真っ白な誘惑

「型抜きの方が楽だけど見た目が可愛いから絞りだしクッキーにしようかなって」

「はい、いいと思います」

彼女と約束した土曜日、今日は名前さんのお母さんに渡すホワイトデー用のクッキーを作る日だ。
まだホワイトデーまでまだ時間はあるけれど都合よくどちらかの家族が揃って家を空ける日がそうそうあるわけではないので彼女の両親が泊まりで外出するこの日に用意しようと計画を立てた。
一緒に買い出しにいこうと思っていたのだけれど既に彼女が材料を揃えていてくれたようで早速調理に取り掛かることになった。

分量や混ぜる順番など全て彼女が紙に書き出しておいてくれたので仮に僕が一人でも作れそうだ。
でもこんなことを言ってはなんだけれど今日はなかなか作業に集中出来そうにない。

「バター柔らかくしておいたからこれクリーム状になるまでかき混ぜてくれる?」

「は、はい」

バターの入ったボウルと泡立て器を受け取った。
彼女の言う通りバターは既に柔らかくなっており泡立て器を押し込めば簡単に変形した。

彼女は続けて他の材料の用意をしようとしたけれどどうせなら僕がやった方がいいねと言って先にオーブンの準備をしていた。

「(かわいい)」

約束通り真っ白なフリルでいっぱいのエプロンを着けてくれた彼女、なんというか想像していた以上にこうクるものがある、なんて考えた僕はむっつりなのだろうか。

「テツヤ君?」

「あ、す、すみません」

思わず見惚れてしまい手が止まってしまった僕を不思議そうな目で見た彼女に名を呼ばれ慌ててバターを泡立てた。
やがてクリーム状になったそれを見てバターがこんな風になるのを僕はその日初めて知った。

「じゃあ次はお砂糖だね」

「はい」

彼女の指示を受けながら分量を計って混ぜてを繰り返し無事クッキー生地が完成した。
絞り袋に入れクッキングシートの上にそれをにゅるりと小さな円を描くように絞り出すとよくある缶に入っているクッキーの形になった。

「こんな風に作っていたんですね」

「簡単なわりにはいい感じになるよね。
折角だしアーモンド乗せたり焼いてからチョココーティングしたりしようと思ってそれも用意してるの」

彼女はそう言って僕に材料を見せた。
僕とクッキー作りをする為に色々考えていてくれたみたいだ。
本当にいつも彼女には世話になりっぱなしだ。

「名前さんはどれが1番好きですか?」

「んーとねぇ...そうだなぁ、全部好きだけど私はシンプルなのが1番好きかな?」

「分かりました」

まだまだクッキー生地は残っているし僕達が食べる分もあるだろうと踏んで彼女の為にハート型のクッキーを作ろう、と思ったけれどいまいち綺麗なハートが描けずになんだか微妙な形になってしまった。
慣れないことをしたからだろうか、妙に恥ずかしい気持ちになってしまった。

