「さつきちゃん買ってくるから席取っててもらってもいい?何飲む?」
「あ、うん、じゃあミルクティーお願いします」
さつきちゃんの希望を聞いてレジでミルクティーを二つ注文した。
それを受け取り彼女の待つ席へと戻ると彼女はありがとうと笑顔で言って財布からお金を出そうとしたけれどそれを止めた。
お小遣いを貰っている立場の間は奢り奢られは極力無しにしようと思っているけれど私の行きたい店に彼女を連れてきたのだから今日はいいだろう、と判断したからだ。
「ごめんね、ありがとう。いただきます」
彼女は温かいミルクティーに砂糖を入れ一口飲んだ。
12月も後半、外は寒かったから彼女の頬は外気に晒されて少し青白くなっていたけれど暖房の聞いたカフェでそれを飲んだことで徐々に血色がよくなっていくのを見てホッとつつ私もミルクティーを飲んだ。
「テツ君、凄く頑張ってるみたいだね」
「うん。...本当に昔から頑張り屋さんで...寧ろ頑張り過ぎて、時々心配になるの」
中学時代のテツヤ君を知っている彼女には私の気持ちが分からなくもないようで私の言葉にそうだね、と相槌を打った。
「誠凛が優勝するの、私も信じて願ってる。
大ちゃんも絶対に口には出さないけどそれを信じてると思う」
さつきちゃんにとって青峰君は幼馴染。
詳細は知らないけれど多分私とテツヤ君と同じように子供の頃はずっと一緒だったんだと思う。
彼と直接話したことは殆どないけれど彼がさつきちゃんを大切に思っているのはなんとなく伝わってくるから。
もしかしたら私とテツヤ君以上の絆が2人にはあるのかもしれない。
気心が知れた、なんでも話せる、そんな...。
「名前ちゃん?どうしたの?」
少し自分の世界に入ってしまっていた私の名をさつきちゃんは心配そうな顔をして呼んだ。
冬の寒さがそうさせたのだろうか、私は少し気弱になっている気がする。
「...さつきちゃんは青峰君に隠し事、というか話せないことって、ある?」
「え?そりゃあ沢山あるよ!大ちゃんは男の子だしデリカシーないから知られたら何言われるかわかんないもん!」
彼女の言う事はもっともなことだった。
性別が違えばお互い話せない、話すべきではないことなんて歳を重ねる度に増えていくだろう。
でも私がテツヤ君に秘密にしていることとそれは少し話が違う。
「さつきちゃん、私ね、...多分、一生テツヤ君に秘密にしておこうって秘密が一つあるの。
それはさつきちゃんが言っているような事じゃなくて...もっと、もっとおっきな秘密...」
「...それって、テツ君に関係すること?」
私は彼女の問いに頷いた。
「...そっか...でも、多分名前ちゃんの言えないことって本当はテツ君の事好きじゃないとかテツ君に酷い事を考えてるとか、そういうことじゃないんでしょう?」
さつきちゃんは優しい目をして私を見つめた。
私が頷くと彼女は笑って話を続ける。
「ならいいと思うな、言えない秘密くらいあっても。
それにね、これは私の想像でしかないんだけど
名前ちゃんが泣きそうになるくらい言えない秘密があるってこと、多分テツ君気付いてるんじゃないかなって」
「...え...」
さつきちゃんの言葉に私はまばたきを繰り返した。
「あんまり会えない私から見てもテツ君って名前ちゃんのこと好きで好きで仕方ないって、それが見て分かるんだよね。
それがただ表面上の感情だけじゃなくて、ずっと奥の方まで名前ちゃんのことを想っていて、だから名前ちゃんに何か悩みがあるとか秘密にしてることとか、それが何かまでは分からなくたって気付いてるんじゃないかなって...」
さつきちゃんはそう言ってカップに口を付けた。
「それに気付いた上でテツ君が何も言わないのって秘密なんてあったって関係なく名前ちゃんの事が好きだって、気持ちは変わらないから無理に聞くこともしないって、そういうことなんだと思う」
テツヤ君にしたって他のみんなにしても、今話をしているさつきちゃんもどうしてこんなに人の機微を感じたることが出来るのだろうか。
本当に私は彼に相応しいのだろうか。
何度も考えたことだ。
私の気持ちはともかく彼の感情まで私が決めつけてしまうのは失礼だと。
そう答えを出した筈なのに。
「...私、テツヤ君のこと、大好きなの」
こんな事を彼女に言うのはおかしい筈なのに。
「うん、知ってる。テツ君もちゃんと知ってると思うよ」
彼女に認めてもらいたくて口にしたような言葉。
彼は私を時々ずるいと言う。
それはきっと正しいのだ。
誰かに認めてもらえないと、許してもらえないと立っていられない。
私よりずっと子供な筈の彼女に、彼に。
「もしもどうしても黙っているのが辛くなったら私が聞くよ。
テツ君にも誰にも言わない、内緒にしてあげるから」
彼と想いが通じ合った日覚悟を決めた筈なのに。
今この人生を生きると。
私はまだテツヤ君と同じ舞台に上がれていなかったのだと今気が付いた。
カップを手に持ちそれを一気に飲み干した。
ミルクティーは既に冷めてしまっていてた。
「ありがとう、さつきちゃん」
弱気になってしまった心に彼女の言葉は、笑顔はあったかくて私の心を暖めてくれた。
「私こんなだから、また本当にさつきちゃんに頼って甘えちゃうかもしれない」
「ふふっ、いいよ!私は名前ちゃんに甘えてもらえるの大歓迎!
勿論テツ君も、ね?」
さつきちゃんは私の後ろの方を見てそう言った。
「はい、というか1番に頼るのは僕であってくれないと寂しいです」
振り返るとそこにはテツヤ君が立っていて。
「...いつからいたの?」
「僕のこと大好きだって話をしていた時からです。...というかそれは僕に直接言ってほしいんですけどね、本当に」
さつきちゃんは飲み終えたカップをお盆に乗せて返却口へと持っていった。
そして戻ってくるとそのまま上着を羽織りバッグを手に持った。
「今日は会えて嬉しかったよ。ミルクティーもご馳走様。テツ君達も終わったみたいだし帰ろっか」
「...私の方こそ...ありがとう、さつきちゃん」
私も立ち上がり彼女にお礼を言うと先に店を出ていってしまった。
店の外には青峰君が待っていて欠伸をしていた。
今夜彼は眠れるのだろうかと考えている時に目が合って、お辞儀をすれば彼は片手を上げ挨拶を返しさつきちゃんと帰っていった。
「僕たちも帰りましょう」
「...うん」
彼は私のコートを広げ私に着せてくれた。
帰り道色々話をしたけれど彼はさっきの話題には触れてこなかった。
私はどこまでも優しい世界にいるのだと、改めてそれを自覚した。
多分私が今生きている人生に今だに実感が持てないでいるのは彼が物語の主人公だからというわけではなく、あまりにも私にとって居心地がいいからなのかもしれないと、その日知った。
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