私だけの権利

タイミングが悪すぎたのだ。
朝練を終え制服に着替える彼と一旦別れ先に教室に向かっていた。
でも体育館に忘れ物をしたことに気が付いた私は慌てて引き返した。
無事それを回収し今度こそ教室に、と歩いていた時だった。
彼が私の知らない女の子に抱き付かれているのを見たのは。
彼は抱きしめ返していたわけではないけれどその女の子の二の腕に触れていた。
その時感じた事は色々あった。
私が同じ事をされたりしたら凄く嫉妬するくせに、とか絶対怒るくせに、など。
私は頭を振って先程見た光景を頭の中から消そうとした。
でもそんなことを意識すればする程その記憶は私の頭の中でへばりついて簡単に消えてくれそうにない。
それもその筈、クラスも部活も一緒なのだ。
嫌でも彼が視界に入る。
そうなるともうどうしようもない。





「それで今日はあっさりOKがもらえたんだね。
いつも私が誘っても部活が休みだったらテツ君も着いてくることが多かったのに」

「...OKがもらえたというか、授業が終わった後何も言わずにすぐ教室飛び出して後でメール入れたの」

サイレント設定にしてある携帯を開くと彼からの着信履歴が数件表示されていた。
そしてメールも。
さつきちゃんに会ってくるとは伝えずに今日は先に帰るとしか伝えなかったから多分心配してくれているのだろうけど。

「ていうかこの状況後で黒子っちにバレたら俺がヤバい状況になるんじゃないっスか?」

「...黄瀬君が責められるようなことしてないから大丈夫だよ......多分」

さつきちゃんとの待ち合わせた場所で偶然仕事帰りの黄瀬君と鉢合わせた。
さつきちゃんは折角だからと半ば強引に彼を誘い3人で適当なお店に入ったというのが今の現状である。

「でも黄瀬君も大変だね...学校も部活もあってモデルのお仕事までなんて...」

「きーちゃんってほんと体力あるよね。
大ちゃんなんてバスケ以外はいつもめんどくさいって言ってばっかだよ」

「まぁ俺わりと器用な方だからっスかね〜」

黄瀬君は軽い口調でそう言っていたけど私なんてただのマネージャーだというのに部活を終え帰ったら疲れてすぐ寝落ちしてしまうことなんてちょくちょくあるのだから本当に凄いと思う。
まぁ黄瀬君同様にテツヤ君だってそうなのだけれど。
練習終わりにそのまま体育館で居残り練習をする日もあれば家に帰ってから自主練にまた外に出ることなんてしょっちゅうある。

「...黄瀬君ってめちゃくちゃモテるから女の子に抱きつかれたりとかしょっちゅうあるの?」

「しょっちゅう...って程ではないけどそうっスね、たまに物凄く積極的な女の子になかなかのタックルをもらう事があるっスね」

「きーちゃん中学の時そのまま押し倒されたこともあったもんね」

「ていうか桃っちは、...いや、なんでもないっス」

黄瀬君は多分、というか絶対に私に気を使ってくれたのだろう。
昔はさつきちゃんがテツヤ君に抱き付いていたという事を言葉にする事を。
私と友達になってからの彼女はもうそういうことは全くテツヤ君にしなくなっていた。
その分私にされる事が増えたのだけれど。
私は彼女の熱烈なハグを今だに未然に防げたことはない。
勿論嫌というわけではないけれど不意をつかれることが多くこちらも抱き止める準備が出来ていなくそのまま倒れ込んでしまうことも度々ある。
もしかしたらテツヤ君も同じで今日もたまたま不意をつかれただけなのだろうか、という考えが頭の中に湧いてきた。
もしそうだったとしたら勝手に疑ってヤキモチを妬いて帰ってしまったことが物凄く幼稚に思えた。

