火傷しそう

「黒子君おはよう!」

「おはようございます、名字先輩」

自宅を訪れるなり僕は熱烈な抱擁をいただいてしまった。
外では我慢している分完全な2人きりという今の現状でタカが外れてしまったのだと思う。
まぁこちらもだいぶ彼女に慣れてきたところもあってすぐに可愛いと思える程の余裕は出来たのだけれど、問題もある。

「すみません、先に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、ごめんね。どうぞ上がって!」

玄関には段差があったものだから思いっきり顔に胸が押し付けられていて、昨日話した通りその気があって彼女の家を訪ねたわけではない、それは本心なのだけれど。
所詮僕も男なので押し付けられてしまえば嫌でも意識してしまう。

「お邪魔しますね。こちら後でご家族の皆さんで召し上がってください」

「え、ご、ごめんね、ありがとう!」

「いいえ、因みにそちら既に何度も食べたことがありますので僕の事は気にせず皆さんで召し上がってくださいね」

昨日彼女と別れてから家に帰る前に買いに行ったお菓子を彼女に手渡した。
彼女は気を使わせて申し訳ないといった顔をしていたけれど素直にそれを受け取ってくれた。
そのあとうーんと悩む素振りを見せていたのはきっと僕の家に行く時は何を持っていこうかと悩んでいるのだと思う。
なんというかもうコロコロと変わる彼女の表情を見ていると可愛くて仕方なく思えてくる。
まるで彼女のそれが移ってしまったみたいに、凄く好きだと。

「取り敢えずお部屋行こっか」

「はい、お邪魔します」

初めて入る彼女の部屋は思っていたより物が少なくこざっぱりとしていた。
まぁ物心ついてから女性の部屋に上がる機会なんてなかったから世の中の女性の部屋がどんなものなのかさして知識はないのだけれど。

「どうしたの?」

「あ、いえ、すみません。不躾でした」

女性の部屋を凝視してしまうなんてマナー違反だと思いすぐに謝罪したけれど彼女は別にいいよと言って笑った。

「テツヤ君にだったら別にクローゼットの中も見られても平気だよ」

「そんなことしませんよ」

お好きにどうぞとジェスチャーをして見せた彼女にそう返事をすると残念と言ってクッションを床に置いてどうぞと僕に座るよう促した。
何か見せたいものでもあったのだろうかと考えながらも多分その言葉に大した意味はないのだろうと悟って言われるがまま腰を下ろした。
初めて使ったけれど彼女が貸してくれたクッションはよく見る人を駄目にすると謳われているそれだった。
身体が包み込まれるかのように埋もれてしまう。

「...これ、もうこのまま眠れちゃいそうですね」

「うん、私はね普段こっち抱いて寝てるの」

彼女はベッドの上にあった筒状になったクッションを手に取ってそれを抱きしめた。
触らずとも感触が想像できたので成程確かによく眠れそうですねと返事をした。

「でも今は黒子君がいるから黒子君に抱き付いててもいい?」

「...はい、勿論」

だらしなくクッションにもたれかかった状態で彼女においでと腕を広げると彼女はまたすぐに僕に抱き付いた。
彼女の体重が重なりもう体勢的にはベッドで横になっているのと殆ど変わらないくらいクッションは変形してしまう。

「ちゅーもしてもいい?」

そんな状態で甘ったるい声でそう訊ねた彼女に、はい、と返事をすると彼女は嬉しそうな顔で僕にキスをした。
くっついては離れて、時々角度を変えて何度も何度も。
男とは違う女性特有の柔らかい身体がべったりと身体にくっついて、更にもっと柔らかい唇が触れて。
一体いつまで僕は理性が保つのだろうかと早くも不安を抱き始めた。

「今日の黒子君とのデートが楽しみすぎて昨日はなかなか眠れなかったの」

そう言ってまたキスをされて。

「バスケしてる時の黒子君もかっこよくて好きだけど今私が独り占め出来てる黒子君はもっと好き」

そんな恥ずかしい台詞を言って彼女は僕の肩に顔を埋めて顔をすりすりと擦り付けた。

正直彼女の昔の恋人の気持ちが嫌という程分かってしまっている自分がいる。
彼女の態度が全く同じだったとは思わないけど全く違っていたということはないと思う。
きちんと互いの意思を尊重するとは言ったもののいざこうして2人きりになった途端こんなに甘い空気になってしまうとそんな言葉全て撤回してしまいたくなってしまう。
というかこのままだと本当にまずいと思い頭の中で必死で別の事を思い浮かべてて気を逸らそうと頑張った。

「あのね、黒子君、お願いというか相談があるんだけど...」

「...はい、なんでしょうか?」

少し言いにくそうにしている彼女が次は一体何を言い出すのか内心ドキドキしながら彼女の言葉を待った。
でもそれはこちらが拍子抜けしてしまうようなお願いで。

「...2人っきりの時は、名前で呼んでもいい?」

そしてそれは何より僕の胸に突き刺さる言葉で。
堪らなくなって思い切り彼女を抱きしめると彼女もまた嬉しそうに僕に抱き付いた。

「勿論構いませんよ。好きに呼んでください」

「ほんと?じゃあ...て、てつや、君...」

彼女は僕の名前を口にするとみるみる顔が赤くなっていった。
これだけ激しいスキンシップをとっていた彼女がそんなことでここまで照れるのは正直意味が分からなかったけれどでも僕としてはそれがどツボにハマってしまって。

