彼に卵焼きの乗った皿を差し出した。

「秀徳も朝ごはんあると思うから無理にとは言わないけど、少し食べる?」

「お、いいの?んじゃあお言葉に甘えて」

いただきますと元気よく言って彼は私の作った卵焼きを食べた。
彼は美味い美味いと言ってもう一つ食べようとしたその時。

「おはようございます」

「お、黒子じゃん。はよ!」

私は突然現れたテツヤ君に驚いたけれど高尾君は気付いていたようで驚いた様子はなかった。
今日も寝癖ひでぇなとケラケラと笑った高尾君をテツヤ君はムッとした顔で見た。

「そんな睨むなって〜!、あ、そういや2人はそういう仲だったっけ?んじゃあお邪魔虫は退散しますよっと。
あ、卵焼きごっそーさん!」

彼は終始楽しそうに笑って去っていった。
テツヤ君は不機嫌そうな顔をしていたけれどきっと彼はテツヤ君を揶揄ったのだろう。


「...僕が何を言いたいのか、分かっていますよね?」

「...テツヤ君、ほら。あーん」

彼がヤキモチを妬いたことくらい今までの彼の事を考えればすぐ予測がついた。
だからと言ってそれを責められても、という気持ちもある。
それを彼に言ったところで簡単に納得しないなんてことは分かっているからそれを誤魔化すように彼の口元に卵焼きを運んだ。

「...美味しいです」

「よかった」

彼はそれをもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
それを見届けて使った調理器具や食器を洗い始めた。
彼は何か言いたそうにこちらを見ていたけれどため息をついて私が洗った食器を拭き始めた。

「ゆっくりしててもいいよ?」

「いえ、お手伝いします...」

今日もハードな練習になるだろうし昨日は余分なお風呂掃除まで手伝わせしまったのだ。
出来れば余計な仕事はさせたくなかったのだけれど。
きっとそれを言ったところで大丈夫だと言って聞かないだろうからそのまま手伝ってもらうことにした。
使った器具を片付け彼を先に座らせて2人分のお茶をコップに注いで彼に手渡した。

「ありがとう、手伝ってくれて」

「いえ、あのくらい...」

彼は律儀にいただきますを言ってお茶を飲んだ。
私も彼の隣に座ってお茶を飲む。

「身体は大丈夫?疲れたまってない?」

「筋肉痛にはなってます。でも大丈夫ですよ」

彼はそう言って私の手を握る。

「名前さんが癒してくれますから、ね?」

当たり前のように近付けられた彼の口を手で塞いだ。
いつも隙をつかれてしまうけれど今日はなんとか間一髪それを防ぐことが出来た。
彼は不思議そうな顔で私を見たけれどこちらからすればなぜそんな顔をするのか分からない。

「...もうみんな起きてくる時間だから」

時計を見ると朝食の時間まであと15分。
高尾君が来る前支度を手伝ってくれていたリコ先輩には昼の練習に向けまだ準備があったのであらかた片付いた時点でそちらの作業に戻ってもらっていた。
でもおそらく他の部員達より早くここに来る筈だ。

「...今していたら誰にも見られませんでした」

彼の子供のような言い分に困ってしまうけれどあまり節度の無い行動は控えるべきだと思うから。

「テツヤ君もう少し我慢しようね」

そう言って彼の口から手を離すとすぐにその手を取られ結局彼に唇を奪われてしまった。
彼のそんな行動に何も言えなくなって視線を逸らすと私の手を握ったまま彼は口を開く。

「...僕がどれだけ我慢してるか、本当は分かっていますよね?」

彼の言葉にそろりと視線を戻した。
熱をはらんだ彼の目と視線が交わった。

「......どれだけ僕に想われているか、もう少し自覚してくださいね...」

今度は握られたその掌に唇を寄せられた。

彼が私の手を離すと廊下からリコ先輩が準備ありがとうと声をかけた。
テツヤ君がいることにも気が付き2人は挨拶を交わす。

リコ先輩とテツヤ君と3人でテーブルに朝食を運んだ。
席に着きいただきますと手を合わせたけれど胸がいっぱいで食べ切れるだろうかと不安を抱きながら箸を握った。


next