「テツヤ君、どうしたの」
「いえ、ただなんだか凄く嬉しくて」
春休みになって少し時間にゆとりが出来た。
もっとも練習はほぼ毎日あるのだけれど大抵朝から始まるから終わるのは普段より少し早い時間。
バスケの練習はどれだけ多くなってもいいのだけれどこうして彼女の2人きりで過ごす時間もまた嬉しいと思う気持ちもある。
彼女の両親はまだ当分帰る予定はないということで今僕は彼女の柔らかい膝に頭を乗せ彼女の家のリビングのソファーに寝転がって過ごしている。
なんて贅沢で怠惰な時間なのだろう。
こんな気の抜け切った姿、他の人には絶対見せられない。
「もうすぐ入学式だね。新しい部員沢山来てくれたらいいね」
「そうですね。僕達の学年は入部してもすぐやめちゃった人結構いましたしね」
誠凛バスケ部の練習はかなりハードなもので、中学時代のしごきである程度慣れていたとはいえそれほどスタミナが多い方ではない僕にとっても本音を言えば少しきついものだった。
それでもこの一年で随分体力はついたと思う。
入部してまもなくその練習の厳しさに辞めていった部員は結構いたけれどその分部に残って一緒に頑張ってきた他の部員とは深い信頼関係が築けたと思う。
「先輩になったテツヤ君が見られるのちょっと楽しみ」
「僕は別に何も変わりませんよ」
新しく入ってくる後輩が彼女に好意を持ったらどうしようか、なんて考えている事は多分彼女にはバレていない。
面倒見の良い彼女の事だから相手が年下となれば尚の事世話をやく気がする。
まぁ先輩としてもマネージャーとしてもそれは正しいことなのだということは分かっているけれど、少し心配になる。
「名前さん」
彼女の手を握った。
今は学校でも部活中でもない為薬指にはお揃いで買ったリングがはめられている。
それがうれしくてそのまま手を引き寄せてキスをすると彼女の頬がじわりと赤くなった。
「バスケ部の後輩には僕とお付き合いしていますって言ってもいいですか?」
「それは、勿論構わないけどタイミング難しいよね。」
起き上がってソファーに座ると今度は彼女が僕の膝の上に頭を乗せた。
彼女が甘えてくれることはそれほどないので凄くなった。
「自己紹介の時に言いましょうか?」
「それは...テツヤ君が変な先輩だって思われるだけだからやめとこっか」
別に構わないと思うのだけれど。
まぁでも実際やったらふざけているのかと思われてカントクに筋トレを倍にされそうだからやめておいた方がいいということは分かってはいる。
分かっているけれど彼女が僕のものであると言う事を見せつけてしまいたい気持ちもある。
本当に僕は彼女のことになると妙なテンションになる事が多い気がする。
僕のお腹に顔を寄せて安心しきった顔で身体を預ける彼女が愛しくて。
きっと彼女がこんなふうに甘えるのは僕だけだから。
今よりずっと子供の頃の事を思い出してみても彼女が誰かに甘える姿なんて殆ど見たことがない。
それは彼女の両親に対しても同様に。
「テツヤ君は本当におっきくなったね」
「え、そうですか?...残念ながら今年は全然身長が伸びませんでした」
本当にそれは悔しかった。
元々それ程気にしているわけではないけれど僕の周りは皆規格外に大きな人達ばかりだから。
部内でも僕が1番小さいし他校の人に子供扱いをされることが多々あった。
「テツヤ君は誰よりもおっきいよ。
こんなに私を全身で愛してくれる人もう出会えないと思う」
彼女は先程僕がしたのと同じように僕の指輪がはめられている方の手を引きキスをした。
そしてその手に顔を擦り付け た。
今日の彼女は本当に物凄く甘えん坊だ。
可愛くて、まぁその、色々と。
「はい、出会えませんよ。だから名前さんは僕とずっと一緒にいないと駄目です」
そのまま彼女の頬を撫でた。
すべすべとして柔らかくて、男の僕とは違う肌。
そのまま唇を親指でなぞると彼女はまた恥ずかしそうに視線を逸らした。
こういう瞬間が堪らなくて仕方ない。
「柔らかくて美味しそうですね」
「...よくそんな恥ずかしいこと言えるね、テツヤ君...」
僕の手を払おうとした手を取ってもう一度、今度は指輪にキスをした。
「貴方といる時はいつもおかしくなっちゃうんです」
そのまま手のひらにキスをしながら彼女に視線を戻すと顔を真っ赤に染めた彼女と目が合った。