「テツヤ君、...テツヤ、君...好き...」

恋人から名前で呼ばれるのってこんなに嬉しいものなんですね。
多分今の僕は凄く心拍数が上がってしまっていると思います。
それは彼女に伝わっているのだろうということも分かっている分なお恥ずかしい。

「名前先輩、...名前さんの方がいいですかね」

僕も同じように彼女を名前で呼ぶと彼女は僕の胸からガバッと顔を上げ僕を見た。
その表情がもう本当に可愛くて、いよいよ本気で僕の理性が限界を迎えかけていました。

「くろ、テツヤ君に名前で呼んでもらったらね、心臓がすっごくどきどきしちゃって...私もしかしたらこのまま死んじゃうかもしれない」

彼女はそう言って僕の手を自身の胸に触れさせた。
確かに僕以上に速く脈打っているのは伝わりましたが思いっきり彼女の胸を触らされてしまっているんですが僕。

「だ、大丈夫ですから、...落ち着いてください」

「...うん、頑張る...」

取り敢えずその手を離してもらいたいのだけれど彼女は本当にいっぱいいっぱいになっているようで僕の手をぎゅっと掴んだまま目を閉じて耐えている。
これ人から見れば僕が強引に彼女の胸を触らせるよう強要しているように見えるのでは?と思いながらも力比べとなればまず間違いなく僕が勝つことが明確なのに無理に引こうとしないあたり僕も不純な男でしかないんでしょうね。

「テツヤ君、もう一回ちゅーしてもいい?」

そこで追い打ちを掛けるかのような一言。
僕は返事はせずに彼女を引き寄せ自らキスをした。

「もう一度と言わず、何度でもしてください」

そのまま彼女の頭を掴んで何度も何度もキスをしていると彼女の身体から力が抜け、完全に僕の身体に身を任せててしまった。

「...大丈夫ですか?」

「...どうしよう、テツヤ君、なんか、お腹が変な感じ...」

「...お腹、ですか?」

僕がそう聞き返すと彼女はふらふらと身体を起こしそこをさすった。
お腹、のかなり下の方、そこをさすりながら彼女は言った。

「なんかこの変がね、きゅうってなって、なんか凄くくすぐったいっていうか、変な感じ」

僕ってなにか悪い事をしてきたんですかね?
それによって何か試練を与えられているのでしょうか。
一体これに僕はなんと返事をすればいいと言うのでしょうか。

あともうダメです、必死で我慢しようとしていましたけど完全に負けました、完全に勃ちました、当たり前じゃないですかそんなの。

「...だ、大丈夫です、それは暫く何もしなければ落ち着きますから」

彼女にバレないよう体勢を変え冷静になれるようそう言ってあげると彼女は分かった、と素直に頷いた。

「テツヤ君、そろそろお出かけする?」

最初から彼女の部屋で過ごすのは30分だけと、そう決めていた。
時計を確認するともうそろそろそれをオーバーする時間だ。

「...すみません、その前にお手洗いをお借りしてもいいですか?」

「あ、うん、勿論」

彼女の家のトイレの中で僕は1人大きくため息をついた。
初めてのデートでいきなりこんな、一体いつまで僕の理性は保つのだろうか、と。
まさか初めて来た彼女の家で処理をするなんて出来るわけもなく僕は必死で煩悩を打ち消す為に違う事を思い浮かべた。
辛いハードな練習、2号に怯える火神くんに初めて食べたいカントクの作ったカレー、先輩に思いっきり蹴られる黄瀬君。
そんな事を思い浮かべているとなんとか興奮は収まり先程とは違う安堵のため息をつきトイレから出た。

「テツヤ君、おかえり。じゃあ行こっか」

「はい、すみません。お待たせしました」

靴を履いて玄関を出て、彼女が扉をきちんと施錠出来たかを確認して道路に出た。
彼女は日傘を広げあの日と同じように僕を中に入れてくれたので僕もあの日と同じように彼女の手から傘を取った。

「この前の日傘とは違いますね」

以前のものより傘が大きくなった気がすると思い傘の内側を見上げると彼女は僕の腕に掴まった。

「テツヤ君とデートする時用に2人で入れるように大きいの買ったの」

ぴたりと僕の腕にくっついてそう言った彼女。
陽射しは遮られているというのに、僕はもう今にも熱中症になってしまうのではないかというくらい身体が熱を持ってしまった。

「その分重くなっちゃったから、疲れたら私が持つから言ってね」

傘なんていくらでも持つから、今すぐ彼女にキスがしたいと、そんな事を考えていた。
そして早急に水分を補給しなければ身が持たないと考えながら駅前のコンビニに寄ってスポドリを買った。
彼女にも同じものを買って、それを駅のホームで飲んで。
彼女がそれを飲みこむ度に上下する少し汗ばんだ喉元を見た僕は思わず生唾を飲み込んで、すぐに我に返って慌てて彼女から視線を逸らした。


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