「どうしたの?」

「いえ、...名前さん用のクッキーを作ろうと思ったのですが失敗してしまいまして」

僕が正直にそれを話せば彼女は僕の絞った歪なハート型のクッキーを見て頬を緩ませた。

「じゃあ私もテツヤ君の為に作ろうかな」

彼女は僕からクッキー生地の入った絞り袋を受け取って僕の絞ったクッキーの隣にハートを描いた。
それは僕の絞ったものとは違いとても綺麗なハートになっていた。

「お上手ですね」

「テツヤ君も何度かやればすぐに出来るよ」

彼女はそう言って僕にクッキー生地を返した。
今度こそ、と慎重に絞り出すと先程よりは綺麗なハートにすることが出来た。

鉄板に隙間がなくなったので取り敢えず今ある分を焼く事になった。
10数分で焼けてしまうらしい。

「意外とすぐ出来ちゃうんですね」

「うん、だから子供の頃は時々焼いてたんだ」

そう言われています思い返せば彼女の家に遊びに来ていた時お皿に乗ったクッキーが何度かおやつとして出てきたことがある。
まさか手作りだったなんて思いもしなかった。

「あれ名前さんの手作りだったんですか...なんで教えてくれなかったんですか?」

「ごめん、わざわざ言っちゃうとテツヤ君絶対無理して沢山食べるから。
晩御飯食べられなくなったらテツヤ君のお母さんに申し訳ないなって思って」

彼女の予想は多分当たっている。
母には悪いけれどそもそもご飯だって彼女が時々作ってくれたものの方が沢山食べられている。
でもそれ以前に。

「そんなに小さい頃から僕の好意に気付いていたのに何も気付いていないふりをしていたんですか」

「...いや、だって...あの年頃でそんな、あれ以上の関係とか考えられなくない?」

彼女の言うことは正論だし僕だってあの時はまだ子供で具体的にお付き合いすることまで望んでいたわけではないけれどなんだか僕ばかり、と考えてしまう。
先に彼女を特別だと自覚したのは僕の方だとはわかっているけれど。
今無事想いが通じ合って恋人同士になれているというのに、人間どんどん欲が出てしまうものですね。

「じゃあ僕にキスされるのどう思っていたんですか?」

「...変な癖つけちゃったからどうにかした方がいいのかなって。テツヤ君にとって黒歴史になっちゃったらどうしようかなって...」

「...酷いです」

黒歴史ってどういう意味ですかと不満を訴える視線を向けると彼女は気まずそうに笑う。
多分僕がもしも彼女以外の他の人を好きになったら、ということを想定してのことだと思うけど。
それは僕を大切に思っているからこそのことだとは分かっているけれど僕の気持ちを疑われたようであまり気分はよくない。

「僕子供の頃からずっと貴方のこと本気で好きでしたよ」

「...今はちゃんと分かってるよ...」

彼女の腰に腕を回し抱き寄せると彼女は手で顔を覆って僕から顔を隠した。
顔を覆っていた手をとり強引に退けると彼女は頬を赤く染めていた。

「...ずるいです」

彼女があまりに可愛い顔をするものだからその衝撃で先程まで抱いていた不満が一瞬で消し飛んでしまった。
たまらずキスをしようと顔を近付けると彼女はそれを拒むことなく自然と目を閉じた。
本当に可愛い。
唇が触れるか触れないかのところで停止して彼女をじっと見つめると彼女は一向にやってこない感触を不思議に思ったのかゆっくりと目を開けた。
そして僕と目が合ったところで唇を押し当て3秒程そのまま触れて離れると彼女は更に顔を赤く染めた。

「...昔のテツヤ君は可愛かったのに...」

「別に可愛いなんて思ってくれなくていいからそれでいいです」

もう一度キスをしようと顔を近付けたところでオーブンの加熱を終える音が鳴った。

「...ほら、焼けたから早く出して冷まさないと」

彼女はそう言って僕から逃げようとしたけれど僕はそのまま強引にもう一度キスをした。
その時彼女が漏らした声にぞわりとしつつも折角作ったクッキーが焦げてしまうのは勿体無いと思い彼女を解放した。

「美味しく出来ているといいですね」

「...うん」

彼女はミトンを着けてオーブンの扉を開けオーブンの中から鉄板を取り出した。
焼き上がる前からバターを使ったお菓子特有のの良い香りがしていた。
彼女が用意していてくれたレシピ通りに作ったのだから多分失敗なんてしていないと思うけれどそれでも実際に綺麗な焼き色の付いたクッキーを見てホッとした。
クッキングシートごと鉄板からお皿に移してからお湯を沸かし紅茶の準備をする彼女。
クッキーに手を近付けて熱さを確かめて。

