「すみません、これ黒子君に渡してください」
「えっ、あ、あの...」
「宜しく御願いします!」
人がいない校舎裏で名も知らない女の子から紙袋を押し付けられた。中にはリボンをかけラッピングされた箱が入っていた。
せめて名前を聞こうとしたけれど紙袋から視線を戻したけれど既に目の前から女の子は消えていた。
十中八九これはバレンタインのチョコレートだろう。
なんてったって今日はバレンタイン当日なのだから。
多分さっきの女の子はテツヤ君と私が付き合っていることを知らない。
ただ私がバスケ部のマネージャーだからという理由だけで私に依頼したのだろう。
「どうしよう...」
私の経験上、というかまぁ殆ど知識の上での仮定の話でしかないけれどこういうものを付き合っている恋人から渡されて喜ぶ人は多くない。
というかテツヤ君は絶対に良い顔をしない。
でも私はこれを私に託した相手の名前はおろかまず一年生か二年生なのかすらわからない。
クラスメイトとはそれなりに話をしてはいるものの毎日殆ど部活があるのでそれ以外の人と接触する事が殆どない。
だから私の顔はそう広くないのだ。
「...中に名前の書いてあるカードでも入っているといいけど」
まさか勝手に中身を確認するなんて出来る筈もない。
その場にしゃがみこんで膝に顔を埋めてどう説明すれば彼の機嫌を損ねずにすむか、そんなことにを考えていたその時。
「どうかしましたか、名前さん」
「うわぁっ!!??」
背後から声をかけられ驚いた私はバランスを崩し尻餅をつきそうになった。
でもそれは彼に抱き止められたことで回避出来た。
「すみません、大丈夫ですか?」
「ああ...テツヤ君、ごめん......、あの、も、もう大丈夫だよ」
「...残念ですね」
私を抱き抱えたまま離そうとしない彼にそう伝えると彼は渋々私の身体から手を離し立ち上がった。
そして私に手を差し出したので彼の手を取り私も立ち上がる。
「何か悩みでもあるんですか?」
「...相変わらずテツヤ君は察しがいいよね」
もう悩んだところできっと正解なんて出ないのだろうと諦めた私は彼に先程強引に押し付けられた紙袋を見せた。
「これ、請負うつもりなんてなかったんだけどさっき強引にテツヤ君に渡してほしいって言われて...何組の誰さんなのかも私にはちょっとわからないんだけど多分バレンタインのチョコなんだと思う」
「...ああ...もしかしてその方ポニーテールの女性でしたか?」
「え、あ、うん、そう...」
彼がほんの一瞬だけ眉間にシワを寄せたあと即座に女の子の特徴を言葉にした。
彼の言う通りだった。
彼が認識しているのであればあとはどうとでもなるだろうと安心する反面彼がすぐに相手を察する程親しい間柄の女の子なのだろうかと考えると少し複雑な気持ちになった。
「...私からは、もうテツヤ君にこのあとのことどうするかお任せするしかなくて...テツヤ君きっと私からこういうの渡されるの嫌だとは分かってるんだけど...」
「いえ、...ご迷惑をおかけしました。
...さすがに今返す、ということは出来ませんので一応受け取りはしますが改めて少しお話させていただきます」
彼はそう言ってチョコレートを受け取った。
変に喧嘩などにならなくて良かったとは思うけれど彼の物言いから察するにきっとこのチョコレートの贈り主から少なからず好意を向けられているという事を彼が自覚する程度には近い距離にいる女の子なのだろう、そう考えるとやっぱり心がもやもやした。
勿論私と付き合っている以上彼があっさり心変わりする事なんてない、...と思いたいのだけれど。
「...テツヤ君、学校だよ」
「すみません、...こうして欲しいって、そんな顔をしているように見えたので...」
彼は私を抱きしめた。
私は場所の事を咎めはしたものの抵抗する事もなく寧ろ彼の背中に腕を回してしまったので彼はそれが本心ではないとすぐに悟って私の頭を撫でた。
「...ごめん、ね。ちょっとだけヤキモチ妬いちゃったの、かもしれない」
「...すみません、その、...正直それ、嬉しくて...」
彼はそう言って私にキスをした。
突然の事で目を瞑ることも出来ず唇が離れた後至近距離で彼と目が合うと恥ずかしくなって顔に熱が集まった。
「て、テツヤ間の事疑ってるとか、そういうんじゃないから、ね!」
「はい、分かっています。...彼女、同じ図書委員なんです。
時々話しかけられる程度には顔見知りで、すぐにこれの贈り主が彼女だと気が付いたのはさっき名前さんに声をかける前に走ってきた彼女とぶつかりそうになったから、それだけです」
やましい事があるわけではないので安心してと言って彼はもう一度私にキスをしたけれど正直それを聞いて更に複雑な気持ちになってしまった。
話をした事もないから勇気が出ずにマネージャーである私に渡しただけなのであれば義理という可能性も少しはあった。
でももうこうなるとこのチョコはほぼ間違いなく本命チョコで、そんなチョコを付き合っている彼に自ら渡してしまったのだという事実に私の心はますます複雑なことになってしまった。
「ところで、名前さんからのチョコ、まだいただいていないのですが...」
「あ...うん、あの、温かくして食べた方が美味しいものだから家にあって...今日帰ったらうちに来てくれる?」
「はい、勿論。楽しみにしています」
私は彼の隣の家に生まれていなければ彼に好きになってもらえたのだろうか?
