「いたっ...す、すみません」
「...なんだ、またお前か」
今日は居残り練習をするテツヤ君を置いて1人で帰ることにした。
先週図書館で借りた本の返却日が迫っていたからだ。
今の人生を生きるようになってから図書館には凄くお世話になっている。
親にもらったお小遣いを減らさずに借りられる専門書や小説は娯楽としてかなり優秀で。
小さな頃から毎週のように通っているのもあり図書館の職員さんにも顔と名前を覚えられてしまった。
その帰り道のことだった、彼と遭遇したのは。
しかもまたぶつかる形での遭遇だ。
「ごめんね、青峰君。今日はさつきちゃんは一緒じゃないの?」
「んな毎日一緒にいるわけじゃねぇよ。
今日は買うもんあって、んでさつきが見たらうるせーから置いてきた」
彼の手には駅前の本屋の店名が入った茶色い紙袋を持っていた。
さつきちゃんが怒る、ということはきっと紙袋の中身はグラビア雑誌か写真集なのだろう。
「青峰君って同じ女の子の本しか買わないの?」
「あ?...さつきかテツから聞いたのか?」
「まぁ、...うん、そんなとこ...」
まずい、何か会話のとっかかりにと思って彼の興味がある話題を振ったはいいものの墓穴を掘ってしまった。
彼が私の前でグラビア雑誌や写真集を読んだことなんてないのに、知識と今の記憶を混同してしまった。
彼は少し不審な顔をして私を見たけれどそれについてそれ以上追及してくる様子は無かった。
「お前こそ今日はテツと一緒じゃねぇのか?」
「あ、うん。私は図書館に用があって、テツヤ君はまだ自主練で学校に残ってるよ」
「相変わらず変わんねぇなぁテツは」
本当に彼の雰囲気は柔らかくなったと思う。
勿論テツヤ君の誕生日会の時には既に今の彼だったのだけれど。
その時は殆ど会話をしていなかったのでこんな風に直接話をするのは初めてだ。
そんな風に思っていたその時。
「大ちゃん!!!」
「げ、さつきお前なんで俺の居場所が分かったんだよ」
さつきちゃんが青峰君の前に突然現れた。
青峰君はげんなりした顔をしていたけれど彼を纏う空気は柔らかかった。
幼馴染の2人にしかない絆が2人の間にはあるのだろう。
「えっ!なんで名前ちゃんが大ちゃんといるの!?もしかしてデートしてたの!?」
「バァカ、たまたま会っただけに決まってんだろ!つーか余計なこと言ってんじゃねぇよ。んなのテツに聞かれたらどうすんだ」
彼はそう言って青ざめた。
テツヤ君にシュートの練習に付き合ってもらった時の事を思い出しているのだろうか。
あれは本当に、うん、私の立ち回り方が悪くて練習に付き合ってくれていた青峰君には申し訳ないことをしたと思っている。
「青峰君、その...この前は本当に迷惑をかけて、ごめんなさい」
「え、なんで名前ちゃんが謝るの?」
「いや、だって...試合の後寝てない青峰君にテツヤ君の練習に付き合ってもらったのにあんなことになって...」
テツヤ君が嫉妬深いのは小学生の頃から分かってはいたけれどあれほどまでとは思っていなかった。
別に青峰君に胸を揉まれたわけでもなくぶつかっただけであんな...多分今日のことも黙っていた方がいいのだろうなと思った。
でもそれはすぐに叶わないと察した。
青峰君の後ろにいる彼、テツヤ君の姿を見て。
「青峰君」
「ん?うわああぁっっ!!??て、テツ!!お前いつの間にそこにいやがった!?」
「さっきです。桃井さんから連絡を貰いまして。丁度自主練を終わったところでしたので名前さんを迎えに来ました」
さつきちゃんは一体いつの間に、と彼女の方を見ると笑顔で私に携帯の送信済みメールが表示された画面を見せた。
[今大ちゃんと名前ちゃんと駅前でデート中だよ]
