「テツヤ君、来週の土曜日の夜空いてませんか?」
部活が終わり一緒に帰る最中私は彼にそう訊ねた。
「とくに予定はありませんが...ああ、たしかお祭りがありましたね、その日」
察しがいい彼は私がそれを訊ねた理由についてもすぐ気が付いた。
「うん、もし疲れてなかったら...一緒に行ってくれませんか?」
「勿論いいですよ、というか普段通り話してください。なんだか距離を感じてしまいます」
彼は二つ返事で了承してくれた。
彼と付き合ってからはこういうことばかりな気がする。
「テツヤ君はいつもこうなのに?」
「僕のはもうこれが自然体なんです。
名前さんは違うじゃないですか」
それは間違っていない。
彼は普段から火神君や中学時代の友人の黄瀬君や青峰君にだって丁寧な口調で話をしている。
だから敬語を使うのは他人行儀などではなくそれは彼の性格なのだろう。
「...お祭り結構人も多いしもしかしたら断られるかもしれないって思って」
「大丈夫ですよ。一緒に行きましょう」
お祭りの日程はもっと前から分かっていた。
でもなかなか話せなかったのは練習で疲れているかもしれない、それでもきっと彼は私が誘えば一緒に行ってくれるという確信があったからだ。
普段から十分すぎる程大切にされているのだから私も彼を大切にしたいと思い我慢しようと思っていたのに。
結局私は誘惑に負け彼を誘ってしまった。
本当に私は我慢が効かない人間だと思う。
「ありがとう。あの、...浴衣とか、着てってもいい?」
多分私ははしゃいでいるんだと思う。
恥ずかしい部分を知ってもなお私を好きでいてくれるテツヤ君のような恋人が出来たことに。
どうせ一緒に行ってくれるなら少しでも可愛くしてもっと彼に好きになってほしい。
そう思って滅多に着る機会のない浴衣を買った。
浴衣を着るのは小学生以来だ。
「勿論です。寧ろ見たいです、名前さんの浴衣姿」
彼がこう言ってくれることなんて分かっていたのに、それでも敢えて聞いたのは私がそれを直接彼に言ってほしかったからだろう。
「じゃあ着ていくね!テツヤ君は浴衣とか...」
「待っていますよ、僕も着て行きましょうか?」
「うん!テツヤ君と浴衣デートしたい!」
欲張ってよかった。
2人揃って浴衣を着られるなんて思っていなかったから。
見るまでもなくわかる、彼は絶対和服が似合う。
きっと浴衣の彼を見たらもっともっと好きになってしまうんだと思う。
それは少し怖いけれど最近はそれを楽しみにも思える余裕が出来た。
全部彼のおかげ。
「分かりました、楽しみにしていますね」
私はテツヤ君よりもっともっと楽しみにしてる、私の子供みたいなそんな言葉に彼は優しく笑ってくれた。
そんな彼が本当に大好き。
「テツヤ君...!かっこいい!!」
「...わ、分かりましたからそろそろ行きませんか?」
お祭りの当日、家まで迎えにきてくれた彼の浴衣姿を見て私はついはしゃいでしまった。
すぐさま携帯のカメラを起動してパシャパシャと連射する私を怒ることもせずそう言った彼は本当に優しいと思う。
「手繋いでもいい?」
「はい、勿論」
携帯を鞄にしまい隣に移動すると彼の方から私の手をとってくれた。
寧ろ手を繋ぐだけでは物足りない、思い入り抱きつきたいくらい。
でもそんな事をしていてはお祭りに行けなくなってしまいそうだから我慢するつもりだった。
「言いそびれてしまいましたが名前さんもとてもお似合いですよ、浴衣。凄く可愛いです」
「〜っやっぱり無理!」
可愛く思われたい、でもいざ実際に彼にそう言われると嬉しくなってしまって、私はいつも通り彼に抱きついてしまった。
そしてやっぱり彼はそんな私を抱きしめ返してくれた。
「テツヤ君、ちゅーしたい」
「...すみません、ちょっと今は、近くに人がいますから少し我慢してもらえますか?」
そう言われて彼の視線の先にある後ろを振り返ってみるとそこにいたのは私のお父さんだった。
今仕事から帰ってきたみたいだ。
「あ、お父さんおかえりなさい」
「ただいま。...えっと...君が黒子君、だよね?」
「あ、は、はい、...はじめまして、黒子テツヤです。あ、あの、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、名前さんとお付き合いさせていただいています」
両親には彼氏が出来た事は話してある。
写真も見せた。
あまりにも彼の話ばかりするものだから最近ではちょっとめんどくさそうな顔をされるようになってしまったけれど。
彼は私のお父さんに動揺しながらも名前を名乗り丁寧な挨拶をして深々と頭を下げた。
そんなところもかっこいい。
「ああ...ごめん、いいよ、そんなにかしこまらなくても。......うちの子が迷惑をかけていると思うけど、どうか仲良くしてあげてね...」
「いえ、そんな...」
どうしてお父さんにそんな言われ方をされなくてはいけないのだと少しむっとしたけれど彼の手前そんなことも言えなくて。
「名前、黒子君にあまり迷惑をかけないように」
「えっ、ありがとう!」
あまり彼の前でそんな事を言わないでほしいと思ったけれどお父さんは財布を取り出し私にお札を数枚手渡した。
現金な私はそれを迷うことなく受け取り財布にしまった。
「黒子君に何かご馳走してあげなさい」
「えっ、あ、あの...」
お父さんの言葉に彼は何か言おうとしていたけれどお父さんはいいからとそれを遮って家に入ってしまった。
「...なんだか、すみません。というかこんな形でご挨拶をすることになってしまって...大丈夫でしたでしょうか?」
