「痛い」
「どこか怪我をなさったんですか?」
「...違う」
隣の席から痛い程突き刺さる視線、最近いつもそうだ。
最初は気のせいかと思っていた。
でも視線を感じる度に彼の方を振り向くと必ず目が合う。
最初は優しくどうしたのかと訊ねていたけれどいつもまともな返事が返ってきたことはない。
そしてそれは今日も同じ、
私が何を言いたいかなんて分かっている癖に、そう思って彼を睨みつけたけれど彼はいつもと変わらず涼しい顔でこちらを見ている。
「...なんか私に恨みでもあるの?」
「いいえ、まさか」
なにか心当たりでもあるのですか、と言いたげな顔でこちらを見つめる彼にため息をついて席を立った。
「どちらに行かれるんですか?」
「...黒子君がいないところ」
はっきりと彼を拒絶する言葉を投げると彼は首を傾げた。
どうして、と言いたげな顔でこちらを見つめる彼に顔が引き攣ってしまう。
「嫌です。僕名字さんがいないと寂しいです」
彼はそう言って私の手を握った。
物心ついてから異性と手を繋いだのなんてどれだけ久しぶりだろうか、と思いながらその手を振り解こうとしたけれどそれは叶わない。
こんな華奢な彼のどこにそんな力があるのかと疑問に思いながらも私は彼との力勝負に負け全てを諦め再び席に着いた。
嬉しそうな顔で私を見つめる彼の表情が憎らしい。
「初めて手を繋ぎましたね」
「...何言ってんの?」
彼の言葉に背筋がゾクっとし再び繋がれたままの手を解こうとしたけれど当然彼はそれを許さない。
「そんなに僕と手を繋ぐの嫌ですか?」
どうして彼は捨てられた子犬のような目をしてそんなことを言えるのだろうか。
何もかもがわからないことだらけで頭が痛くなってきた。
「高校生にもなって付き合ってもいない男女が手を繋ぐなんて普通はしないの」
それくらい考えればわかるだろうと視線で訴えたけれど彼は困った顔を見せるもののまだ手を離す気配はない。
「それでしたら話は簡単です。
名字さんが僕の彼女になってくれたらいいんですよ」
「...何言ってんの?」
彼はキラキラと目を輝かせて私を見つめた。
彼のこんな顔初めて見たかもしれない。
その顔を見て案外可愛いだなんて思ってしまった自分に腹が立つ。
冷静に考えろ、私の手を握るこの男はどう考えてもまともではない。
ちょっと顔が可愛くて声が良くても変な男に違いないのだ。
そんなことで惑わされてはいけない。
「僕の顔、好みではありませんか?」
まるでさとりかなにかのようだと思った。
まるで今私が考えていた事を読み取ったかのような事を口にした彼に恐怖を覚え鳥肌が立った。
「それ以前の問題でしょ!なんで急にそんなに話が飛躍すんの?!」
「急ではないです。僕は前から名字さんのことが好きでしたから」
だからつい目で追ってしまって...と彼ははにかんで見せた。
先程一瞬でも可愛いと思ってしまった彼の顔は今は恐ろしくて仕方ない。
一体どうしたら彼から解放されるだろうかと必死で考えに考え抜いて出した答え。
「ごめん、私筋肉質な人がすきだから。二の腕とかがっちりしてる感じの。
だから黒子君は好みじゃないのほんとごめんね!」
「...そうですか...でも僕こう見えて案外筋肉質な方ですよ、腕はとくに」
そんな事を自信満々で言う彼に嘘をつくなと内心ツッコミをいれた。
言葉に出さなかったのは逆上でもされれば彼に何をされるか分からないと恐怖したからだ。
情けないと思われるかもしれないけれど自衛は大事だと思う、うん。
「信じていませんね。わかりました、ちょっと着いて来てください」
彼は不満そうな顔をしてそう言って席を立ち半ば強引に私も立たせぐいぐいと手を引っ張り教室を出た。
「えっ、なんなの黒子君!どこに行くっての?!」
「バスケ部の部室です。いいから黙って着いてきてください」
もうすぐ午後の授業も始まるというのに、彼は私の言葉なんてお構いなしにどんどん進んでいく。
私はよろけそうになりながらも必死で彼に着いて行った。
手さえ振り解けたら今すぐ逃げるというのに。
「着きました、どうぞ」
部室の入り口にはバスケ部の看板がついていた。
そういえば彼はバスケ部に所属していたのだということを今ようやく思い出した。
なかなか部室に入ろうとしない私にいきなり襲ったりしませんからと言って強引に部室に私を押し込み彼は通せんぼするかのように先程入った扉の前に立った。
安心など出来るはずが無い、今日の彼は私に恐怖を植え付けまくりだ。
「あまり見つめないでください、さすがの僕でも少し照れます」
赤く頬を染める彼とは対照的に私は青くなった。
彼は自身のシャツのボタンに手をかけ一つずつ外していく。
「いやいやいや!何してんの!?」
彼の行動に困惑し素早く後退りした。
最も彼はそんな私を気に止める気配はない。
「先程も言いましたが今いきなり貴方を抱こうだなんて考えていませんから安心してください。
先程言ったことを証明しようとしているだけです。」
彼の物言いにそれは今はせずともいずれ抱くと、そう宣言されているような気がしたのは私の気のせいなのだろうか。
彼はワイシャツを脱ぎ中に着ていたTシャツも脱ぎ上半身裸になった。
彼の奇行が恐ろしく思うのは私が異常なのだろうか。
今すぐ逃げだしたいと思うのに体が言うことをきかない。
そんな私を気にする様子もなく彼はずんずん私に近付いて壁まで追い詰め私の顔の横に両手を付いた。
先程より近い距離で私を見下ろす彼に喉がひゅっと鳴った。
彼はやっぱりそんな私を気にする様子もなくこちらを見つめている。
「高校に入ってから結構がっしりしたと思うのですが、僕の二の腕、駄目でしょうか?」
「は、え、ああ、...」
苦し紛れに言ってしまった言葉、なぜあんな事を言ったのかと後悔しつつこのまま無視をしたところでもし怒らせてしまっては本当に何をされるか分からないと思いそろりと私の顔のすぐ側にある彼の二の腕に視線を向けた。
確かに彼の言う通り制服の上からでは分からなかったけれどその腕はがっちりとしていた。
彼がバスケをしていることもあるからだろうか。
胸板も思っていたより意外とあった。
お腹はぺったんこで腹筋が割れていたりはしなかったけれど。
それでも思ったよりも男の人の身体をしていたことに驚いてしまった。
「まだ高校生活で2年以上はバスケに本気で取り組みますから、きっとまだ成長しますよ」
本当に、本当に気付きたくなかった。
でも自覚してしまったのだ、彼の顔を至近距離で見て、気付いてしまった。
「だから最初はお試しという形でもいいです。
僕の彼女になってくれませんか?」
彼は私の好みの顔をしている、と。
「大丈夫です、必ず僕の事本気で好きにさせてみますから」
どう考えても変な、ヤバい奴なのに。
「改めて申し込みます。名字さんの事好きです。僕の彼女になってください。」
逃げられないと、そう悟った。
その日私は彼氏が出来た。
人生で初めて出来た彼氏は顔をタイプだけれど頭はどこかおかしい変な男だった。
まさか10年後その男と結婚することになるなんて、その時は微塵も想像できていなかった。
end