桃井さんと話をした後テツヤ君達が体育館にやってきた。
アニメの中で彼女はテツヤ君に抱きついていたけれど私という存在が彼女のその行動を変え、記憶より落ち着いた態度でテツヤ君に青峰君の話を始めた。
途中泣きそうになった彼女にハンカチを差し出すと彼女はそれを受け取り私に抱き付いて泣いた。
それに驚いたけれどそんな彼女を見て私以上驚いた表情を見せたのはテツヤ君だった。
当然だろう、感情的になった彼女にいつも抱きつかれていたのはテツヤ君なのだから。
彼女を背中をさすり頭を撫でると徐々に落ち着きを取り戻していく。
テツヤ君の言葉もあって涙の引いた彼女にもう暗くなってしまったし帰った方がいい、テツヤ君に送ってもらうよう促したけれど彼女は私から離れようとしない。
「...名前、ちゃんも一緒がいい...」
潤んだ目でこんなに可愛い女の子にそんな風に甘えられたことは初めてで。
私の心拍数が早くなった。
それに彼女に名前を呼ばれたのも初めてだったのだから尚更だ。
同時にこんなに可愛い女の子にあれだけ迫られて平常心を保っていたテツヤ君は一体何なのだと心底不思議に思った。
「...なんだか凄く複雑なんですけど」
あの後2人で彼女を送ることになり3人で色んな話をした。
借りた服を返したいからと言われ彼女と連絡先を交換した。
そして私の事は名前で呼んでほしいとお願いされた。
その時の彼女は本当に可愛くて、こんな風におねだりされればなんでもいう事を聞いてしまいそうだと思った。
途中まで送ったところで彼女はここでいい、と私達に手を振り去っていった。
その時にはもう彼女に笑顔が戻っていて私もテツヤ君もそんな彼女を見てほっと一息ついた。
「やっぱり名前さんって人たらしじゃないですか」
「...桃、さつきちゃんが大人だっただけだよ」
テツヤ君は私の手を握る。
「...もう少しだけ、ボールを触りたくなりました。
付き合ってもらえますか?」
「うん、いいよ。お母さんにテツヤ君といるから遅くなるって連絡いれておくね」
携帯を取り出し母にメールを送信した。
すぐにまた携帯を鞄にしまいさっきのコートでいい?と訊ねると彼は頷いた。
「さっきのメール、誤解されてしまうかもしれませんね。名前さんのお母さんに」
「え、なにを」
すぐにまた携帯の着信音が鳴った。
メールの着信音だったので多分母から返信が来たのだろうと思い再び携帯を取り出し内容を確認すると彼の言っていた言葉の意味を理解した。
『仲がいいのは分かってるけどほどほどに、お父さんにはバレないように気を付けてあげてね』
私はそのメールにそれ以上返事をする事は出来ずに携帯をしまった。
「まぁ僕は別にいいですけど。
昔約束しましたしね、名前さんのお母さんに」
「約束...ってなに、を?」
彼は私と向き合って私の額にキスをした。
「貴方のお婿さんになる、って」
「...小学1年生の頃した約束なんて...」
あんな子供の口約束を母は覚えているのだろうか。
でも今も昔も母はテツヤ君の事が好きで可愛がっているということは分かる。
「あの日のこと、名前さんもしっかり覚えてくれているようで、嬉しいです...」
そして今度は唇にキスをして、彼は柔らかく笑う。
「名前さんのお母さんを見ると貴方も歳を重ねるとあんな風になるのかなと考えます。
素敵な人だなって、子供の頃から思っていました」
「...それはお母さんに言ってあげてよ。
多分喜ぶから」
確かに今の母は綺麗な年齢の重ね方をしていると思う。
自分で言うのもなんだが手のかかるような子供でもなかったこともあったおかげか理不尽に怒られたこともない。
何かを強要されたことも、何かを否定されたことも。
将来もし結婚して子を授かることになったらこんな母になりたいと願ったこともある。
それを考えた時のことをしっかりと覚えてはいない。
でもそんな未来を想像した時、想像の中で私の隣にいたのはきっとテツヤ君だったのではないかと、今思った。
コートに着き、真剣な顔をしてボールをつく彼。
そんな彼の顔に昔の彼を、まだ子供だった頃の彼を思い出した。
いつか彼は親になって子供とバスケットボールを奪い合う日が来るのだろうか。
「...いつかテツヤ君の子供とみんなでバスケ出来たらいいね」
「え...」
口に出すつもりなんてなかったのに、無意識だった。
そんな私の言葉を聞いた彼はボールがすっぽ抜けてしまいボールは数回跳ねた後、ころころと私の足元へと転がって靴にあたって止まった。
「...ごめん、今の忘れて」
私はその場にしゃがんで膝に顔を埋めた。
なんて事を言ってしまったんだといくら後悔したって時を巻き戻すことなんて出来はしない。
そんな私に近付いて彼はしゃがんで頭を撫でた。
「嫌です、絶対に忘れません。
だって、名前さんは僕との未来を思い浮かべて言ってくれたんですから」
彼は私の顔に手を添え私の顔を上げさせた。
「...僕も、そんな未来が訪れる日を楽しみにしています」
きっと顔は赤く染まっているのだろう。
そして明るくライトで照らされたコートではそんなことは彼にバレてしまってしまっているだろう。
「だからよそ見なんてしないで僕の事見ていてくださいね」
よそ見なんて、もう認めるしかない。
私は子供の頃からずっと彼しか見えていなかったのだということを。
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