「...桃っち、さっきから俺の知り合いに凄く似てる人が窓の外にいるんスけど」

「本当だね。でも多分似てる人じゃなくて本人だと思うな」

2人のそんな話を聞いて私も窓の外を見た。
そこにいたのは紛れもなくテツヤ君で、私をじっと見た後店内へと入ってきた。

「...え、なん、で」

「桃井さんに聞きました。どうして返事をくれないんですか。...2人でお話ししたい事があるんでちょっときてください」

混乱する私を他所に彼は伝票を確認すると私の分のお金をテーブルに置き私を連れて帰ると2人に告げた。
さつきちゃんも黄瀬君もそれを笑顔で了承し強引に連れ出される私に手を振った。
美男美女でなんて絵になる2人だ、なんてわけのわからないことをこんな状況で考えているあたり私は相当混乱していたのだと思う。
手を引っ張られてずんずん歩く彼にただ着いていく時間、私も彼も何も喋らなかった。
こんなことは久しぶりかもしれない。






「まずは僕の方から謝罪します。
すみません、今日の朝練が終わって授業が始まる頃辺りから貴方の様子がおかしかったのは僕のせいですよね」

「......まぁ、うん...」

着いた先は彼の家、私室に通され2人向き合って座ると彼は前置きなどなしに早速本題に入った。
それはどんな状況でもはっきりと物が言える彼らしい。

「...本当に、きちんと説明して謝るつもりでいたんです、今日は部活も休みでしたし。
でも僕が声を掛ける間もなく飛び出していってしまったから」

「...ごめん、なさい...」

彼はそう言って私の顔に手を近づけた。
触れる瞬間びくついてしまった私に彼は一瞬手を止めたけれどそのまま優しく頬に触れた。
私おそるおそる彼の顔を見ると寂しそうな目で私を見つめる彼と目が合った。

「言い訳くらいさせてください。
黙って逃げられてしまうくらいなら怒って殴られた方がまだマシですよ」

「...殴っ、...そんなのしないよ...」

頬をすりすりと撫でられながらそんな事を言う彼。

「...でも取り敢えず今日の事を説明します。
少し勘違いされていると思いますし。
今日名前さんが見たのは女性と抱き合っているような、そんな状況を見たんですよね?」

彼の問いに頷くと彼は困ったような顔で笑う。

「...あまりこういう事を多言するの良くないことなのですが今回はそんな事を言っていられないので言いますが...実は彼女、火神君の事が好きらしくて...でも自分から話しかける勇気が出ないので僕の方から手紙を渡してくれないかと、そうお願いされまして」

「...か、がみくん...?」

「はい、例えばファンレターのようなものでしたらそのくらい僕が橋渡しをしてもよかったのですが彼女の様子を見る限り明らかに違うんだろうなと想像が出来ましたのでご自身で渡した方がいいと、そうお伝えすると僕に縋って泣きだしてしまって...正直対応に困りました」

彼は女性に優しい人だから、状況を聞けばその時の彼の心情はなんとなく想像出来た。
それにしたって火神君が好きなのに他の男の子に抱き付いて泣くだなんてどうなのか、と思ってしまうのだけれど。
まぁ多分その子はテツヤ君に彼女がいるだなんて知らなかったのだと思う。

「...テツヤ君もその子も変な気持ちがないのはわかったけど...でもテツヤ君も簡単に女の子に抱きつかれたりしないでよ」

「はい、すみません...正直そんなことになるとは思っていなくて、完全に油断していました」

みんな...と言っても一部は除いてだけれど。
優しい人と付き合うと辛い思いをすることがあるとは今回のような事態も含まれるのだろうか。

「...今度他の女の子に抱き付かれたら私も黄瀬君に頭下げてハグしてもらうから」

頭を下げたところでしてもらえるとも思えないからこんなの本気で言っているわけではないけれど。
それでもそんな分かりきった脅しを聞いた彼は顔を青くした。

「絶対に二度とおこらないようにしますからその言葉だけは取り消してください!
仮だとしても物凄く嫌な気分になりました!」

「声おっきいよ」

彼はそう言って思い切り私を抱きしめた。
そして抱きしめられた上で改めて誤解だったとはいえ他の女の子が彼の胸に...というのはやっぱり嫌だと思った。
同時に私が彼の事を言えないくらい嫉妬深いのだと気付いたこともなんだか複雑な気分だ。

「別に私だって誰かれ構わずハグしたいわけじゃないからしないけど。
...でも約束、信じるからね?」

「名前さんを抱きしめていいのは僕と名前さんのご両親と未来の僕と名前さんの子供だけですから」

今の今でこんな事を言うだなんて、と思いながらもこんな彼を見ていると怒って拗ねていた私の方が悪かったのでは、という気持ちになってくる。
そもそも普段から異様な程私を好きな彼なのだ、仮に襲いかかられたとしてもそう簡単に心変わりなんてしない筈...と思いたい。