彼女は再び視線を忙しなく動かした後、ぎゅっと目を閉じた後再び僕を見上げて口を開いたけれどそれは音にならなかった。
何か言おうとして躊躇って目を逸らして、その繰り返し。
本当は彼女が言いたい事なんて分かってる。
でもどうしても彼女の言葉で聞きたくて。
頑張って、と彼女の手首にキスをした。
そこでようやく彼女は言葉を発した。
「...今日、その...持って、きて...る?」
「ああ...はい、その、...すみません、持ってます...」
彼女から出た言葉があまりに現実的で、勿論大事なことではあるのだけれど。
でもどうせならもう少しこう、空気が甘くなるような、おねだりがされたかったというのが本音で。
というか何より僕が下心満々で会いに来ているみたいなことを白状させられたような感じになってしまったのが少し恥ずかしくて。
まぁ勿論あるんですが、下心。
だって恋人と2人っきりで会うんです、当然だと思うんですよ。
「もう何度も、シた、けど...その、あとどのくらい残ってる?」
「...今日の分、合わせて2個ですかね」
ということはもう彼女と9回身体を重ねたのか、と。
12個入りのものを買って初めて使う時慌てないように最初の1個は練習で使った。
改めてその時の事を思い出すと妙に恥ずかしい。
「...ごめんね、任せちゃって...今度買う時は私が買うから」
「いえ、大丈夫ですよ。これは僕が買いますから。というか僕が買うべきものです」
マナーというか責任感というか、どうしてもそういう時負担がかかるのは彼女の方だし。
そのくらい気にしないで欲しいというのが1番の理由だけれどそれと同じくらいあるのが彼女がレジでそれを買ったとしてもしレジの店員が男性だったら?もしもその人に彼女がそういうことをするのだと想像されたりしたら嫌だという気持ちからだ。
きっと大抵の店員さんは作業的に業務を繰り返しているだけなのだろうということは分かっているけれど、それでも絶対とは言い切れない。
「でも...2人で使うものだから...その、私もシたいって思ってるから...テツヤ君に任せっぱなしにはしたくないよ...」
どうしたらいいんでしょうね、こういう場合。
取り敢えず今すぐにでも彼女をベッドに連れて行きたいと、それが頭を支配してしまっていて今は他の事なんてあまり考えられない状態で。
僕は彼女の頭を手で支えたまま身体をずらしソファーから立ち上がり床にしゃがんでソファーで寝転がっている彼女の顔に自身の顔を近付けた。
至近距離が目が合いそのままキスをして。
「取り敢えずベッドに運んでもいいですか?」
「じ、自分で行けるよ」
慌てて起きあがろうとする彼女を問答無用で抱き上げると彼女は耳まで赤く染めあげた。
「...いつからそんな力持ちになったの?」
「貴方くらい持てますよ、僕男ですから。
それより落ちないようにしっかりつかまっていてくださいね」
そう言うと彼女は混乱しながらも僕の首に腕を回し抱き付いた。
なんて可愛いのだろうと思いながら彼女の部屋へと向かう。
かかるのはほんの数十秒だ。
子供の頃から入り浸っていた彼女の部屋。
本当に小さな頃は僕より早く字が読めた彼女に絵本を読んでもらった。
宿題が分からない時やテスト前は勉強を教えてくれた。
僕が落ち込んで何を話していいかも分からない時はただ側にいて、手を繋いで、抱擁をして。
いつだって僕の心を温めてくれた場所。
押し扉を開き中に入り、行儀が悪いけれどそのまま足で扉を閉めて真っ直ぐにベッドに向かい彼女をそこに寝かせた。
中学の頃の僕は彼女にベッドに誘われて本当によく何もしなかったもんだと今になって感心してしまう。
まぁそれでもこっそりキスはしてしまったのだけれど。
でも唇にはしなかったのだから耐えたと言っていいと思う。
「...名前さん」
ベッドに上がり彼女に覆い被さり彼女を見おろすと彼女は目を閉じた。
ゆっくりと顔を近付け唇を合わせた。
「...テツヤ君」
彼女は僕の首に再び腕を回した。
もっとして、というおねだり。
それに応えて深い深いキスをして。
「大好きだよ、テツヤ君...」
見慣れた筈の過ごし慣れた筈の部屋は以前とは少し変わってしまったような、最近はそんな気がするようになった。
end