付き合いはじめてからどのくらい経っただろうか。
告白は私から、正直ダメ元だった。
クラスと委員会が一緒の彼と話しをする度に自身が彼に惹かれていくのを自覚した。
教室でも貸し出しの受付当番の時も彼は基本的に本を読んでいたから最初は殆ど会話を交わすことは無かった。
私もただカウンターに座っているのは退屈だからと本を取り読もうとしたその時だった。
彼の方から私に話しかけたのは。
「その本の作者、僕凄く大好きなんです」
話しかけられたことに少し驚きながらも彼の持っていた本を見て驚いた。
今日私が探していた本を彼が持っていたからだ。
けれど見つからなかったので諦めて同じ作者の本を手に取ったのだ。
「...そうなんだ、私もね、実は黒子君が持ってる本探してたの」
「あ、そうだったんですね。すみません、こちらはまだ未読でしたので。先に読まれますか?」
まだ読んでいないというのに彼は私に先に読んでいいと言ってくれた。
「ううんいいよ、それ一度読んだことあるから。
こっちは初めて読むしね。
黒子君先に読んで。それでもしよかったら感想聞かせてよ」
私が持ってきた本を見せてそう伝えると彼は上品な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。
実は僕も名字さんのお持ちの本をよんだことがあるんです。ですので名字さんも後ほど感想を聞かせていただけたら嬉しいです」
その日から私達が話す事は増えた。
顔を合わせると挨拶もするしとくになにか用がなくとも顔を見れば話をするようになった。
彼を異性として意識するようになるまでそう時間は掛からなかった気がする。
でも仲良くなるにつれ彼がどれほど部活に打ち込んでいるのかという事を知り、私は彼とそれ以上の関係になることを望むことなんて出来なかった。
それなのに何故告白を決意したのか。
それはもうすぐ2年生になるという時期だった。
学年が上がればクラスが変わる、委員会だって一度抜けることになる。
彼が来年度も図書委員になるかは分からないし運よく同じ当番になれる可能性も高くはない。
図書委員として過ごす最後の日、そろそろ鍵を閉めましょうかと立ち上がった彼に向かって思わず言ってしまったのだ。
好き、と。たった一言。
彼と付き合い初めてから暫く経った頃初めて彼の家に招かれた。
恋人の家を訪ねるだなんて初めての事だった私はネットでマナーなどを検索しまくって彼のご家族に渡す手土産を購入し露出の少ない比較的上品な服を選んで彼の家を訪ねた。
彼に手土産を渡し部屋に上がる前ご家族に挨拶をしなくて大丈夫かと訊ねると彼から両親は留守だと聞かされ私の肩の力は一気に抜けてしまった。
そんな私を見た彼は複雑そうな笑みを浮かべた。
「僕と2人っきりだと知って緊張が解けましたか?」
「うん...だって彼氏なんて黒子君が初めてだから当たり前だけど彼氏の家にお邪魔する、なんてのも初めてなんだもん」
「...なんというか、少し複雑ですね」
彼は私を自室に通すと飲み物をとってくるので座っていてくださいと言って出て行った。
複雑とはどういう意味だったのだろうかと考えながらぐるりと彼の部屋を見渡した。
落ち着いた内装に最低限の家具。
大きなクローゼットがあるからきっと大抵のものはそこにしまっているのだろう。
座っていろと言われたけれど座れそうな場所は彼のデスクかベッドくらいで。
ベッドは1番初めに除外するとしてデスクの方の椅子に座るとなると彼が戻ってきた時どこに座るのかという問題が起こる。
なので床に座らせてもらうことにした。
フローリングではあったけれど小さな机もあったし多分彼も普段は床に座ることもあるのだと思う、そう思って。
「お待たせしました...椅子かベッドに座ってくれても良かったんですよ?」
お茶の入ったグラスを二つ、私の座った机の前に置いて彼は私の隣に腰を落とした。
別に慣れているし大丈夫だと彼に伝えるとそうですか?と言って彼はお茶を一口飲んだ。
そこからは久しぶりということもあり色々と話に華を咲かせた。
私の知らない彼の話を聞くのは楽しかったしもっと聞きたいと思っていたけれど彼の口数は時間の経過と共に少しずつ減っていく。
話をさせすぎて疲れさせてしまったのかと思ったその時だった
彼の手が私の手に触れたのは。
別に初めての事ではない。
何度か一緒に帰った日や外でデートの日はいつも手を繋いでくれたしキスだってした。
だから今更手を握ったくらいで、と思うのだけれど何故か今日は普段よりずっとドキドキしてしまっている。
理由が分からず彼の顔を見ると彼もこちらを見ていたようでばちりと視線がぶつかった。
彼の顔がどことなく普段と違っているように見えてなんだか少し怖いと思ってしまった。
「...僕が先程複雑だと言った意味...分かりますか?」
彼はそう言ってゆっくりと顔を近付け私にキスをした。
「......ごめん、その...黒子君、そういうの興味あると思ってなくて...」
考えもしなかったと彼に伝えると小さくため息をつかれてしまった。
「申し訳ありませんが普通に下心を持って今日お呼びしました」
