未来の貴方を

「やっぱり家は落ち着くなー」

「はい、そうですね」

合宿を終え、インターハイ桐皇と海常の試合を見て私達は帰ってきた。
凄い試合だった。
青峰君も黄瀬君も、運動が特別得意なわけではない私から見れば誠凛のみんなだって十分凄いと思うのに、バスケはまったくの素人の私が観ても彼らは凄まじく圧倒された。
背中がぞくりと寒くなって恐怖さえ感じたくらいに。
テツヤ君はあんな凄い人達と一緒にバスケをしていたんだなぁと改めて考え中学に入り一軍に上がってから彼の精神力が前よりずっと強くなった理由にも納得がいった。
いや、もしかしたら相当無理をして...、でもそれがなければテツヤ君は誠凛に入っていなかったのかもしれないしおそらく私も近くの公立高校を受験していただろうからもうその件について考えるのはやめておこう。

「...というかテツヤ君、家で休んだ方がいいんじゃない?」

「ちゃんと一旦荷物を起きに帰ってここに来ると伝えてきましたので大丈夫です」

ぴたりとくっついてそんな事を言う彼はお風呂も済ませてきたようで石鹸のいい香りがした。
そういう話じゃないと思ったけれど彼と会話がすれ違うことなんてよくある事だと無理やり自分を納得させそれ以上突っ込むことをやめた。

なんというか彼と共に過ごす時間の分だけスルースキルが鍛えられた気がする。

「テツヤ君は元気だね」

「今日は観戦だけでしたしね」

彼は私の太ももを一瞬見ていいですか?と訊ねた。
私がいいよと返事をすれば彼は失礼しますと言って私の膝に頭を乗せ寝転んだ。
昔より甘えん坊になった気がするのは私の気のせいなのだろうか?

「元気なんじゃないの?」

「元気じゃない時しかこういうことしてくれないんですか?」

指と指を絡めるように私の手を握る。
そういうわけじゃないけど、と返事をするとならいいじゃないですかと目を閉じた。
この甘ったれた姿をみんなが見たらどう思うのだろうかと考えたけれど絶対に彼はそんなところを人に見せないだろう。
空いた方の手で彼の柔らかい髪を撫でた。
まるで人懐っこい猫のようだと思った。

「本当は僕が名前さんを甘やかしたいって思うのに、どうしていつも貴方に甘えてしまうんでしょうね...」

「...多分分かってるんじゃない?
私に甘えてくれるテツヤ君のこと、私が大好きなのを」

彼の疑問にそう返事をすると目を開けてちらりとこちらを見て確かにそうかもしれないですと言ってまた目を閉じた。
それはつまり結果的に私が甘やかされているのだという事を彼はすぐに理解したのだ。

「そういえば夏休みの課題は大丈夫?」

勿論勉強の、と付け加えると彼は眉間に皺を寄せた。

「...勿論進めてはいますけど...どうして今そんな話をするんですか」

彼は起き上がって不貞腐れた顔でこちらを見た。

「ごめん、毎日部活はあるし合宿もあったから。
もし溜め込んじゃってたら大変だなって」

「...そういうところは昔から変わりませんね」

彼はそう言って正面から私に近付いて右手を私の腰にあて肩を押してそのまま押し倒した。
床に倒れる前に頭に左手を添えられたので頭をぶつけたりはしなかった。
でも彼に覆い被さられた事を自覚すると急に恥ずかしくなって逃げようとして身動いてみたけれどそれを彼は許す筈もなく手を取られて床に押さえ付けられてしまった。

「...僕が甘えて貴方が喜んでくれるのならいくらでも甘えます。
でも子供扱いをされるのは受け入れがたいです」

「っ、てっ...!?」

彼はそう言って私の首筋へ顔を埋めた。
そしてそこに彼の唇が触れた直後ちくりと痛みが走った。
当然何をされたか分からない程純真無垢な子供ではない私は驚きのあまり声が裏返った。

「...こんなのすぐに消えますよ。
寧ろ...一生残ればいいんですけど、ね...」

そしてそこに彼は舌を這わせた。
背中がぞくりとして大袈裟に跳ねてしまった私を見て彼は満足げに微笑んだ。

「今日はこれ以上しませんから安心してください。
良かったですね、僕が辛抱強くて...」

触れ合った唇。
角度を変えて何度も、何度も。
唇で挟んで吸って、唇の表面を舌で舐められてまた吸って。
なんて甘いキスをするのだろうか。

「...もっと先の事をした時、貴方はどんな顔を見せてくれるんでしょうね」

最後に音を立て吸われて唇が離れた。

私を見下ろす彼は紛れもなく男の顔をしていた。
そんな彼を見て心臓の鼓動は速く激しくなっていく。

「楽しみにしていますから」

彼が私の上から離れ少し距離をとって座ったところで部屋をノックする音が聞こえ部屋のドアが開かれた。

「...だらしない格好ねぇ...、テツヤ君、これ頂き物なんだけど沢山あるから持って帰って」

顔を見せたのは母できちんと正座した彼と床に寝転がった私を見て呆れ顔でそう言って彼に袋を手渡した。
中身は桃らしい。

「ありがとうございます、そろそろお暇します。お邪魔しました」

彼は母に愛想良く笑って立ち上がった。
母は彼を夕食に誘ったけれど彼は今日は帰りますと断り手を掴んで私を起き上がらせた。

「では名前さん、また明日。
...今夜僕の事、考えながら眠ってくれたら嬉しいです。おやすみなさい」

私にだけ聞こえるように小さな声で囁かれた。
呆然としてそこから動く事が出来ない私を置いて彼は部屋を出ていってしまった。
私は再びそこで倒れ込んで両手で顔を覆った。

「...こんなの、こんなの...」

生殺しだ、そう感じてしまった私は汚れているのだろうか。
彼はずるい、普段はどちらかと言えば我儘でヤキモチ妬きで甘えん坊で可愛くて、なのに時々別人かと思う程男の顔をするのだから。

これ以上の事をする時私は平常心を保っていられるのだろうか、多分無理だろうという予感を胸に抱き目を閉じた。


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