「黒子君、おはよう!」
「おはようございます。今日は制服なんですね」
「うん、今日はちょっと他校の試合の偵察に行ってきます」
今日は彼に言ったように他校の練習試合を観に行くから午前中は部活に出られない、でもその前に少し用事があり学校に寄ったのだけれど時刻はまだ部活が始まる時間まで結構あったので学校に来たところで彼には会えないから今日は寂しいなと思っていたところにとんとんと肩を叩かれて振り返れば大好きな彼が立っていた。
「そうですか。気を付けて行ってきてくださいね。それと...」
「なぁに...っ!」
彼はそう言って私の前髪を上げ額にキスをしてくれた。
私は驚いて手に抱えていたノートを地面に落としてしまった。
彼は笑ってそのノートを拾って少し付いてしまった土を軽くはたいて私に手渡した。
「はい、それといいですよ、2人きりじゃなくても名前で呼んでくれて」
「え、...で、でも」
部活中は部活に集中出来るよう切り替えが出来るようにって決めたのに。
名前呼びなんて世間的に見れば大したことではないのかもしれない、リコちゃんだって木吉君を鉄平と呼んでいるし。
でも私にとって名前を呼ぶってことは特別なことで。
「...貴方ってあれだけ恥ずかしいことは平気で言えたりやれたりするのに、一体なんなんですか」
彼は呆れた顔で私の頬を優しくつねった。
「だって、黒子君の事はずっと黒子君って呼んでたから」
名前で呼んで呼ばれて、それは本当に嬉しかったけれど、今その時の事を思い出しただけで顔が笑ってしまいそうになるのに実際に呼んだらまた腑抜けてしまいそうで。
「では僕だけ学校では名前先輩とお呼びしますね。どうせバスケ部のみんな僕達が付き合ってることも知ってますし」
「え、ず、ずるい...!じゃあ私もテツヤ君って呼ぶよ!」
私が慌ててそう言うと彼ははいと返事をして笑った。
彼の笑顔はいつだって可愛くてかっこいい。
「...テツヤ君大好き」
「...本当に貴方なんなんですか...」
赤くなった顔も可愛くて。
揶揄うつもりなんて全くない、でも私が素直に気持ちを言葉にすると照れてくれる彼が好き。
「そういえばテツヤ君、今日も自主練?」
「はい、それに今日も暑かったので朝のうちに、と...ああ、そうだ。今から気温上がりますから気を付けて行ってきてくださいね」
彼はそう言って持っていたバッグからスポドリのペットボトルを取り出し私に差し出した。
この前のデートの時に貰ったものと同じもの。
「テツヤ君のじゃないの?」
「まぁそうですけど。大丈夫ですよ、また買いますから」
だから気にしないでくださいと言って私の頭を撫でてくれた。
優しい、本当に。絶対になにかまとめてお礼をしようと決意をして彼に手を振り学校を出た。
「ただいま帰りました...」
「うわっ!なに、あんた傘持ってなかったの?」
偵察を終え学校を出た直後に降り出した雨に打たれ体育館にびしょ濡れで現れた私にリコちゃんはびっくりして声をあげた。
「あーもう天気予報見ときなさいよね!