「テツヤ君、ベッド上がって」

「えっ...あ、は、はい」

私の唐突な言葉に彼は一瞬動揺を見せながらも素直に従いベッドに登りなぜかその上で正座した。
私も続けてベッドに上がり彼を強引にベッドに押し倒した。

「っ、名前さんっ!?」

「じっとしてて」

私は隣に寝転がって彼にこちらを向くよう指示を出した。
その指示にもすぐに従った彼にぎゅっと抱き付くと彼は戸惑う様子を見せながらも抱きしめ返してくれた。

「...今日帰るまでずっとこうしてくれてたらもう今日のこと忘れてあげるし黄瀬君にも変な事頼まない」

「ずっとこうしてって...え、ずっとただこうしていることしか駄目ってことですか?」

どういう意味だと眼で彼に訴えると彼は気まずそうな顔をしてなんでもないですと言った。
私は彼の胸に首元に顔を擦り付けた。
自分でやっておいてなんだがなんだかマーキングをしているみたいに思えた。
彼が普段私によくしているみたいにそのまま彼の匂いを嗅いでみるとなんだか凄く安心してしまった。

「...テツヤ君、いい匂いだね」

「〜っそんなに怒ってるんですか?こんな...生殺しみたいな...っ!」

そう言った彼の胸に耳を近付けてみると心臓の鼓動が物凄く早くなっているのが分かった。
いつもであればこちらの言葉なんてお構いなしに飛びかかってくるのにそれを我慢しているという現状が彼が悪いと思っていて誠意を見せているのだということを物語っていた。

「...ごめん、もう何も言わないから。だからもう少しだけこうしていさせて...?」

本来リラックス出来るような心音とは真逆だったのだけれど今の私にとってはそれは居心地がよくて。

「私以外にドキドキしちゃ駄目だからね」

「っ、も、もう、わざとやってますよね?
...頭がおかしくなりそうです...」









思う存分彼の胸を独り占めした私は帰る頃にはすっかりもやもやが晴れていた。
玄関で靴を履いた私を彼は縋るような目で見て手を握る。

「...本当にこのまま帰っちゃうんですか?」

「うん、ていうかテツヤ君のお母さん達ももう帰ってくるでしょう?
私も親に遅くなるとか言ってないし」

彼は大きなため息をついてその場で再び私を抱きしめた。

「...キスはしてもいいですか?」

「...うん、いいよ」

彼の目を見てどうぞ、と目を閉じればすぐに柔らかい唇が触れた。
今日は触れるだけの優しいキス。
彼の唇が離れたところで目を開けると未だ息がかかるくらい近い距離にあった彼と目が合った。

「...テツヤ君...」

「...すみません、きちんと送りますので...もう少しだけ待ってください...」

彼は私にそう言って視線を逸らした。
もっとしたいと言われるのかと思っていたのでどうしたのだろうかとふと下を向いてそれに気がついた。

「私1人で帰れるから大丈夫だよ」

「それは僕が嫌です、すみません、もう少しだけ...!」

と言ってもここで彼のご両親と鉢合わせするのは少々気まずいと思った私は彼の肩に手を置き今度は私の方からキスをした。
目を見開いて驚く彼に私は言葉をかけた。

「...今日はずっと私のこと考えてて?」

それだけ言って足早に彼の家を出た。
ドアが閉まる直前彼が何か言っていたけれど聞こえないふりをして。
いつも私が振り回されてばかりいるのだからたまにはこんな日があってもいいだろうと自分を納得させて。
でも翌日目の下にうっすら隈が出来ている彼を見た私はやり過ぎただろうかと少し反省した。






(2人は仲直り出来たっスかね?)

(大丈夫だとは思うけどテツ君どうしてここに名前ちゃんがいるって分かったんだろうね?)

(え、黒子っち桃っちから聞いたって言ってたじゃないっスか)

(名前ちゃんとデートするとは言ったけどどこにいるかなんて話してないんだよね〜)

(えっ...)


end