「(このあたりでいいかな)」
2年に進級し再びやってきた実力テスト。
今年も勉強会を行うことになっている。
中学の間に一通り高校で習う範囲の勉強を済ませておいたので高校に入ってからは授業以外での自主学習ではもっぱら受験を意識した勉強をしていたのでこういう機会は私にとっては復習になるので少し助かっている。
でも火神君をはじめ、やっぱりみんな勉強よりもバスケがしたい人ばかりだから少し億劫そうだ。
今日は部活は休みだけれどテツヤ君は委員会の仕事で放課後居残りとなった。
その時間を利用し本屋に買い物に来ていた。
ネットである程度中身や口コミを読んである程度目処をつけてきていたので買うものは決まっている。
本棚を探し自分用の参考書とテツヤ君と火神君用の参考書を手に取りレジに向かう。
丁度レジが空いていたのでレジカウンターに直接行こうとしたその時、同じくレジに向かおうとしていた人とぶつかりそうになって慌てて避けた。
「すみませ…赤司君?」
「おや、君は黒子の...取り敢えず先に支払いをすませようか」
赤司君はお先にどうぞ、と譲ってくれたのでそこで変に遠慮するのも逆に時間がかかってしまうだろうと判断してお言葉に甘えさせてもらうことにした。
私がお金をカルトンに置く頃店員さんが別のレジを開け、彼もすぐに会計を済ませることが出来た。
お店を一足先に出て邪魔にならぬよう3歩程横にずれた場所立ち止まった。
赤司君はテツヤ君の友人で、テツヤ君の誕生日の日初めてきちんと挨拶をした人だ。
知識として私は一方的に彼を知っているけれど彼にとって私は誠凛のマネージャー、テツヤ君の彼女という遠くはないけれど近くもない、そんな立ち位置の人間だ。
偶然会ったからと言って彼を待って話かけてもいいものか、でも彼を認識した上でそのまま何も言わずに帰ってしまうのもどうなのだろうかと頭を悩ませた。
悩んだ結果挨拶だけして帰ればいいかと思い至った頃丁度彼が店から出てきた。
「やぁ、黒子の誕生日以来だね」
「うん、久しぶり。赤司君お家に?」
「ああ、少し用があってね」
京都の学校に通っている彼に東京で偶然出会う確率なんてかなり稀な筈だ。
こういう時彼は中学時代のチームメイトに会ったりしているのだろうか。
「あの、これからテツヤ君と合流するんだけれど、もし時間があるようなら赤司君も来ない?」
「...だが君達のそれはデートだろ?
そこに俺が顔を出して邪魔をするわけにはいかないよ」
彼の言い方を聞くかぎり時間が無いというわけではなさそうだ。
ウィンターカップ決勝戦以降の彼はとても穏やかで優しい人になった、いや、以前の彼を知る人からすれば戻ったというのが正しいのだろうけど。
「私は毎日会えるしマジバに寄ってお話するだけだし、テツヤ君も赤司君に会えたら嬉しいと思うから、だからもし時間があるならどうかな?
勿論無理強いはしないけど」
私がそう言うと彼は少し悩む素ぶりを見せそれなら、と私の提案を受け入れた。
「なら少しだけお邪魔させてもらおうかな」
「うん、じゃあ行こっか」
先にテツヤ君に赤司君を連れていくとメールを打って彼をお店へと案内した。
おそらく気まずくならないようにと気を使ってくれているのだろう、お店に向かうまでの道中彼は取り止めのない話を振ってくれた。
実のところ彼が私にさして興味があるわけではないということは分かっている。
それでもこの年齢でそんな気遣いが出来る彼に尊敬の意を抱いた。
「君はもう大学受験の事を考えているのかい?」
「え...なんで?」
「さっき買った参考書は受験用のものだっただろう?」
先ほどレジ前で少し話した時に私が手に持っていた参考書を見られていたみたいだ。
それにしたって一瞬で、話をした時は私と目が合っていたというのにそんな事にまで気が付くだなんてやっぱり只者ではないと改めて思った。
「3年になってウィンターカップ終わったらもうすぐ1月だから、そこから出来る勉強なんて知れてるだろうから、一応ね」
「なるほど、確かにそれはその通りだね。
いい心がけだと思うよ」
そんな人にストレートな褒め言葉をもらって私は少し照れくさくなってしまった。
私よりずっと賢い人だと知っているし、あともう今更だけれどやっぱり物凄く顔が整っているから。
テツヤ君と付き合っていなければきっと一生話をする機会なんてなかったんだろうな、なんて考えた。
「赤司君ってバレンタインとか凄そうだよね」
「さぁ、どうだろう?でもまぁ好意的に見てもらえるということは有難いことだと思うよ」
彼のそれがどのくらい本心なのかは分からないけどその物言いがやっぱり大人だと思った。
「こんな事を黒子の恋人である君に言うのもなんだが黒子もそれなりに貰ったんじゃないのかい?
