「どうしたの?テツ君。大きなため息だね」
「いえ、...大したことではない、...わけでないのですが...」
偶然出会った赤司君を名前さんが僕の元に連れてきた日から心に何かがつっかえていた。
いや、それの正体が何かなんて最初から分かっているのだけれど。
「皆さんから見た赤司君はどんな人ですか?」
「えっ...赤司君?...うーん、どうだろ。なんでも出来る完璧な王さ、王子様みたいな人とか?」
「王様と王子様じゃだいぶ意味合いが変わってくるっスよね...」
桃井さんの意見を聞き今度は心の中でため息をついた。
同席している黄瀬君と青峰君も桃井さんと同じ印象を持っているようでそれに対してとくに何も言わなかった。
「この前久しぶりに赤司君に会ったんです。
本当に偶然だったのですが」
「は?あいつ京都にいんじゃねぇのか?」
「たまたまお家の用事で帰省されていたらしいです」
「それなら赤司っちも連絡くれてもいいのに、水くさいっスね〜」
黄瀬君の言う通り、僕たちの誰かに声をかけてそれで会う手筈を取っていれば僕もこんな気持ちにならずに済んだんです。
まぁ次の日には帰ると言っていたので時間にそれほど余裕があったわけではないと知っているのですが。
どの学校もインターハイに向けて練習はハードなものになっているから予定を立てにくいということも分かっている。
それでも彼女が絡むと些細なことを気にしてしまうのはもう僕の悪い癖だと自覚しています。
「テツは赤司に呼び出されたのか?」
「いえ...名前さんが偶然赤司君と出会って...彼女に連れられてきた赤司君と少しお話しました」
僕がそう言うと3人は同じような顔をしました。
若干呆れられているような、そんな顔です。
「テツ君ってほんと名前ちゃんのこと大好きだよね」
「はい、当たり前じゃないですか。だからお付き合いしているんです」
桃井さんは僕の返事を聞いて明るい笑顔を見せてくれましたが青峰君はややげんなりとした顔をして音を立ててドリンクを啜った。
黄瀬君はそんな青峰君を見て苦笑いを浮かべていた。
「それで黒子っちは何を心配してるんスか?
黒子っちの彼女が赤司っちとこっそり連絡を取り合っていたとか、そういう心配をしてたとか?」
「ありえませんよ、彼女が僕に何も言わずに僕以外の男性と連絡先を交換するなんて!」
食い気味でそれを否定すれば青峰君と黄瀬君は再び顔を引き攣らせた。
どうしてそんな顔をされるのか正直分からない。
だって自分と付き合っている女性が自分の知らない場所でさして必要もないのに異性と連絡を取り合っているだなんて、普通に嫌じゃないですか。
僕が心が狭いとでも言うんですか。
「...テツ君、顔怖いよ。名前ちゃんが見たらびっくりしちゃうと思うよ」
どうやら僕のその不満が顔に出ていたらしい。
桃井さんに言われてはっとして顔を手で覆った。
本当は僕自身人より嫉妬深いという自覚はある。
でもそれはあまりにも長い片思いの期間と中学生という最も多感な頃同じ学校に通えなくて彼女の人間関係を把握しきれていないという不安からくるものだから仕方ないと思うんです。
「...もういっそ彼女を閉じ込めてしまえたらいいんですけど」
口に出して言うつもりなんてなかった僕の本音をうっかり漏らしてしまえば3人は僕をドン引きした顔で見た。
「...テツ、お前警察の世話にだけはなるなよ」
「青峰っちそれシャレになってないっスよ」
「テツ君、せめて18歳になるまで我慢してそこでプロポーズしよ?犯罪はダメだよ、そんなことしても誰も幸せになれないよ」
そして本気で心配されて説得の言葉までいただいてしまった。
僕って本気でそんなことをしそうな人間だと思われているんでしょうか。
「...分かっています。...しませんよ、そんなこと」
僕はそう反論したけれど3人は依然疑惑の目を僕に向けていた。
まぁあんな事をうっかり声に出して言ってしまった僕が悪いので怒ることも出来ないのだけれど。
「話を戻すけど私から見ても名前ちゃんもテツ君に負けないくらいテツ君の事大好きだと思うんだけどそれでも赤司君とどうにかなっちゃうかも、なんで心配してるの?
