あともう一歩

静かにじっとしているのに怖いくらいの闘志。
それがベンチにいる私にまで伝わった。
どちらも微塵も油断なんてものはなく、常に全力で。
どちらが勝ってもおかしくない。
力は拮抗していたと思う。
テツヤ君は必死で訓練して習得した新しいドライブを披露して宣言通り彼を破った。
試合自体は引き分けとはっきり決着をつけることは出来ない結果に終わってしまったけれど皆の顔に後悔はない。
だってみんなが本気で戦って出た結果だから。
悔いなんて残らない程みんなが全力を出した試合だったから。
唯一苦い顔をしていた木吉先輩を責める人なんて当然いない、そんなみんなのおかげで木吉先輩の表情も和らいだ。
その時の木吉先輩を見て普段は穏やかで優しい人だけれどテツヤ君や火神君に負けないくらい勝利への執念が強い人なんだなという事を知った。




「明日も試合なのに、名前ちゃんも真面目ね」

「いえ、私は選手でもないし試合の間は応援しかしていませんから...何かしていないと体が落ち着かなくなってしまって」

試合の後私はテツヤ君達と別れリコ先輩のお父さんのジムにいた。
入部してからずっと続けていたマッサージの練習の為に。

「まぁ言いたいことはわかるわ。
私もどれだけ練習メニューを考えて攻撃パターンを考えたって...それを実行するのは選手のみんなだから。
必死で挑んでどんなに苦しむみんなを見たって最後は頑張れって祈ることしか出来ないんだもの」

リコ先輩はそう言って目を伏せた。
私からすればそれは十分凄いことなのだけれど。
それに今回彼女は設立2年目バスケ部をカントクとしてここまで導いたのだ。
きっと今年の冬にはもっと注目を集めることになるだろう。
彼女の感じるプレッシャーはより強いものになっていくと思う。

「リコ先輩、私リコ先輩がカントクを務める誠凛のバスケ部に入って本当に良かったって思ってます」

「えっ、どうしたの?あらためてそんな...」

彼女は私の言葉に驚きの顔を見せた。

「多分それはみんなも思ってると思います。
私はリコ先輩のような知識や能力を持っていないから本当に雑用のような事しか出来ないけれど、でもみんなそれを感謝してくれて対等に接してくれて、みんな良い人ばかりだけれどでもそんな部の空気を作ったのはリコ先輩だと思うから」

初めて会った時から明朗快活で魅力的な人だと思っていた。

「それにこのマッサージも、マネージャーをやめた後もきっと役に立つ技術だと思うんです。
こうしてリコ先輩に教えてもらったもの全部忘れずにこれからもずっと生きていきたいなって、そう思ってます」

そこまで言い終えたところでリコ先輩は目に涙を滲ませた。

「っ、もうっ!まるでもう引退するみたいな言い方!なんでそんな嬉しいこと言っちゃうの!?
まだ今年の試合だってこれから、なのに!」

リコ先輩はそう言って私に抱きついた。
彼女の言うことはもっともだと思う。
でもこうして2人きりになったのが久しぶりなせいだろうか。
なんとなく言いたくなったのだ。
時の流れと共に忘れてしまい伝えられなかったと後悔することが沢山あることを知っているから。
それならそうなってしまう前に今感じていることを伝えたいと。

「分かってます、リコ先輩は3年冬まで引退しないってこと」

「...それって来年もWC出場する前提ってこと?
ほんと名前ちゃんって、見た目は大人しそうなのに言うことは大胆っていうか...そういうところは黒子君にそっくりなんだから...」

彼女は手の甲で涙を拭いそう言って呆れたように笑った。

「勿論です。
だってみんな凄く強いです、リコ先輩のチームなんですから。今年も来年も優勝します」

「そのつもりでやってきたとはいえ...日向君達が聞いたらどんな顔をするかしらね?」

でもそんな事を言ってくれる名前ちゃんが好きだと彼女は笑ってくれた。

そんな話をした後、ジムに顔を出してくれたリコ先輩のお父さんの景虎さんに彼女に習ったマッサージをさせてもらい2人から太鼓判をもらった。

2人にしっかりとお礼を言って帰ろうとした時景虎さんもリコ先輩ももう遅いから送っていくと言ってくれたけれど私はそれを体調に断りジムの入り口の方を指差した。

2人が振り返るとそこにはテツヤ君がいてどうも、と頭を下げた。
彼は私を迎えにきてくれたのだ。
彼は少し前から来ていたのだけれど私が真剣にテストに挑んでいるのを見て静かに見守ってくれていたのだ。
でもそれに気付いていたのは私だけだったようで2人はテツヤ君を認識して驚きの声をあげた。
これももういつもの光景だ。

2人にお礼を言って彼と家までの道を歩いた。
取り留めのない話をしながら、寒い夜道を。

「あともう一歩だね」

「はい、絶対に勝って、WCへ出場します」

全力で応援しているから、そう気持ちを込めて彼の手を握った。


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