圧倒的に環境に恵まれていたのだと思う。
子供の頃から見ていたからこそ彼の良いところを沢山知っている。
寧ろもっとモテても不思議ではないと思うくらい、いや、もう既に彼を好きな女の子は他にも沢山いて、みんなそれを心に秘めているだけなのかもしれないけれど。
「実は僕も用意してあるんです。
去年、喜んでもらえたのが嬉しかったので」
「え、そ、そうなの?」
「はい、僕も家に帰ってから2人きりの時にお渡ししますね」
彼はそう言って額にキスをした。
私はそんな彼の肩に顔を埋めて想像した。
自分以外の女の子が、例えばさっきの女の子やさつきちゃんが今私が彼にされているようなことを、と。
少し想像してやっぱり無理だと思ってそんなことを考えてしまった自分を誤魔化すよう彼の事を力いっぱい抱きしめた。
「すみません、嬉しいんですけどちょっと苦しいです」
そんな事を言いながらも無理に引き剥がされたりしないのは私が彼にとって特別な存在だからだと考えるとそれは本当に嬉しくて。
「...今日、...お母さん達ちょっと遅くなるみたい、で...その、9時、くらいまでだから...多分2時間もないんだけど...」
「...そ、う...なんですね...帰ってシャワーを浴びたら、すぐにお邪魔します、ね」
「......うん」
安直な考えかもしれないけれど、私は彼にもっと触れたくなって。
気付けばそんな言葉を口にしていた。
彼はそんな私を揶揄うような真似はせずにそう返事をした。
もっともそれでも自ら彼を誘ったという事実は消えないのだけれど。
「子供の頃からずっとですけれど、先月の誕生日といいいつも僕ばかり名前さんから色んなものをいただいていますね...」
彼は分かっていない、確かに焼けるだけの世話は焼いている。
でもそんなのは特別なことではない。
人お付き合う上での気遣いや配慮、それに近い物でしかない。
もっと本質的なもの、それを与えられているのは私の方だ。
「私はもうテツヤ君のだからいいの。
それに私の方がいっぱい貰ってるから...」
きっと貴方がいなければこんなに楽しい毎日はなかったはずだから。
貴方がいなければ出会えなかった友だちだって。
全部貴方がくれた幸福ばかり。
「...名前さんは本当に時々凄い事言いますね...今すぐにでも貴方を抱きたくなったじゃないですか...」
「...ごめん、私多分、同じこと考えちゃったのかも」
そう口にすれば彼は私の肩を押して引き剥がした。
顔を背けて片手で顔を覆い私から視線を外す。
「すみません、本当に、本当にヤバいので...」
そしてその場に膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。
私も同じようにしゃがんで彼の顔を盗み見ようとしたけれどそれより先に彼が今立てなくなった理由に気付いてしまい慌てて立ち上がり背を向けた。
「...テツヤ君...その、本当に、ごめんなさい...」
「...いえ、僕に余裕が無さすぎるだけなので...」
今貴方はどんな顔をしているのだろう。
耳まで赤くなった彼はきっと今私のことで頭がいっぱいで。
なんて幸福な日々。
きっとこんなに私を好きになってくれる人なんてもう一生現れないだろう。
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