指を絡めるように繋ぎ直された手、それにドキリと心臓が跳ねた。
途端に私をじっと見る彼の視線をなんだか照れてしまって顔に熱が集まってしまった。
「...可愛い顔してますよ、今」
そう言って彼ははもう一度キスをした。
今度はそれはすぐには終わらない、何度も角度を変えて、ドラマや映画で見るような大人のキス。
「っ、くろ、こっ、くん...っ」
「あとそろそろお互い名前で呼びませんか?名前さん...」
彼はそう言って私の事も名字ではなく名前で呼んだ。
初めて彼に名前で呼ばれたことに再びどきりとしながらも私も彼の名前を口にした。
「...テツヤ、君...」
付き合っているのであれば名前呼びなんて普通のことである筈なのに一年近く名字で呼んでいたのもあって付き合い初めてからもなんとなくタイミングを逃してしまっていたので彼の名前を呼んだのは本当に今日が初めてだ。
ただ呼び方を変えただけだというのに初めてキスをした時よりもずっと恥ずかしいと感じてしまう。
「もう一度呼んでもらえますか?」
「...テツヤ君」
彼ははい、と返事をして再びキスをして私の額に自身の額をくっつけた。
もう恥ずかしいなんて話ではないと顔を晒して両手で覆うと彼は小さく声をもらし笑った。
揶揄われたのだろうかと思っておそるおそる彼の方を見ようとするとそれより先に彼に抱きしめられてしまった。
「すみません、貴方が可愛くてつい...」
調子に乗ってすみませんでしたと言って彼は私の頭を撫でた。
彼に、というより身内以外の異性に頭を撫でられたことも初めてだったのでそれもまた私の気恥ずかしさを増幅させた。
「...いきなり取って食べたりしませんから...今日はもう少しだけ、大人のキスをしてもいいですか?」
改めて聞くということは先程以上のものを言っているのだろう。
恥ずかしいけれど別に嫌というわけではない。
それは他でもない、彼とするのであればという話で。
でも出来ればそんなことわざわざ確認なんて取らないでやってほしかった。
されること自体よりもしてもいいよと言うことの方がよっぽど恥ずかしいからだ。
「名前さん?...無理でしたらそう言っていただいて構いませんよ」
何も答えない私がそれを嫌がっていると受け取ったのか彼は優しくそう言った。
そうじゃない、と首を横に振ってどうしようかと悩んだ結果私は彼にキスをした。
でも身体が動いてから気が付いた。
こっちの方がよっぽど恥ずかしい、と。
「...分かりました」
彼はそのキスが肯定であるということを悟ってくれたようで私の手を取り立ち上がらせでベッドに座らせるとそのまま背に手を添え優しく寝かせた。
「...好きです、名前さん...」
私の上に覆い被さって再び合わされた唇。
柔らかい彼の唇が私の下唇をちゅっと小さな音を立てて吸った。
そしてその唇をぺろりと舐められて。
そのまま彼の舌が私の口内への侵入してぬるりと私の舌を舐めた。
その感触に背筋がゾクリとして身体を捻って逃げようとしたけれど彼は片手で私の腰をがっしりと掴んでそれを許さない。
彼の舌に絡め取られて吸われてゆるく歯を立てられて。
身体の中の方がぞくぞくする妙な感覚に息が上がっていく。
「っ、んっ...てつっ、や...く...んんっ...」
いい加減苦しくなって静止しようと思って彼の胸を叩き主張してみたけれど声を出そうとすれば恥ずかしい声が漏れてしまって私はそれ以上何も言えなくなってただただ彼のキスを受け入れた。
「...正直危なかったです」
「危なかった?」
夜になり駅までの道を彼に送ってもらいながら歩いている最中彼がぽつりと呟いた言葉にオウム返しをする形で答えた。
「...理性が消し飛びそうになりました」
「...ごめん、その...私が色々と経験不足なせいで...えっと、もう少しその、勉強しておくから...」
なんとも情けない話だ。
知識が全く無いわけではないけれど自分が当事者となった時のことなんて今までまともに想定して考えたことはなかったから。
多分彼は違っていて本当はもっと先の事がしたかった筈なのに私の為に我慢してくれたのだと思うから。
「いえ、正直貴方が何も知らない、なんて寧ろ嬉しいくらいなんですけど...すみません、僕も経験なんてないもので、余裕が思っていた以上に無かった、ただそれだけです」
彼はそう言って私の手を握って私の顔を見て笑みを浮かべた。
「一緒に、2人のペースで進んでいきましょう」
そう言ってくれた彼の声も表情も本当に優しくて胸がきゅんとする感覚を知った。
もう一度キスがしたくなって、でも外だから無理だと思って落ち込んだ私に彼は顔を逸らしてしまった。
「...すみません、本当に大事にしたいと思っていますが僕本当に余裕がないので...あまり煽らないでくださいね...」
彼は周りをキョロキョロと見渡してからほんの一瞬私の唇にキスをした。
「大好きです...名前さんのこと」
「...私も...」
次いつ彼と大人のキスが出来るのだろうか、と内心楽しみにしてしまっている私はきっと本心では早く彼と結ばれたいと、そう望んでいるのではなないかと。
そんな気がした。
end