ウィンターカップで優勝したすぐ後であれば尚更」
「...全部でいくつ貰ったのかは知らないんだけど1人いかにも本命ですって感じのチョコは貰ってたよ。私から渡してくれって頼まれて...」
結局あの後彼にチョコレートを託してしまったのでテツヤ君がどんな対応をしたのかは知らないのだけれど。
「すまない、あまりいい気分はしなかったであろうことを思い出させてしまったね」
「ううん、ていうかバレンタインの話題振ったの私だし、気にしないで」
あの時の複雑な気持ちはヤキモチ、というよりは彼女にテツヤ君の気持ちが向くことは多分ないと、それが分かっていたからだ。
どれだけ彼が私の事を好きでいてくれるかということを自覚していたから。
「...黒子は君に愛されているようだね」
「えっ、な、なんで?」
「顔を見れば分かるよ、黒子の事が好きだと物語っているからね」
彼にそう言われてカーッと顔が熱くなってしまった。
私はそんなに分かりやすいのだろうかと思い恥ずかしさから顔を手で覆うと隣で彼が笑った。
「赤司君...」
「いやぁ、すまない。俺は恋人が出来た事がないから恋愛というものをあまり知らないのだけれど君の様子を見ると案外悪くないものだと思っただけなんだ。揶揄うつもりは無かった」
彼を想う女の子なんてきっと星の数ほどいるのだろう。
でもその想いを彼に伝えられた猛者はそういないのだろうという事はなんとなく想像が出来た。
「赤司君は誰かを好きになったことってないの?告白をされて少しは気になったり、とか...」
「正直あまりピンと来ていないんだ。
それに告白なんて片手で数えられる程しかされていないよ」
なんというか、彼の物言いを聞き、これごく普通の男子高校生が聞けばそれは嫌味にしか聞こえないんだろうなと思った。
人生で何度も告白をされる人なんて、ましてや高校生でなんてそういない筈だから。
「あとなぜか中学の時から女性からは赤司様と、様付けで呼ばれることが多いんだ。
だから多分相手も俺をそういう対象として見ていないんじゃないかな」
「...どう、だろうね...」
そういえばそんな描写があった気がする。
そして彼を様付けで呼ぶ女の子の気持ちも分からなくもないのでリアクションに少し困った。
「だからもし僕が誰かを好きになった時は君や黒子に相談させてもらうよ」
「...多分赤司君のお役には立たないと思うけど話くらいは聞かせてもらうよ」
そんな話をしているうちにテツヤ君の待つマジバに到着した。
赤司君は私の為に扉を開けてくれた。
これはテツヤ君もごく自然にやってくれることだけれどでもみんながそうだとは思わないので何気に凄いなと改めて思った。
「テツヤ君。ごめんね、お待たせ。」
「いえ、僕も先程着いたばかりですので。
お久しぶりです、赤司君」
「久しぶり、元気そうで安心したよ」
赤司君がそう言って荷物をテツヤ君の向かいた置いたので私はテツヤ君の隣に荷物を垢財布を鞄から取り出した。
「じゃあテツヤ君、私ちょっと買ってくるね。
赤司君は何がいい?」
赤司君にそう訊ねると女性に行かせるわけにはいかないからと言って彼も財布を取り出した。
では一緒に行こうかと言おうとしたところでテツヤ君が私の手を取った。
「名前さんの分は僕が買ってきますから荷物を見ていてください」
「え、でも...」
レジが混んでいるわけでも重いものを持つわけでもないのだから自分で行くと言おうとしたけれどなんとなく彼の考えていることを察した私はそれを呑んだ。
「...じゃあ、お願いするね?私はいちごのシェイクでお願いします」
「はい、赤司君行きましょうか」
席に着いて2人の背中を見送った。
ここに来る時は火神君と3人で来ることが多いから彼と背丈のそう変わらない赤司君と並んだ姿を見るのは新鮮だった。
何を話しているかは分からないけれど列に並んで話をするテツヤ君の顔が少し動揺して見えたからきっと赤司君に揶揄われてしまったのだろうということは想像出来た。
内容はともかくとしてテツヤ君がかつてのチームメイトと親しくしている姿を見られることを本当に嬉しく思う。
その後戻ってきた2人と色々話をして、30分程経った頃赤司君はそろそろ失礼させてもらうよと言って席を立った。
次はインターハイで、とお互い約束を交わして。
私にも誘ってくれて有難うと言って去っていった。
