夕食の時間が迫り火神君を迎えに行ったテツヤ君は一向に戻ってくる気配がない。
彼が姿を消すのはよくあることになりつつあるのでリコ先輩はため息を付きみんなに先に食べましょうと声を掛けた。
彼らが当分戻ってこないことを知っていた私は2人の夕食にラップをかけてから食事を取った。
簡単なものしか並んでいないけれどこの3日間みんな美味しいと食べてもらえたことにほっと一息ついた。
「2人ともおかえり」
みんな食事を終え食器も片付け終わった頃民宿の扉が開く音がした。
ロビーで本を読みながら彼らを待っていた私は2人にタオルを手渡した。
「悪いな」
「すみません、待っていてくれたんですね」
ランニングを終えた彼らはそのタオルで汗を拭う。
本来であればすぐにお風呂に入った方がいいのだろうけど先に食事を摂ったほうが身体の為にはいいだろうと思い2人を食堂に促した。
テツヤ君には普通の量の、火神君には超大盛りのご飯を注いで冷めてしまったおかずを温めなおした。
「もう遅いから早く食べてお風呂行ってね。
また残しておいてほしいってお願いしてあるから」
「ありがとうございます、いただきます」
「いつも悪いな...いただきます」
お礼を言ってご飯を食べる2人の前に座った。
すごい勢いで火神君のお腹に消えていくご飯、普段と変わらずゆっくりと咀嚼するテツヤ君。
本当に対照的な2人だ。
火神君はその後炊飯器に残っていたご飯も全て平らげてしまった。
こんなに食べて夜眠れるのだろうかと少し心配になったけれどもっと食べる日もあるから余裕だと笑って言ってのけた。
「火神君って燃費悪いですよね」
「っておい黒子!人を機械みたいに言ってんじゃねぇよ!!」
火神君はテツヤ君をはたこうとしたけれどテツヤ君はひょいっと避けた。
2人は食器を片付けようとしたけれどそれよりも早くお風呂を済ませてほしいと半ば強引に彼らを食堂から追い出した。
2人分の食器を洗って片付けて私も食堂を出た。
廊下で福田君達に出会った。
「今日もまた風呂掃除やんだろ?また俺たち手伝うよ」
試合に出ることは少ないとはいえ彼らも同じだけ練習しているというのに。
「大丈夫?疲れてない?」
「そりゃあ疲れてるけどこういうのも青春っぽくていいじゃん?
あと俺たち名字には世話になってるし」
今はとくに飯とか、と呟いた彼に降旗君と河原君はうんうんと頷いた。
それに関してはこちらも反応に困ってしまった。
だがお風呂の件は3人の厚意に甘えさせてもらうことにした。
4人で話しているところにお風呂を済ませた2人が現れみんなでお風呂の掃除をした。
こちらの我儘を聞いてもらっているというのに綺麗に洗ってくれたから、と宿のおじいさんは私達にコーヒー牛乳をくれた。
本当にいい合宿だったとしみじみ思った。
明日はもう練習はない、帰るだけだ。
気が緩んでしまったのかみんなと別れたあとも眠れず隣で眠るリコ先輩を起こさないようにそっと部屋を出た。
誰もいない食堂に座ってとくに観たいものがあるわけではなかったけれどテレビを付けた。
なんとなく静かな空間が寂しかったから、ただそれだけだ。
ぼーっとテレビを観ていると廊下の方から物音が聞こえた。
そしてその後すぐに食堂と扉が開き顔を見せたのは木吉先輩だった。
「灯りが見えたから覗いてみたんだけど名字だったのか。
どうした?眠れないのか?」
木吉先輩はそう言って私の向い側に腰を掛けた。
彼とこうして2人で話をするのは初めてだ。
「はい、ちょっと目が冴えちゃって」
木吉先輩は俺もだよと言って笑った。
とても高校2年生とは思えない、落ち着いた人だと改めて思った。
「飯、ありがとうな。リコにも頑張って教えてくれたし。
飯だけじゃない、俺もみんなも名字には感謝してるよ」
「いえ、そんな...」
あまりにも真っ直ぐに褒めてくれるものだから照れてしまった。
「木吉先輩って大人っぽいですよね」
「ははっ、リコには昨日オッサンくさいって言われたぞ。
それに俺から見れば名字の方がよっぽど大人びて見えるけどな」
木吉先輩の言葉にドキリとした。
それ程話をした事もないのに、彼に私はどんな風に見えているのだろうか。
「あ、大人びてるのは中身の話で見た目は勿論可愛いって思ってるぞ?」
「...それって見た目は子供っぽいってことじゃないですか?」
私の言葉に彼は違う違うと言って笑った。
「リコにも言われてるだろ?ちゃんと女の子として可愛いいって思ってるよ」
木吉先輩はわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「僕の方が名前さんのこと可愛いって思ってますから」
「お、黒子も起きてたのか」
木吉先輩に続いて食堂に顔を見せたテツヤ君はスタスタと私の側まで近付いて隣に座り私の肩を抱いた。
こんな風にされたのは何気に初めてで少し驚き彼を見た。
目が合った彼はまたですか、と言いたげな表情で私を見た。
「...木吉先輩が言ってるの絶対テツヤ君が思ってるような可愛いとは違うから」
「それでもです」
「へぇー黒子ってすごい嫉妬深いんだなぁ」
私達の会話を聞いて能天気な事を口にする木吉先輩を見ればそれは明確だ。
テツヤ君はそんな彼に複雑そうな顔をした。
マイペースなテツヤ君すら戸惑わせてしまう木吉先輩はやっぱり只者ではないと思った。
「黒子は何か答えが出たみたいだしいい合宿だったな。
さて、馬に蹴られる前に俺はそろそろ寝るけど合宿中はあまりハメを外しすぎないようにな、お二人さん」
「...そんなこと、しません....」
その間はなんだと思わず言いたくなったけれどそれを我慢した。
木吉先輩に変な勘繰りをされても困るから。
木吉先輩は笑いながら食堂を後にした。
そしてテツヤ君と2人きりになった。
なんやかんやこの合宿中彼と2人になる機会は多かった気がする。
彼はリモコンを手に取りテレビの電源を消した。
「...この方が人が来たらすぐに気付けますから」
「...テツヤ君、その...我慢してくれてるのはよくわかったけど...悪いけどもう暫くは...」
「分かっています」
両手で私の手を握って私の手を持ち上げてキスをした。
彼の閉じた瞼から伸びるまつ毛が影を作って、それがとても綺麗だと思った。
「...貴方も僕と同じくらい僕のこと好きになってくれたらいいのに...」
「...テツヤ君、なんにも分かってないんだね」
私だって負けないくらい大好きなのに、そう胸の内で呟いて彼の手にキスをした。
next