ごめん、誰かタオル余分に...」
「あります」
リコちゃんの言葉を遮る勢いでテツヤ君が駆け寄り私にタオルを被せ腕を取った。
「すみませんカントク、少し抜けます」
「あっ、う、うん、よろしく!」
私の手をひっぱりずんずんと歩きだした彼に着いていく。
どこに向かっているのだろうかと思いながらも着いていくと着いた先はバスケ部の部室だった。
彼は私の髪を優しく拭いた後ロッカーを開け彼の予備だろうか、Tシャツを取り出し私に差し出した。
「身体を拭いて着替えてください。...透けてますから」
彼はそう言って私から視線を逸らした。
「人が誤って入らないように扉の外で待ってます」
視線を逸らす、というか学校に帰ってきてからまだ彼と一度も目が合っていない。
そして少し不機嫌そうにも見えた。
「...あの、風邪をひいてしまわれますから...」
不安になって彼の手を掴んで引き止めたけれどやっぱり私と目を合わせてくれない。
これは照れているとか、そういうのとは違う気がする。
「傘、忘れてたの呆れて怒っちゃった?」
「...いえ、ただ...学校に戻ってくるまでの間どれだけの人に貴方のその姿を見られてしまったのかと、...バスケ部の皆さんにも見られてしまいましたし...」
そう言ってタオルで上半身が見えないように隠して。
制服は確かに濡れて透けていたけれど中にキャミソールを着ていたから下着まで透けていたわけでもないのに。
「...下着が見えていないから大丈夫、...なんて考えていませんか」
そんな私の考えは彼にはお見通しだった。
彼は眉間に皺を寄せ、先程貸してくれたタオルをまたどけ、セーラー服の裾に手を掛けそのまま一気に脱がせてしまった。
私が驚いて固まっていると彼は私の肩を掴んでその手をゆっくりと二の腕まで滑らせた。
雨で冷えてしまった身体には彼の手の温度は少し熱いくらいに感じた。
「...この姿で外に出れますか?」
「...ごめん、なさい...」
私を見下ろす彼の視線に急に恥ずかしくなって視線を落とせば彼は先程取り上げたタオルを私の肩に掛けた。
「分かってくれればいいんです。
今着ているものも濡れていますからそちらも脱いでしっかり身体を拭いてから僕の服に着替えてください。濃い色ですから透けないと思いますので」
そう言って部室の外に出ていった。
彼に言われた通りキャミソールを脱いで濡れた髪と肌をしっかりと拭いて彼の貸してくれたTシャツに着替えた。
Tシャツからもタオルからも私の家のものとは違う香りがして、それは彼からも香っているものと同じでそれが嬉しかった。
「ごめんね、着替えたよ」
「はい、では体育館に戻りましょうか」
彼のすぐ隣を歩いているとやっぱり私は先程触れた彼の温かい手が恋しくなって、どうしても我慢出来なくなって彼の二の腕に触れてしまった。
「部活が終わったらいくらでも握ってくれていいですから」
「...うん」
彼にそう言われて慌てて手を離した。
消えてしまった体温が恋しくて、自分の腕をぎゅっと掴んだけれどやっぱり私の身体は冷たいままだった。
「身体冷えてしまっていますから何か羽織るものがあれば良かったのですが...さすがにこの季節に上着を持っている人はいないですし困りましたね。
もし寒気を感じるようでしたら我慢なさらずに今日は帰らなきゃ駄目ですよ」
彼は優しくそう言ってくれたけれどそんなことをすればもう今日は彼に触れられなくなってしまうから困る。
「やだ、寒くて我慢出来なくなったらテツヤ君が暖めて」
わたしがそう言うと彼は私に背を向けてその場にしゃがみ込んで膝に顔を埋めてしまった。
どうしたの、と声をかけ肩に触れると彼は少しだけ顔を上げてこちらをじろりと睨んだ。
「僕を試して遊んでいませんか、貴方...」
「...遊んでない。テツヤ君に抱き付きたいの我慢してるだけだよ」
本当は今すぐにでもくっついて暖をとりたい、でも約束したから。
嫌われるくらいなら我慢する、そう思っているのに彼に誤解されてしまった。
「...でも嫌われたくないからテツヤ君が嫌だって言うならもう言わない。ごめんなさい」
どれだけ我慢出来るかはわからないし寂しいけれど。
でもフラれてしまうのはもっと嫌だから。
「...そこまで貴方を萎縮させたいわけではないのですが......僕に耐性がないだけです」
彼はそう言って申し訳なさそうな顔をした。
彼は何も悪くないのに。
優しいから、私の事を好きだから彼は沢山悩んで考えてくれる。
彼の事を何か知る度に沢山新しい好きが見つかって。