「僕たちもそろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね」
もう外は暗くなりかけていた。
冬に比べると日はだいぶ長くなったけれどまだ夏のようにはいかない。
今日の晩御飯はなんだろうかななんて考えながら店を出るとすぐに彼は私の手を握った。
「...これから少し家に寄ってくれませんか」
「いいけど、じゃあちょっと遅くなるってお母さんにメールするね」
「はい」
母にメールを送ろうと携帯を開くと魚今日は遅くなるとメールが届いていた。
それでも一応私も遅くなる旨をメールしておいた。
「じゃあ帰ろっか」
頷いた彼の隣を歩き帰路についた。
「あ、あの、テツヤ君?」
「...何か不都合でも?」
部屋に上がるなり彼はベッドに腰を掛け私を膝に乗せ抱きしめた。
つい最近も同じようなことがあった気がする。
まぁだから今回も予想は出来ていたのだけれど。
「髪がくすぐったいです」
「...少し我慢してください」
その状態で私の胸に顔を埋めていたものだから首や鎖骨に彼の髪が擦れてくすぐったい。
でもそれを訴えたところで彼がそれをやめる様子は無かった。
「...赤司君はテツヤ君が会いたいかなって思って誘っただけだよ」
「...分かってます、だからこれで我慢しようとしているんです」
もう生まれた頃からの付き合いだからある程度彼の思考回路も読めている。
赤司君を誘おうか悩んだのもテツヤ君は赤司君に会えるのは勿論喜んでくれると分かっているけれどそれを私が仲介したとなると複雑な気持ちも抱いてしまうということが分かっていたからだ。
「私はテツヤ君が昔の友達と仲良く話してるのを見られたの嬉しかったよ」
「...僕だってそうです...でも...店の中からお2人が仲良くお話されているところを見るとやっぱり少し嫉妬してしまうんです」
まぁ彼のこういうところは可愛いのだけれど、赤司君からすれば私なんてなんてことのない、友人の彼女という立ち位置でしかないのに。
「そういえば赤司君がもし好きな人が出来たら相談に乗ってほしいって言ってたよ」
「...僕が赤司君にアドバイス出来ることなんて何もないと思いますが。...今だって全然余裕なんてないです」
どうやら彼も私と同じ意見なようだ。
彼がそう言って顔を上げ、私の顔をじっと見たので私は彼にキスをした。
ねだられたのかは分からないけれどなんとなくしたいなと、そう思ったから。
「赤司君と僕だったらどちらが好みですか?」
「...テツヤ君キャラ崩壊してるよ」
「いいから答えてください」
私の答えなんて知っているくせに、そんなことを考えながら彼の頬をむにっと掴むと彼は痛いですと不満を訴えた。
「私はテツヤ君の方が好きだし好みだよ。
赤司君も美人さんだなって思うけど」
「はい、ありがとうございます」
彼は普段人と自分を比較するような人じゃないのに。
彼のすべすべの頬を両手ですりすりと撫でていると彼は目を閉じた。
これはもう完全におねだりだと分かり再びキスをするとそのまま彼の舌が私の口の中へと侵入した。
「ってつ、やく、ん...っ!」
それに驚いて舌を引っ込めたけれどすぐに彼の舌に捕まって一通り弄ばれあとちゅっと吸われた。
「僕も貴方の事世界で1番可愛いと思っています」
話が大きくなりすぎているしいくらなんでも大袈裟だと思うけれど少なくとも今彼は本気でそう思っているのだと分かっているからそれに対して何も言わなかった。
まぁありがたい話だと思うし。
「もっと可愛い貴方が見たくなっちゃったんですけど」
そう言って彼は私の耳朶をかぷりと甘噛みした。
本当に甘え上手になったものだと、いや、それは昔からだったかもしれないけれど。
甘えるのが上手いというよりも私の扱いが上手いという表現が正しいかもしれない。
「...最初からそのつもりだったくせに」
「言ったじゃないですか。我慢している、と」
私が断る筈がないという確信を持った目をした彼に少し思うことはあったけれどそれも間違ってはいいないのもまた事実で。
今日も私は彼にこれでもかという程愛された。
(そういえばレジに並んでいた時赤司君となんの話をしてたの?)
(赤司君が貴方の事を可愛らしい女性だと、そう言ったんです。だから嫉妬したんです)
(...それ絶対社交辞令っていうか、親戚の子供に言う感覚と同じだと思うよ)
(貴方がそんなんだから僕は色々と心配になってしまうんです!)
end