さつきちゃんはどうしてこんなメールをテツヤ君に送ってしまったのだろうか。
基本的に可愛くていい子なのだけれどたまにこういう悪戯をするのはいただけない。
というより冗談を言う相手は選んでほしい。
人から見れば明らかに冗談だと分かることでもテツヤ君はそのまま受け取ってしまう、少なくとも私の事であれば。
自分で言っていて自惚れがすぎると思うのだけれどでも多分間違っていない筈だ。
「酷いです、僕というものが有りながら名前さんはいつも桃井さんとばかりデートして...しかも今日は青峰君まで一緒だなんて」
「違うよ、それさつきちゃんの冗談だから。
青峰君にも失礼だよ、あんなにお世話になったのに」
怖い顔をする彼に駄目だよと彼の頬を両手で挟んでそう言うと複雑そうな顔をしつつもすみませんと謝った。
そんな彼をいい子だねと撫でるとその手は退かされてしまったけれど。
さつきちゃん達の前では少し思春期の子供のようになるようだ。
こんな風にすれば普段はそのまま抱き付いて甘えてくるのに、まぁ今それをやられたって困るのだけれど。
「名前ちゃんってテツ君のお姉ちゃんみたいだね」
「違います、僕の未来のお嫁さんです」
さつきちゃんの言葉にまた恥ずかしい台詞を平然と口にした彼に顔を覆った。
2人きりの時に私に言うだけでならいいけれどここまで堂々と友人にまで宣言するのはどうなのだろう。
「でも名前ちゃんって見た目とか仕草なんかは妹っぽくて可愛いのに話すとお姉ちゃんって感じだよね。もしかして弟さんか妹さんがいるの?」
「ううん、一人っ子だよ。多分小さい時はテツヤ君のお世話するのが好きだったから、かな?」
仕草が妹っぽいとはどういうことなのだろうか。
私はそんなに幼稚な振る舞いをしているのだろうかと少し不安になった。
「僕は名前さんのこと姉だなんて思ったことないです!幼稚園の頃からずっと好きでした」
「そういやぁ中学ん時テツが言ってたのってこいつのことか」
幼稚園の頃...まさかあの時から既に彼が恋心を自覚していただなんて。
最近の子供は早熟なのだろうか?
でも今気になるのは青峰君の言葉だ。
正直テツヤ君が恋愛話を友達にするタイプには思えない。
一体なんの話をしたのだろうか。
「なになに?テツ君どんな話してたの?」
私が聞くより先に興味津々な顔でさつきちゃんが青峰君に詰め寄っていた。
本当に距離が近い2人だと思う。
「んなのちゃんと覚えてねぇけどなんか大事な奴が試合観にきてくれるからっつって妙に張り切ってた時があったっけな、ってのを思い出しただけだ」
「あの頃はちょくちょく応援に来てくれていましたから。全中はほぼ毎回観にきてくれていたんですよ」
ね、と私に同意を求める彼に首を縦に振る。
思い悩んでいる彼に気付いていたけどそこに踏み込むことなんて出来る筈がない、それでも彼の出る試合は殆ど観に行っていた。
「全然見覚えが無かったけどな」
「ごめん、私も覚えてない」
「名前さんは試合会場では絶対に僕に話しかけませんでしたし試合が終わるとすぐに帰ってしまっていましたよ。なぜか逃げるみたいなタイミングで」
まぁその辺は彼の言う通りだ。
寧ろ彼にバレないように物凄く慌てて外に出ていたくらい。
「テツヤ君達試合終わった後ミーティングとかもあったでしょ。残ってても一緒に帰れないだろうしなって帰ってただけだよ」
まぁそこら辺は半分嘘で半分本当だ。
私は部外者なわけだし彼が帰れる頃まで一緒に暇を潰すような同行者もいなかったし。
「まぁ家に帰れば会えますから別にいいんですけど」
「テツ君惚気るね〜!そっかぁ、あの時
名前ちゃんも同じ会場にいたんだね。