「え?なにが?」
「...いえ、大丈夫そうなのでもういいです」
テツヤ君は行きましょうと言って再び私の手を握って歩き始めた。
彼の隣を歩きながら見たその横顔はやっぱりかっこよくて、普段と違う装いにドキドキしてしまい
お父さんとのことなんてすぐに頭から消え去ってしまった。
「...お家で僕のどんな話をされているんですか?」
「どんなって...黒子テツヤ君っていう世界一かっこよくて優しい彼氏が出来たよって」
「...本当にそんな言い方をしたんですか?」
彼はそう言って私の顔を凝視した。
悪口なんて言ったわけでもないのにどうしてそんな顔をするのだろうと不思議に思っていると彼は小さくため息をついた。
「僕よりかっこいい人なんて星の数程いますよ」
「でも私にとってはテツヤ君が1番かっこいいからいいの」
「......まぁ、貴方がそう言うのでしたら別に構いませんが...」
本当はもっと色んな話をしているけれど。
でもそれを全部言ったら叱られてしまうかもしれないので言わないことにした。
「屋台が見えてきましたね。
名前さんはお祭りの屋台は何がお好きですか?」
「なんでも好きだよ!たこ焼きとか焼きそばとかからあげも。りんご飴もチョコバナナもベビーカステラも好き」
食べ物の話ばかりして食い意地が張っていると引かれていないだろうかと口にした後で少し不安になったけれど彼にそんな様子は見られなかったのでホッとした。
「では半分こずつしましょうか。全部は食べられないでしょうし」
「いいの?ありがとう!」
彼にそう言われて内心多分私は全部1人で食べられちゃうんだろうなぁと考えたことは言わないことにした。
でもまぁ確かに今日は無理かもしれないと思った。
今日は浴衣で帯を絞めているから。
「たこ焼き食べてるテツヤ君撮っていい?」
「駄目だって言ったら我慢するんですか?」
それは辛いけれど彼が嫌なら無理に撮るつもりはないから、だから首を縦に振った。
「別に撮ってくれて構いませんよ、だからそんな顔しないでください」
私は一体どんな顔をしていたのだろうか。
私はなんでもかんでも表情に出過ぎだ。
もう少しバスケをしている時の彼のように隠せないものかと思って自分の頬をむにっとつねっていると彼はそんな私を見て笑った。
「貴方はそのままでいてくださいね」
それにしたって彼は鋭すぎると思う。
「はい、どうぞ」
彼が買ってくれると言ったけれどついさっき彼にとお父さんにお小遣いを貰ったのでそのお金でまずはたこ焼きを買った。
少し冷まして先に彼が一つ食べて大丈夫だと判断してから私にあーんをしてくれた。
口を大きく開けるのは少し恥ずかしかったけれど今は嬉しいが勝って素直に口を開けると彼はたこ焼きを口に運んでくれた。
「今まで食べたたこ焼きの中で1番美味しい」
「それは良かったです」
本当に、元々好きではあったけれどこんなに美味しかっただろうかと驚いたくらい。
私が飲み込んだ事を確認するともう一度そうして食べさせてくれた。
「テツヤ君が食べさせてくれるなら一生たこ焼きしか食べられなくてもいい」
「...他のものも食べさせてあげますから」
彼は私の口元をティッシュで拭いてくれた。
海苔かソースでも付いていたのだろうか。
だとしたら少し恥ずかしい。
「私もあーんってしてもいい?」
「いいですよ、お願いします」
彼からたこ焼きを受け取りさっき彼がやってくれたように爪楊枝でたこ焼きを彼の口元へと運んだ。
口を開けて待っている彼が凄く可愛かったのだけれど両手が塞がっているせいで、写真が撮れないということに気付きショックをうけた。
でも美味しそうにたこ焼きを食べる彼が見られたからもう良しということにしておいた。
「確かに自分で食べるよりも美味しく感じますね」
あああもう本当に好き、もっと触れ合いたいキスたい、そう願って彼を見つめていると彼に頬をつねられた。
「こんな場所でそんな物欲しそうな顔をしないでください」
そう言われて口にもう一度たこ焼きを放り込まれた。
もしかして今日はそういうことは出来ないのかもしれないと思うとちょっと寂しくなった。
「他のものも買って少し静かな場所に移動してゆっくり食べましょうか」
本当にどうして彼はこんなに優しいのだろう。
どうしてこんなに私の気持ちを汲んでくれるのだろう。
「お小遣い、お父さんにさっきもらったの以外も多めに持ってきてるからテツヤ君の好きなもの全部買ってあげる」
「先程たこ焼きを買っていただいたのでそんなことしていただかなくて結構です。
というか僕にも少しは恋人らしいことをさせてください。僕が買いますから」
恋人らしいことなんてもう数えきれないくらいしてくれているのに。
そんな彼に私が返せるものなんて全然見つからないのに、一体私は何をすれば彼と並べるのだろうか。
「ほら、行きましょう」
空になった容器をゴミ箱に捨て彼はまた私の手を取った。
夏は暑いからどんなに気を付けていたってどうしても汗をかいてしまうのに、それでもなにも気にする素振りもなく彼は私と手を繋いだり抱きしめてくれる。
「大好きだよ、テツヤ君」
「...知ってますよ、十分すぎるくらい...」
どれだけ言ったって足りないくらいなのに。
でももう言うなとは言わない、それもからの優しさの一つで。
浴衣を着ているせいだろうか。
今日は少し胸が苦しい。
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