それとももしかして名前ちゃん赤司君みたいなタイプが好みだったりするの?」
僕だって彼女にどれだけ愛されているか知っている。
でもそれが分かっていてもこんな風になってしまうから僕自身も困ってこうして愚痴のようなものを溢しているんです。
「いえ、...僕と赤司君どちらが好みかと訊ねると僕の方が好みだと言ってくれました」
「...テツ...お前...」
「...そんなこと聞いたんスか...」
今日1日で3人からの僕の評価はガクッと下がった気がする。
それでも不安をどこかで吐き出さないとまたそれを彼女にぶつけてしまいそうで、僕はそれが怖かったんです。
「さつきちゃん、おまたせ...あれ、テツヤ君もいたの?」
額に手をあて項垂れているとあまりにも聞き慣れた声が僕の名を口にした。
慌てて声のした方を向くとそこには彼女がいた。
「全然大丈夫だよ!
制服着てるってことは今日学校だったの?」
「ううん、模試を受けに行ってたの。
青峰君と黄瀬君も久しぶりだね、こんにちは」
黄瀬君と青峰君が短く彼女に挨拶を返した。
会話を聞く限り桃井さんが彼女を呼んでいたようだ。
僕は何も聞いていなかったのに。
「今日の模試って...名前ちゃん凄いレベルの大学目指してるんだね」
「ううん、本番で受けるかは分からないけど、取り敢えず受けられる模試は受けさせてもらってるだけだよ。ごめんテツヤ君黄瀬君、ちょっと詰めてもらってもいい?」
彼女に言われ席を詰めると彼女は僕の隣に鞄を置き財布を取り出した。
それを見た僕はまた赤司君の事を思い出してしまった。
「お腹空いちゃったからちょっと買ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
彼女を見送ったあと僕が訊ねる前に桃井さんが口を開いた。
「昨日の夜名前ちゃんに会えないかってメールしたら夜からなら会えるよって言ってくれたんだよね。テツ君もいるし丁度いいかなって思って」
「...どうしてそれを教えておいてくれなかったんですか...」
彼女と親しくなってから桃井さんは少し変わった気がする。
なんというか僕に少し意地の悪いことをするようになったような、そんな気がするのは僕の考えすぎなのだろうか。
レジは運良く空いていたようですぐに彼女は戻ってきた。
トレイを机に置いて彼女も席に着いた。
「3人でどんなお話してたの?またストバスの予定立てたりとかしてたの?」
彼女の質問に僕は喉がつっかえてしまい答えることが出来なかった。
適当に頷いてしまえばよかったのに、そうしなかったことを激しく後悔することになってしまった。
「テツは赤司とお前が実はデキてんじゃねぇかって疑ってるらしいぜ」
「青峰君!!??」
青峰君がとんでもないことを言ったものだから思わず立ち上がり大きな声を出してしまった。
店内にいる人が驚いてこちらを見ている。
こんな風に人に注目されてしまったのはウィンターカップ以来だ。
僕は慌てて席に着いた。
「青峰っちデリカシー無さすぎッスよ」
「駄目だよ、大ちゃん」
2人は青峰君を窘めてくれた。
でも僕はそれどころじゃなかった。
恐る恐る彼女の方に視線を向けると案の定彼女は困惑した表情で僕を見ていた。
「あの、違うんです、その、疑っているわけではなくて...」
混乱している僕はまともに言葉が出てこなかった。
そんな僕に責めるような視線を向ける彼女が一人言のように小さく呟いた。
「...あんなに恥ずかしいことされたり言わされたりしたのにまだ疑ってるの?」
彼女の言っていることは至極当然の事だ。
結局僕は嫉妬心が抑えきれずあの日彼女が限界を訴えるまで抱き潰してしまったのに。
いつものように彼女は僕を受け止めてくれたというのに。