...名前ちゃんは中学の頃の大ちゃん覚えてるの?」
「あ、うん。それは勿論」
彼女の質問に同意するとなぜか彼女は目を輝かせ私にくっ付いた。
「中学の時の大ちゃんどう思った?こんなだけどバスケをやってる時はかっこよかったでしょ?」
「おい、お前何変なこと聞いてやがる」
なぜそんな質問を?と疑問に思いながらも隣から視線によるプレッシャーをかけられている。
青峰君相手に変な気なんて起こす筈がないのに。
テツヤ君は心配症が過ぎると思う。
「あの頃って今程バスケを知らなかったから基本テツヤ君ばっかり見てたから...まぁ、可愛い子だな、って思ってたよ」
テツヤ君のパスを受け取りシュートを決め笑う彼は可愛かった、それは本当。
「えっ、大ちゃんが可愛い?...もしかして目が悪かったり...?」
「名前さんってちょっと変わっているんです」
散々な言われようをされてしまった。
青峰君も勝手に槍玉に上げられてしまい不憫だ。
言っておいてなんだが彼だって別に可愛いだなんて言われても嬉しくないだろうに。
それにしてもあの頃に比べると本当に大きくなったなぁと改めて彼を見ているとテツヤ君がそれを遮るように私に顔を近付けた。
「貴方が見つめていい男は僕だけですよ」
「キャーッ!!テツ君ほんと大胆っ!!」
右腕はさつきちゃんに抱きつかれて左からはテツヤ君に手を握られて、正面には青峰君。
今更ながら妙な状況だ。
そして相変わらず押し付けられたさつきちゃんの胸は大きいな、なんて考えてしまった。
「つーかさつき、いい加減帰んぞ」
「えー、...じゃあ寂しいけど帰るね?また連絡してね?私からもするから」
彼女は本当に寂しそうな顔をして正面から私に抱き付いた。
私も彼女を抱きしめ返してまたねと頭を撫でた。
これではまるで別れを惜しむカップルのようだと思った。
「青峰君、色々と本当にありがとう。これからもテツヤ君と仲良くしてね」
「テツの母親かよ!...んなの改まってするような話じゃねぇだろ...」
青峰君はじゃあなと素っ気なく言って背中を向けてしまった。
さつきちゃんも私たちに手を振ってから青峰君に着いていく。
めんどくさいだなんて言いながらもさつきちゃんをしっかり連れて帰る青峰君はなんやかんや紳士なのだと思う。
「テツヤ君、帰ろっか」
「...はい」
「今日は久しぶりに嫉妬しました」
「...テツヤ君、もう遅いから早く帰った方がいいよ」
まだもう少しいたいですと言って彼は私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「別に僕は貴方に可愛いと思われたいわけではありませんが僕に対する可愛いは貴方なりの愛情から出た言葉だと思っていました。
ですのであんな風に気安く他の男性にも言われてしまうと複雑です」
「あ、えっと、ご、ごめ...」
全て言い終える前に彼に唇を塞がれた。
しかもバードキスのような可愛らしいキスでは無い、いきなり濃密なフレンチキスで。
「っ、...てつっ、やく...っ、んんっ...!」
私の自室とはいえキッチンには母親がいて晩ご飯の支度をしている。
そんな状況で何も気にせずこんな事を続けられるほど私は豪胆な精神を持ち合わせていない。
腰が抜けそうになる寸前どんどんと胸を叩いたところでやっと彼は私の唇を解放した。
「僕は可愛いですか?」
「...もう、ほんと勘弁して...」
こんなに男の顔をして私を見る彼を可愛いだなんて、そんなこと言える筈がなかった。
赤くなっているであろう顔を彼に胸に頭を押し付けて隠した。
彼はそんな私の耳元に顔を近付ける。
「貴方はすっごく可愛いですよ」
彼には一生敵わない、それを確信した。
end