嬉しい筈の気持ちが彼を苦しめてしまう、それが辛い。
「最近はバスケをしている時以外貴方のことで頭がいっぱいになってしまって、...夏休みの課題も溜まってしまっています」
「わ、私教えられる、と思う!」
彼はじっと私を見つめてまた視線を逸らしてしまった。
「...貴方と2人きりで勉強なんてとても集中出来る気がしません」
役に立てると思ってした提案は即座に断られてしまった。
そして立ち上がり、私に手を差し出した。
いいのかなと思いながらもその手を取って彼に引っ張りあげてもらった。
「ですからもうこれは荒療治しかないんです。
勿論部活や授業の時間以外の話になりますがもういっそ好きなだけ僕に甘えてください」
そう言って彼は私を抱きしめた。
今は部活中なのに、と考えていたら2人きりだから別にいいですと言った。
彼の身体が温かくて気持ちよくて、私は彼の言葉を素直に受け入れ抱きしめ返した。
「それともうそうなると隠しきれないんで言っておきますがもう僕普通に貴方に欲情しています。
多分頻繁にこんな風に触れ合っていたら普通にムラムラもしますからそれが身体にもろに出ると思います。勿論貴方の心の準備が出来るまで我慢するつもりですけどそういう部分を見たり気付いたりしてもその気がなければそこには触れないでください」
「...むらむら...」
「こういうことです」
ぐいっとお腹の辺りに押し付けられた硬いもの。
さすがにそれが何なのかということは分かる。
「...僕の事軽蔑しますか?」
「...ううん、寧ろ嬉しい、けど...」
彼の胸を押し私から距離を取ったのは今日が初めてだ。
別に嫌だったからとか、そういうことじゃない。
彼はもう練習に戻らなければいけないとと分かっているから。
変に気が散って練習中に怪我でもしてしまっては困るから。
そうでなければいっそもっとくっついていたかったくらい。
「私って本当にテツヤ君に甘えすぎてるんだね」
「それは別にいいです。寧ろ貴方のそういうところ好きですから、ただ少し...いえ、かなり刺激が強いんです。僕くらいの年齢の男にとっては」
優しく頬を撫でてくれるその手が好き。
「少しは格好をつけたかったんですけどね」
そんなことしなくても十分かっこいいのに私の為に頑張ろうとしてくれるところが好き。
「でもどんなにかっこ悪くても貴方が僕の事を嫌いになんてならない事を知ってますからそれももういいです」
私がどれだけ好きかということを分かってくれているところが大好き。
「今日部活のあと沢山お話しましょうか。
多分貴方は何がよくて何が悪いか、色々考えてしまうでしょうから全部聞かせてください」
一つとはいえ私の方が年上な筈なのにわたしなんかよりずっと彼は大人だ。
それがなんだか恥ずかしい。
「...ただ、とりあえず今から戻ってくるのが遅いとカントクに叱られて何か罰を受けると思いますので...部活終了後僕の体力が残っているよう祈っていてください」
「わ、私のせいってリコちゃんに言うから!」
「いえ、そうすると更にややこしい誤解をうみますのでいいです。言い訳はしません」
「とりあえず貴方はもうこれ以上上がないってくらい僕の事好きになってください。
僕の我慢が限界をむかえる前に」
そう言って彼は大きな深呼吸を3回繰り返して普段の顔に戻った。
私も同じようにすれば気持ちの切り替えが出来たりするのだろうか。
「では今度こそ戻ります。貴方はもう少し時間を潰してから戻ってください、まだ赤みが引いていませんから。
そんな顔他のみんなに見せたくないです」
彼はそう言うと素早く私から距離を取り走っていってしまった。
近くにあった教室の窓で自分の顔を見てみると確かにうっすらと赤くなっている気がする。
鏡ではないのでしっかりとは見えないのだけれど。
でも顔よりも気になったのは私が今着ている彼のTシャツ。
初めて見た気がする、こういう色を着ていた彼を見た事あるだろうかと記憶を辿ってみたけれど思い出せなかった。
だって本当に最初はなんとも思っていなかったのだから、知らないのはきっとそのせい。
「もっと早くテツヤ君のこと好きになっていればよかったのに」
先程あんなに降っていた雨はもう上がっていた。
どこかで時間を潰していれば濡れずに済んだのに。
でも今日の事がなければ彼の悩んでいることに気付けなかっただろうから、雨降って地固まるってことだろうと考えた。
まぁまだ固まってなんていないのだけれど。
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