「テツヤ君、おいで」
一晩開けて朝食を食べる為に顔を出したテツヤ君を捕まえ私とリコ先輩が泊まった部屋に連れ込んだ。
リコ先輩は当然起きていて少し電話してくると言って彼と入れ替わる形で部屋を出ていった。
きっと電話の相手は景虎さんだろう。
私はまだ眠そうな顔をしている彼を洗面台の前に連れて行き髪を濡らすよう指示した。
彼は素直に従って髪を濡らしたのでその後髪を拭いてドライヤーで乾かし寝癖を直してあげた。
どうせこの後ハードな合宿が始まるのだから必要ないといえばないのかもしれないけれど気になってしまったので呼び止めてしまったのだ。
「テツヤ君ってしっかりしてる筈なのに時々抜けてるとこあるよね。
大人になった時困る筈だからこれくらい習慣付けた方がいいと思うよ」
「でもその時は名前さんがいるから大丈夫ですよきっと」
テツヤ君はまだ眠いのか目を擦りながらそう言った。
彼の想定する未来に当たり前のように私がいるということが嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が緩んでだらしない表情になってしまっている。
鏡越しに目が合った彼はすぐそれに気付いて振り返りキスをした。
「その代わり夜寝る時は腕枕してあげますから」
「...もう...ほら、寝癖も直ったし朝ごはん食べに行こう」
恥じらいもなくそんなことを言ってのけるのだから本当にタチが悪い。
私は彼の背中を押し部屋を出た。
「いってきますのキスもします」
「...テツヤ君まだ寝ぼけてるでしょ...」
ふわふわとした表情で振り返ってそんな事を言いながら歩く彼は部屋の柱にぶつかった。
すぐ後ろに私がいたので支えることは出来たけれどまだ彼はふにゃふにゃとしただらしない顔をしている。
「勿論こうして抱きしめてからです」
「..あーうん、楽しみにしてる」
そんな話をしながら2人で部屋から出た。
リコ先輩から今から合宿を行うということを聞かされた部員達は狼狽えながらもわりとあっさりとそれを受け入れた。
もうリコ先輩の突然の提案には慣れているのかもしれない。
体育館に移動するとそこには既に景虎さんが着ていた。
入部した時と同じように服を脱ぎ、身体をチェックされていた。
景虎さんが言う通りみんな前よりがっしりとしたように思う。
テツヤ君の事はやっぱり直視することができなかったので分からないのだけれど景虎さんが何か指摘することもなかったのできっと成長しているのだろう。
「名前さんは知ってたんですか?」
宿の休憩室で今日の記録を付けていると一日みっちりとトレーニングしてお風呂を済ませたテツヤ君がふらつきながら私の元にやってきて隣に座り肩に寄りかかった。
「あ、うん。ごめんね、秘密って言われてたから」
よしよしと頭を撫でると彼は目を閉じて顎を肩に乗せ私に顔を寄せた。
私はそんな彼の口元を手で覆った。
「なんれれすか」
「...言わなくても分かってるでしょ」
私がそう言うと不貞腐れた顔をして私から離れた。
「名前さんが教えておいてくれたらここに来る前にもっと充電しておいたんです」
「...そんなこと言っても昨日もしたじゃない」
あんなんじゃ足りませんとテツヤ君はご立腹だ。
とは言っても普段とそう変わらない筈なのに、やはり疲れているのかなと思い彼を見ればまた顔を近付けてきたので今度は記録をつけていたノートで防いだ。
「...せめて貴方の手にしてください」
「なら少し落ち着いてよ...」
ため息を一つついて彼と向き合った。
「どうしたの?やっぱり疲れちゃった?」
「そりゃあ疲れてはいます。でもそういうことじゃなくて...」
彼はわからないのか?という顔をしているように見えた。
残念ながら私には彼がただ甘えているだけにしか見えていない。
全然わかりませんという顔で彼を見つめ返すと苦虫を噛んだかのような顔をした。
普段はあれだけ無表情だというのに最近の彼は子供の頃のように表情豊になった。
「......昨日は桃井さんと随分仲良くなさったようですね」
「仲良く...いやまぁ、確かになんかやたらとスキンシップが増えたなぁとは思うけど...」
昨日はなかなかに刺激的と言える体験をさせてもらった。
多分あんなことは人生で一度あるかないかだと思う。
そして分かってはいたことだけれど改めてさつきちゃんは大変発育が良く羨ましくなったくらいだ。
多分身長も10cm近く高い気がする。
「...眼福でしたよ、ほんと、さつきちゃん...」
「桃井さんのそんな話が聞きたいんじゃないんです。
それに僕は貴方の身体以外興味ありませんよ!」
あんな女の子に迫られたら大抵の男の子はイチコロだろうなと考えながらそう呟けば彼から返ってきた言葉に言葉が引っ込んでしまう。
本当に突然何を言いだすのだと恥ずかしくなって彼を睨んでしまった。
「名前さんも興味を持つのは僕の身体だけにしてほしいです」
「いやそんな私がさつきちゃんの身体を変な目で見てたみたいに言わないでよ」
不名誉だと訴えるも彼には聞こえていないようで小さな声だ何かをぶつぶつと呟いていた。
「昨日の話、やっぱりきちんと約束してください」
「...昨日って?」
なんの話だろうかと記憶を辿る。
簡単に思い当たる節にあたって背中に冷や汗が伝った。
「WCが終わったら僕とも一緒にお風呂に入ってほしいです」
「ええ...いや、あの、それとは、いや、さつきちゃんと入るのとは全然話が変わってくるというか...」
過去彼のお願いには大抵聞いてきたけれどこれほど困惑するお願いは始めてだ。
そりゃあ付き合っていればそのくらいしてもおかしくはないのかもしれないけれど私達はまだ肌を見せ合うその段階まで進んでいるわけでもないというのに。
「...じゃあわかりました、優勝出来たら、ということでどうでしょうか」
「どうって、...いや、あの、そういう事ってそんな風に決めるもんじゃないと思うし...」
というより何よりなにかよっぽど大きな力が働かない限り優勝する筈なのだ、誠凛高校は。
つまりそれを私が受けるということは賭でもなんでもなく承諾したのと同じことになるのだ。
さすがに易々と受け入れられない。
「...テツヤ君、悪いけどその話やっぱり保留にしてほしい。
本当に、必ずちゃんと話し合って考えるから。
今はWCに集中してて...」
「......分かり、ました...でもなら貴方も僕を惑わすようなことは程々にしてください」
彼は私のお願いを承諾してはくれたもののその物言いには不満が感じられた。
我慢をしていると以前はっきりと言われてしまったことがある。
こんな事を言えないけれどこれならまだそういう事をしたいと言われた方がマシにさえ思う。
「...分かった」
結局それに答えは出ず私は腑に落ちないまま彼の言葉に首を縦に振った。
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