「〜っ疑っているわけではないです!ただ僕の器が小さいからっ、だからこうして貴方のいないところで吐き出していただけなんです!」
「あ、ちょ、ちょっとやめて」
半分パニックを起こし彼女を思い切り抱きしめると彼女は僕から逃げだそうとして肩を思い切り押した。
ここは公共の場だしみんながいるからだと分かってはいるけれど彼女に拒絶されたようで少し悲しくなった。
「黒子っちってほんとこんなキャラだったっスかね?」
「いちゃつきてぇだけなら俺はもう帰んぞ」
「駄目だよ、大ちゃんももう少しいて」
こんなことになったのは青峰君が余計なことを言ったせいなのにどうしてそんなに他人事なんですかと内心少しイラッとした。
でもそれを彼にぶつけると間違いなく彼女に叱られると分かっていたので僕は何も言えなかった。
多分それを知られてしまえば馬鹿にされてしまうんでしょうね。
「テツ君は名前ちゃんの事好きすぎておかしくなっちゃうんだって、だから許してあげて?」
「...いや、その...まぁそれはよく分かってるんだけど...」
桃井さんの言葉に彼女は頬を染め恥ずかそうに視線を逸らした。
正直桃井さんはともかく青峰君も黄瀬君もいる前でそんな顔をしないでほしいと思った。
「...前も言ったけど私にそんな気はないし赤司君も私なんて興味ないよ、絶対」
「たしか赤司君の好みの女の子って品のある女の子だったよね?でもだったら名前ちゃんも当てはまるんじゃない?」
「話がややこしくなるから、さつきちゃん。
...でも褒めてくれてありがとう」
彼女はそう言って苦笑いを浮かべながらアップルパイを齧った。
ただアップルパイを食べているだけ、それだけなのにそんな彼女が可愛く見える。
僕は本当におかしくなっている気がする。
「欲しいの?」
「...はい」
僕があまりにもじっと見るものだから彼女はそう勘違いをして僕の口元に食べていたアップルパイを差し出した。
ただ見惚れていただけだとも言い出せずに僕は頷いてアップルパイを齧った。
元々甘いものが好きなので勿論美味しかったのだけれど、なんだか凄く恥ずかしい。
「名前ちゃん私のポテトあげる、あーん」
「え、ありがとう」
桃井さんがあーんと言って差し出したポテトを彼女は素直に食べた。
本当に仲良くなったのだと改めて思う。
僕が知っている限り彼女にそういう事をするのは僕を除けばカントクと桃井さんくらいだ。
「名前さん、僕のシェイクもどうぞ」
「あ、うん...」
僕が差し出したシェイクもそのまま素直に飲んだ。
そんな僕たちを見て桃井さんはにこにこと笑い青峰君と黄瀬君は呆れ顔で見ていた。
「テツ君は私が相手でもヤキモチ妬いちゃうんだよね」
「...そんなんじゃない、です...」
図星だったけど彼女の手前それを認めるのも恥ずかしくて桃井さんの言葉を否定した。
彼女は少し困った顔をしながら最後の一口となったアップルパイを食べた。
「前から気になってたんスけど2人はお互いのどんな所を好きになったんスか?」
黄瀬君がそんな事を訊ねたので僕達は顔を見合わせた。
僕も彼女も多分同じ事を考えているのだけれど、それを正直に答えていいのだろうかと少し悩んだ。
「...私は、多分全部好きだよ。昔から優しくて素直で、好きなことにあれだけ一生懸命になれるところとか、かっこいいと思うし。ちょっと困る時もあるけどヤキモチ妬きなところも可愛いと思ってる...」
先に口を開いたのは彼女だった。
そう言い切ると彼女は照れているのだろう、それを誤魔化すように下を向いてドリンクを飲み切った。
「僕も同じです。昔からいつだって優しくて僕を誰よりも認めて味方でいてくれて。
僕にしか見せない可愛いところも山程あってそれがたまらなくて、あと...」
「テツヤ君もういいから!!」
彼女の言葉が嬉しくてつい饒舌になった僕が彼女への想いを語ろうとしたけれど途中で照れてしまった彼女に静止させられてしまった。