「もう食べられるくらいには冷めたかな?」

「そうですね、赤みは引きました」

勿論それがクッキーの話だということは分かっていたけれど彼女の頬に手をあてそう言えば彼女の頬は再び赤くなった。

「...そっちは赤いままでも食べちゃうくせに」

「...そんな風に言うのでしたら本当に食べちゃいますよ」

頬にかぷりと歯をあたると彼女は更に顔を真っ赤にして僕に背を向けた。
どうしてだろう、今日の彼女はいつも以上に可愛くてつい意地悪をしたくなってしまう。

「今の僕より昔の僕の方が好きですか?」

「...どっちも好きだよ...」

彼女は僕の事をよく狡いって言うけれど彼女の方がよっぽど狡いと思う。

「ほら、食べて」

彼女は自身が絞ったハートの形のクッキーを僕の口元に運んだ。
僕は素直に口を開けそれを食べた。
まだ温かいそれは少し咀嚼しただけでほろりと溶けていく。

「名前さんもどうぞ」

今度は僕が作ったハートのクッキーを彼女の口元へと運ぶ。
僕と同じようにそれを食べ飲み込んで美味しいと言ってふにゃりと笑った。
彼女が作った綺麗なハートの形をしたクッキーと僕の作った少し歪なハートのクッキー、まるでそれは互いに向ける感情を具現化しているように見えた。

「...おやつの時間、少し後になってもいいですか?」

「...紅茶冷めちゃうよ」

彼女のエプロンの紐を手にとって引っ張ればそれは簡単にするりと解けた。

「2人っきりという状況でこんなに可愛い格好をした貴方を見てこれだけ我慢したんです。
もう十分頑張ったと思いませんか?」

彼女が逃げられないように腕の中に閉じ込めて耳元でそう囁いてそこにキスをすればもう一押し。

「おやつの前にメインをいただいてもいいですよね?」

クッキーよりも甘くて柔らかくて蕩けるような、そんな貴方を。

「...本当に可愛くなくなっちゃったんだから...」

彼女は僕の背に腕を回して唇を寄せる。

「可愛くなくなった僕も好きだって言ったじゃないですか」

そのまま深いキスをして、彼女のベッドへと向かった。
互いを求め合う行為に夢中になっている間に当然紅茶は冷たく渋くなっていく。
でもそんなことを忘れてしまうくらい僕は夢中で彼女を食べ尽くした。
本当に彼女といると不思議なくらい無限に欲が湧いてしまう。









「僕名前さんだったらいくらでも食べられる気がします」

「ばか、なんの栄養にもなってないよ、それ...」

布団の中で互いに何も纏っていない状態で抱き合って彼女の頭をなでながらそう言えば彼女は呆れたようにそう言って僕の鎖骨あたりに顔を寄せた。

「なってますよ。だってこんなに満足することって他にないですから」

「...もうこのエプロン使えないよ...」

許可はもらっていたしと調子に乗って彼女からエプロンだけ残して服を剥いだ。

「どうしてですか、すごく可愛かったのでまた着てください」

以前少し妄想したことだったけれどいざ実現するとなんだか新しい扉を開いたような、そんな気がした。
取り敢えずカントクにはまた何かお礼をしようと、そう思った。

「...やっぱり私ばっかり恥ずかしいの嫌だから今度テツヤ君も何かしてね」

「はい、いいですよ。貴方の為ならなんだってします」

彼女は僕の言葉に呆れたようにもう一度ばか、と呟いて僕の身体にぎゅっと抱き付いた。
触れる彼女の柔らかい身体が気持ちよくてまたシたくなったけれどこれ以上すると怒って明日無視されそうだと思いグッと我慢した。




(結局オーブン三回転させるくらいクッキー作りすぎちゃったしテツヤ君のお母さんとか火神君とか黄瀬君あたりにあげる?)

(...僕のお母さんはともかく火神君や黄瀬君が候補に上がるのはなんなんですか)

(火神君にはお世話になってるし黄瀬君はテツヤ君の事大好きだし丁度いいかなって...)

(...それなら僕と名前さんのお父さんにお渡しします)



end