そんな彼女の顔がまた可愛くて。
「こういうところも大好きです」
「...黄瀬、お前余計なこと聞くなよ」
「...いやぁ、...で、でもいいじゃないっスか、お似合いだと思うっスよ、お2人は。
黒子っちも赤司っちのこと心配する必要なんてないんじゃないっスか?」
完全に惚気になった僕の言葉を聞いて青峰君は呆れた様子を見せていたけれど黄瀬君はそう言って僕を励ましてくれた。
桃井さんはその言葉にうんうんと頷いていた。
「...すみません、今日はご迷惑をおかけしました。おかげさまでかなり気持ちが晴れました、ありがとうございました」
「ううん、全然いいよ!...じゃあそろそろ解散しよっか。名前ちゃん帰ろ!」
桃井さんが彼女にそう声をかけ立ち上がると青峰君も眠そうに欠伸をしながら立ち上がった。
「うん。テツヤ君、私今日さつきちゃんのお家にお泊まりさせてもらうから、気を付けて帰ってね。黄瀬君もお仕事終わりにテツヤ君の為に来てくれてありがとう」
「いえいえ、大丈夫っスよ」
彼女の口から出た新たな情報に混乱している間に彼女は立ち上がりトレイを片付けに行ってしまった。
どういうことかと桃井さんに目を向けても桃井さんはにっこりと笑みを浮かべるだけだった。
「今夜は沢山お話しようね」
「まぁ夜更かししすぎない程度にしようね」
呆然としている僕を他所に2人は仲良さげに話をしている。
僕でさえ彼女とお泊まりなんてまだ2度しかしていないというのに。
女性同士だとあっさりそれが許されてしまうのだからずるい、なんて考えてしまった。
「...今夜青峰君のお宅に泊めていただけませんか」
「は?俺の家に来たってしょうがねぇだろ」
それは分かっているのだけれど、それでも新たな愚痴を語りたくなってしまったのだ。
「黒子っちが行くなら俺も青峰っちの家に行きたいっス」
「泊めてやるなんて言ってねぇよ!!」
黄瀬君はいいじゃないっスかと言って青峰君を説得していた。
正直男3人でお泊まり会だなんて、しかも2人はやたら大きいからむさ苦しくて嫌だと思う気持ちもあったけれど今日はそれでもいいかと思ってしまった。
「いいじゃないですか、久しぶりに合宿みたいで」
青峰君はふざけんな、と怒ったけれど最終的に僕達が泊まることを許してくれた。
昔から押しに弱い人だとは知っていたけれど今もそういうところは変わらないのだなと改めて思った。
「じゃあみんなで帰ろっか!」
「テツヤ君、ちゃんとお母さんに連絡入れなきゃ駄目だよ」
「...子供扱いしないでください」
僕に一言の相談も無く桃井さんの家に泊まる約束をしていた彼女にほんの少し妬いてしまった僕は素っ気なくそう返した。
彼女はそれに怒るようなことはしなかったけれど少し悲しい顔をさせてしまった。
それに罪悪感を抱きながらも彼女に言われた通り母に友達の家に泊まるとメールを送った。
すぐに返事が来てそのメールには彼女の家なんじゃないか、と書かれていた。
それだったらどんなにいいかと内心思いながらも青峰君の家だと返信すれば迷惑をかけないようにと返信が届いた。
「ちゃんと連絡しました」
母から来た返信を彼女に見せると彼女は偉いねと言った僕の頭を撫でた。
友人の前だ、恥ずかしい気持ちはある。
でももう今日は彼女に触れられないと分かっているから僕はそれを大人しく受け入れた。
その日の晩青峰君の家で布団に入った頃桃井さんから送られてきた帝光中学の制服を着て恥ずかしそうな顔をしている彼女の写真を見て僕が堪えきれずのたうち回っていると青峰君に枕をぶつけられてしまった。
もしもあの時同じ学校に通っていたら一体僕はどんな中学生活を過ごしたのだろうかと考えながら僕は布団の中で静かに考えた。
きっと情けない姿をもっと晒していたのだろうなと思った。
end